第三話:捕まった山田くん
「どちらさま?」
「こんばんは、警察のものです。夜分に失礼します」
警察手帳を見せられて、思わずゾクリと背筋が震えた。こういうサスペンスドラマみたいな状況に置かれることがあるなんて!
「お向かいの、山田雄三郎さんについてなんですが。今お出かけみたいですけど、どこへ行っているかご存知ですか?」
「はあ」
山田くん! アタシの胸は無意味に高鳴った。
「たぶん、近くのパチンコ屋かお風呂屋さんだと思いますけど。今の時間だったらパチンコかな」
「昨日の夜は、山田さん、アパートにいらっしゃいました?」
「さあ。監視してるわけじゃないですから」
「そうですか。どうもありがとうございました」
二人の刑事は慇懃に頭を下げて、意味ありげに顔を見合わせると、廊下を歩いて行った。アタシはドアの隙間から顔を出して彼らの背中を見送った。
閉めたドアに背中を合わせて、息をつく。ゴホ、ゴホ、と喉の奥から咳がもれた。
山田くんのペンネームは田山雄三だったんだ。全然知らなかった。
翌日、予告通りに彼がやって来た。アタシの嫌いなプリンをコンビニで買ってきていた。指摘してやると心から驚いた顔をした。
「え、嫌いだったの?」
「醤油かけるとウニの味になるって知った時からね。前に言ったよね」
アタシはウニが大嫌いなのだった。
「あ、あれ試したことねぇな。じゃあ一個余るし、やってみようか」
「やめて!」
彼の無謀な挑戦を阻止して、昨日の刑事たちの話をした。彼はちょっと驚いたようだったが、予想していたとばかりに満足げに頷いた。
「それで? 逮捕されそうなの、山田くん」
「さぁ。でも証拠とか必要でしょ。まさか、自分の小説通りに人を殺していくなんて、ありえないよ」
「話題作りにはなるぜ。証拠がなければ逮捕はされない」
「話題って、殺人犯が書いたかもしれない本だよ?」
「おれもよく知らないけど、そういう本を重宝するマニアとかもいるんじゃないかな。それに同情も集まるだろうし、何より名前が売れる」
二つ目のプリンを食べ終えた彼が何気なくテレビをつけた。するとちょうど、そこにアップで映された山田くんの写真……。
あ、と二人の声と視線が重なった。
どうやら山田くん、昨日の夜のうちに警察に重要参考人として連行されていたらしい。どうりで帰って来なかったわけだ。
「へぇ。髪の毛とシャツの背に、土と草がこびりついてたんだって」
ぼんやりしているアタシの横で、彼が言う。
「土に混じっていた堆肥が、店主が自宅のガーデニング用に取り扱っているものと同一。店主の自宅からは鉢植えが一つ無くなっており……うわあ、マジか山田くん。逃げるときに鉢植えでも投げつけられたのかな」
「外の廊下に置いてあったのを、アタシが投げたのよ」
アタシはリモコンを手にして音量を上げた。ちょうど能面顔の男性アナウンサーが話をくくるところだった。
《――警察では余罪も含めて捜査を進める方針です》