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継承5

 クルクが見かけられたとされる飲み屋の前で、馬車は止まる。ザンカは御者に少し待っているよう伝え、店の扉を押して入った。

 田舎町独特というべきか、古びた町並みに馴染んだ佇まいの店だ。店内はこじんまりとして、薄明かりが陰湿な雰囲気をさらに色濃く表してはいるが、掃除が行き届いてるのだろう、小汚い印象はなかった。

 店内を見渡す二人だったが、時間も遅いからか、客は一人もいなかった。人の気配を感じたのだろう、奥の部屋から店主らしき髭もじゃの中年男が顔を出した。

「いらっしゃい。おや? 初めて見る顔だね。こちらにどうぞ」

 店主の男は、店の雰囲気とは違い、にこやかな笑顔で席を勧めたが、ザンカが軽く手を上げる。

「すまない。人を探してるんだ」

「まぁ、とりあえず席に着きなよ。初めてのお客さんだし、一杯おごるよ」

ザンカとショーンは店主の好意に甘えることにした。並んで席に着くと、地酒のワインをグラスに注いでくれた。甘酸っぱい香りが心地よく鼻腔をくすぐる。

「さ。どうぞ」

 グラスを手元に置かれたが、ザンカは口を付けず、店主に訊ねる。

「歳は俺たちと変わらない。細身の体格で背は俺より低い。栗色の癖っ毛の茶色の目をした男なんだが心当たりはないか?」

「失礼だけど、その男とお客さんの関係は?」

「幼馴染なんだ」

 ショーンが答えた。店主が渋い顔をしたため、ザンカとショーンは彼が話し出すのを待った。

「…こういう商売をしていると仕方ないんだが、あんまり客のことは言いたくないんだよ。この町は本当に小さな町だしね。だから、よそ者が来るとすぐわかる。心当たりがないこともないよ。でも、あんたらが聞きたい話ではないと思うが…」

「かまわない。知ってる事は全部話してくれ」

「私が知っているのは偽名かもしれないが、名前を聞いても?」

「クルク」

「うん。やっぱり偽名だね。この町には住んでいないようだったが、一時期毎晩のように仲間と来てたよ」

「仲間って…」

 呟いたショーンを横目に、ザンカは店主に話を続けてくれるよう頷いた。

「最近じゃめっきり見かけないね。まぁ無理もないだろうね」

「どういう意味だ?」

「一緒に来ていた仲間が次々と死んだんだよ。最期の一人もこないだ変死体で発見されたし。うちとすれば、羽振りがよかったから上客だったんだが、ちょっとね」

「……他に何か、人に聞いた話とかはないか? どんなことでもいいんだ」

「人の良さそうな男だったが、どうやら薬の売人だったようだよ。一緒にいた奴らは、おそらく売人仲間といった感じかな」

「……」

「裏方に通してなかったみたいでね。死んだ仲間たちは見せしめだったんじゃないかってもっぱらの噂だけど、奴ら自身も薬中だったから本当のところはわからないんだよ」

「クルクも、薬を?」

「いいや。彼はやっていなかったと思うよ」

「そうか……」

 呟くとザンカはようやくグラスに唇を付けた。ショーンもそれを見てワインを飲み干す。

「ワイン、美味かったよ。これ話してくれ礼だ。受け取ってくれ」

 カウンターに銀貨を一枚置くと、ザンカは席を立った。

「ちょちょっとまっておくれ。こんなの貰えないよ」

 店を出たザンカたちは、店の横道に止め待っていた馬車へと乗り込む。すると店主が慌てて店から飛び出して来た。馬車へ駆け寄ると、ワインを二本ザンカに差し出す。

「これ、貰っておくれよ。それと、次はゆっくりおいで」

 目尻に皺を刻み、店主の男がさりげなくザンカの手に何かを握らせた。馬車が見えなくなるまで見送る男を眺めながら、ショーンが呟く。

「店…あんまり流行ってないのかな?」

「そう、かもな…」

 ザンカは握らされた手のひらの眺める。不思議に思ったショーンが覗き込む。大きな手のひらの中には店のマッチがあった。

「――あ」

 二人顔を見合わせる。何も言わず、ザンカが用心深くマッチを見つめていると、ショーンが馬車を止めるよう御者へと合図を送った。

「聞くだけ聞いてみようぜ」

 町内ならいいが、別の町の店なのかもしれないからだ。馬車が大きく揺れて止まった。御者の男が扉を開けると、ザンカの手からマッチをかすめ取ると、ショーンが御者に訊ねる。

「おっちゃん。この店の場所知ってるか?」

 眼前にかざされた小さなマッチに、御者の男が目を細める。

「んん? シェム、ハザ……葉巻屋なら同じ名前の店がシヴァエにあるよ。でも飲み屋じゃ聞いたことないなぁ」

「葉巻屋?」

「ああ、有名だよ。手頃な値段で売っていてね。まぁ、わしらみたいな田舎者じゃ似合わん代物だけどなぁ。そういえば、随分前になるけどクルクにも聞かれたなぁ。嫁さんの父親の誕生日プレゼントにしたいとかって。はは、アイツちゃんと買えたのかな」

「……」

 予想外のところからクルクの情報が出た事に、二人は絶句した。

(何をやってるんだ、アイツは…)

 ヤバイことに首を突っ込んでいるなら、そう簡単に足が付くような真似をするはずがない。これじゃあ、まるで『俺はここだぜ!』と、呼んでいるようじゃないか。

「…ちなみにおっちゃん、クルクって今何処に居てるか知ってる?」

「出稼ぎだろ? 何人目だったか忘れたが子供出来るとか何とかで、一人シヴァエに出稼ぎに行っとるよ。なんだいお前さんら、幼馴染じゃのに知らんのかい」

「だって、俺ら独身者と家庭持ちは一緒って訳にはいかないっしょ」

「はは、それもそうだね。しかも、嫁さん一応あれだしね」

「…――あれって何?」

「ん~…っと、嫁さんの兄だか姉だか忘れたが、なんせ宮勤めしてるとかって聞いたけどな。それを父親が自慢し回ってるって話さね。まぁ自分の子供が出世したら嬉しいからな」

「じゃあ、あの嫁さんっていい家のお嬢さんってこと?」

「いいんや。ずっと昔の代に没落した貴族って話でさ。でも、気位だけは高いみたいで、あの嫁さんも随分苦労してきたみたいだよ。クルクと知り合って救われたって嬉しそうに話してたからね。お前さんらもちょっとは気にかけてやりな。サラは子供にって、ちょいちょい菓子やら何か持っていってるみたいだってのに、お前さんらはクルクの居場所も知らないんだからな」

「姉さんが!?」

 御者の男が呆れ顔で大きくため息をついた。

「やっぱり知らなかったのかい。ザンカ! お前は視野が狭すぎるんだよっ 確かにクルクはサラを裏切ったかもしれないがね、それは男と女である二人の問題だよ。お前はいい加減、姉離れしな!」

 ピシャッと扉は閉じられ、再び馬車が動き始めた。

 ぎこちない雰囲気が充満する馬車の中、ショーンは身を縮こまらせ、早く家路に着くことを祈っていた。ザンカは腕組をして思慮深く唸っている。

 もっと早く歩み寄るべきだったと、今更後悔しても遅い。

 クルクはザンカが思うよりも深い闇へと足を踏み入れたのかもしれない。それもたった一人で。

「姉さんが……」

 どんな気持ちなんだろう。愛した男の子供とはいえ、自分から奪った幸せを得た女の産んだ子供。

「お前も知ってたんだろ? サラがクルクの子供の世話をしてる事」

 ショーンは何も答えなかった。だが、その沈黙が二人に息苦しさを感じさせた。

「いいんだ。気づかない俺が悪い」

 格好悪いなんてものじゃない。ザンカは頭を抱えて俯いた。

 サラはどんな思いで自分に抱かれたのか。もういいじゃないか。もう、クルクを忘れてくれよ。俺を見てくれよと、子供のように駄々をこねて姉を困らせただけなんだと、ザンカは認めるしかなかった。

 振り返ったところで何も変えられないんだ。前を見て進むしか道はない。

「――シェム、ハザか……」

 呟いた名は、恐れ多くも堕落した古の使徒のものだった。

 

 

 

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