第一話:山田くん
ところどころで挿絵を挿入予定です。
ジャンルをホラーにしましたが、あまりホラーとはいいがたい……かな?
近所のレンタルビデオ店でのバイトを終えたアタシは足早にアパートへ向かった。
長い黒髪に白いマスク、赤いコート……通りすがる人たちは気味悪そうにさけ、子供たちはひそひそ囁き合う――口裂け女だ!
でもアタシの口は裂けていないし、ハサミだって持っていない。裁縫は苦手だ。
フリマで安く売っていたコートを買ってしまったのがいけなかったのだろうか。彼から風邪をうつされたのがいけなかったのだろうか。髪を伸ばしているのがいけないのだろうか。
すれ違った女子高生たちがクスクス笑っている。アタシは足早に道を曲がってアパートの門を開けた。一日中こんな風に笑われて、もう恥ずかしいったらない。寒いからコートを脱ぐわけにはいかなかったし。
アタシこと有村亜里は御年とって二十五歳。しがないフリーター女とはいえ都市伝説の住人になるような人三化七ではない。
二階の廊下に上がったところで向かいの住人が部屋から出てきた。ツンとした体臭がして思わず鼻をつまんだ。
「山田ぁ、におうぞ」
「あ、すんません」
無精ひげの生えた顎をガリガリかいて、照れくさそうに笑う山田くん。朴訥とした、なかなかの美青年なのだが、激しい貧乏なのが玉に瑕。売れない小説家だそうだが、本当に売れてないのだ。
「どれくらい入ってないの?」
「五日っすね。昨日、ようやく書き上がったんすけど、金がなくて」
「ストレートに言うね」
アタシは財布から数枚の野口札を出して渡してやった。山田くんはありがたそうに受け取りながら、澄んだ鳶色の目でアタシのことをジロジロ見た。
「へえ、アリさん……」
「口裂け女みたいとか言ったら承知しないよ?」
「え、違うっすよぉ。その赤いコートがいいなぁって言おうとしたんですって。風邪引いたんすか?」
「看病してたらカレシにうつされたの。ゴホゴホ」
「大変だなぁ、安静にして早く治してくださいね」
珍しくまともなことを言う山田くんに手を振って、自分の部屋のドアに鍵を差し込む。
「口裂け女も風邪を引くんだなぁ」
そんな呟きが聞こえて、思わず廊下に置いてあった小さな鉢植えを山田くんの後頭部に投げつけた。