継承3
もっと素直に近づいていたら、もっと早く彼女に触れることが叶っていたかもしれない。
そうすれば、彼女は苦しい思いをしなくてすんだかもしれない。
例え、恨まれても、憎まれても、守りたい者は、いつも手に入らないから。
指に絡むサラの髪の香りを感じながら、腕に抱く温もりを後悔したくないと、ザンカは心の底から思いながら目を閉じた。時は嫌でも針を進める。止まってくれない。やり直したいとどれほど願っても、過ぎた過去は後悔の色で塗り潰すしかないのだ。
「……」
クルクへの腹立たしさや憎しみが、サラを抱いて薄らいでいた。
わかってる。何も恥じることはないのだ。なぜなら、使徒の中での近親者同士の契りは、よくある話で、両親もそうだった。
「…サラ?」
返事はない。眠っているのだろう。ザンカはサラの髪を指で梳いた。柔和な香りが鼻につく。彼女からはいつも、赤子のような甘い匂いした。
「――俺は…」
ザンカは、何を言いたいのか、自分でも頭の中の整理が追いつかなかった。
クルクの顔が浮かんでは消えて、夜空を見上げるサラの姿も、想いを遂げたと思い上がる自分と、愛しい女を抱く感触がいつか禍を呼び、それを償う日が来るんじゃないかと思わせるのだ。
その危惧は予知だったのかと感じさせる出来事が、彼らを追いかけていた。
これが最後だと思わなければ、きっと自分はサラを殺してしまう。
とある、意味のある日の夕暮れ時の事だった。
「何だって!?」
ザンカは素っ頓狂な声を上げたが、すかさず口を手のひらで覆われ、もごもごとしている内に、ザンカの声は小さくなった。
「おっと! 声がでけーよっ! バカザンカッ」
同じ使徒仲間であるショーンという男だ。彼はザンカより数年遅く生まれているが、まるで少年のように思われる容姿をしていた。
黄金色の肌に金髪。そして、緑色の瞳をした青年だが、しかも、彼は人間と使徒の混血種だった。
使徒である母親は人間の夫と同じように年をとる工夫をして、夫の最期の時に自ら命を断ち共に天へ召されたほどの、異例の夫婦だった。
その一人息子である彼自身は、現在も独身を貫いているが、密かにサラに好意を寄せていると噂があった。だからかもしれない。時々ザンカにクルクの情報を運んでくれるのは。
路地裏の奥へとザンカを押し込み、周囲を見渡すとショーンが言いにくそうに話す。
「いいか? あくまでも噂だぞ。こないだから隣町で変死体が続いて出てるだろ? 警備隊にはまだ知られてないみたいなんだけど。ほら、酒屋のプライシアがちょうど、その日の前夜にアイツを町で見かけたって言うんだよ。それも死んだクレンと一緒に飲んでたって言うからさぁ……ちょっと俺、気になってさ。怖いんだ。アイツ人間と結婚してアザの血を封印したんじゃなかったのか? 絶対ヤバイって!! 裏方にバレたらさ……」
――アイツ、消されちゃうよ……
悲痛なほどショーンの気持ちはザンカに伝わっていた。
すがるようにザンカの服の裾を掴むショーンの様子から、事態は想像以上に緊迫したものだと、ザンカハその時感じたのだ。
「…いいか、お前は動くな。いいな? 俺の言っている事、わかるよな?」
小刻みにショーンは何度も頷いた。
「わかっわかった……でも、でもさ……俺、俺どうしたらいい? クルクが死んじゃうかもしんないのに、俺っ何にもできないなんて!」
ショーンは数少ないザンカの幼馴染であり、弟のような、友達だった。緑色の瞳が潤んでいる。
「バカ野郎、泣くなよ。まだ決まったわけじゃないだろうが」
「うん、そうだよな。うん、わかってる、わかってるんだよ、でも、でも、俺、物凄く怖いんだよ。小心者だと笑われてもいいよ。怖くてしかたないんだよ。頼むよ、ザンカ。クルクを助けてくれ。アイツ、きっとまだサラのこと……」
言いかけて、ショーンは自らの口を手で塞いだ。
「ご、ごめっ……」
「――いい。お前が気にすることじゃない。大丈夫だから心配すんな」
「うん…」
「とりあえず、今は俺も動けないから、今夜0時に店の前に来てくれるか? もちろんサラには気付かれないようにな。出来るか?」
ショーンは涙を何度も拭い、頷いた。




