第四話:事情聴取
アパートの周りに人が集まり始めていた。マスコミ関係、興味本位の野次馬、数名ほど田山雄三の小説の読者もいるようだ。
人が少ないうちに帰ると彼が言うので、症状が軽くなり始めていたアタシは送っていくことにした。裏の大家さんの庭を通れば人だかりを避けることができるが、住人でなければ気軽に通してくれないのだ。
「鉢植えって山田くんのドアのところにあったの?」
彼がきょろきょろする。アタシは山田くんの部屋のドアの横、台所の窓の下あたりを指差した。
「そこらへんだったと思うよ。思わずって感じで手にとって投げちゃったの。山田くんがあっちへ歩いていって、アタシがこう……」
と彼と再現しているところへ、反対側の廊下から歩いてくる足音がした。
「こんにちはぁ」
山田くんの部屋の隣に住んでいる、荒井紀子だった。通称ノリちゃん。ポニーテールがトレードマークの、女であるアタシでさえも守りたくなるような可愛らしい顔立ちをした子だ。
「何されてるんですか?」
「うん、ちょっと山田くんのことについて。もう知ってる?」
「ニュースですかぁ。大家さんのところに警察の方が来ていて、お話してます。次は私たちのところへ来るみたいですよ。今からお出かけですか?」
「カレシを送ってくるの」
「風邪ですか?」
「ああ、うん」
ノリちゃんは口裂け女スタイルをしたアタシのことをじっと見ていたが、何も言わずに自分の部屋のドアへ向いた。なんて良い子!
「お大事に」
アタシは手を振ってそれに応じ、彼と一緒に裏側の階段を降りた。このアパートは二つの階段と一本の通路に真ん中で分断されている。
裏門から入ると、大家さんと二人の刑事が広い庭で話をしていた。
「失礼します」
盆栽に手入れしている大家さんの背中に声をかけると、三人の視線が一斉にこちらへ集中した。
「ああ、あの子ですよ」
小猿みたいな大家さんが、シワシワの手に持った剪定ハサミでアタシを示した。
「このアパートで比較的、山田さんと親しかった子です。これからお出かけですか、有村さん」
「カレシを駅まで送って行くところです。通らせてもらってもいいでしょうか」
「どうぞ。落ち着くまでここを通るとよろしい。すぐお戻りですか? こちらの刑事さんたちが、お話聞きたいそうですよ」
「おれ一人でいいから、お前は部屋に帰れよ」
彼が気を利かせてくれたので、アタシは大家さんちの門まで見送ったあと、アパートに戻った。刑事たちがアタシの部屋の前で待っていた。
「中に入られます?」
「それには及びません。簡単にお話を……」
刑事たちの質問は山田雄三郎の普段の生活についてが主だった。向かいの部屋に住んでいて、それなりに交友があるとはいっても、それぞれの生活時間はほとんど正反対だ。よってアタシにはっきりと答えられる部分は少なかった。
そして話題が鉢植えのことになった。山田くんからアタシに投げつけられたことを聞いたのだろう、二人の目がにわかに探るようにアタシを見る。
「その鉢植えはどこに?」
アタシは彼に話したのと同じように再現してみせた。刑事の一人が山田くんのいた位置まで歩いてみて、振り向いた。
「落ちた鉢植えはあなたが処分したのですか?」
「いえ。アタシはてっきり山田くんが片付けると思ってたので、そのままにしてました」
「彼は自分についた汚れさえそのままにしていました。落ちたものだけ綺麗に片付けるなんてこと、するでしょうか」
「しませんね、普通」
アタシが投げた鉢植えは山田くんの後頭部を直撃し、確かに廊下に落ちて割れたのだ。うっかりそのままにしてしまっていたけれど、いったい誰が片付けてくれていたのだろう。
ノリちゃんだろうか? それとも大家さん? でも、二人だったら聴取を受けたときに話しているはずだ。