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継承1

 幼い頃はいつも姉の後ろ姿を追っていた気がする。

 使徒の血を引く者は長命だ。ある一定の年齢に達すると、成長過程が普通の人間よりも四、五倍は遅く、体質的なものもあるが、年齢的な容姿を変える事ができるため、年の離れた姉弟がいつしか同年代に見られるようになっていても、何も不思議ではなかった。

 だが、周囲の人々に馴染むため、土地を行ったり来たりの生活からは逃れられなかった。多少の年幅を調整できても、逆成長はできないのだ。大人から子供へは変貌できない。それは、神のみが成せる技とされていた。

 転々と移り住む生活も、長きに渡ると疲れ果てる。ゆえに、自ら使徒の血を絶つ者もいた。そんな彼らを脱落者と嘲り呼ぶ使徒もいたが、ザンカは間違った選択ではないと思っていた。

 何が正しくて間違いなのかなんて、誰が決めるのか。ザンカはそう考えていたのだ。

「人間と契りを交わしても、血を継がせる方法はあるぞ、ザンカ」

 突拍子なく言い出したのは、幼馴染である男が傍らに頬杖をつき上目使いにザンカを見る。

「ああ? 俺は嫌だね。人間はすぐ秘密をばらすから、信用できない」

 ザンカは一瞥もくれず、着々と昼の仕込みをしていた。その様子を作業台の椅子に腰をかけ、男は話を続ける。 

「んー否定はできないけどさ。俺たち使徒もかわんねーだろ。それにさ、逆に使徒同士の間にできた子供でも、血を継がせず普通の人として生かす方法もあるぞ?」

「……つうか、お前なんでそんな事知ってんだよ。クルク」

「親父が言ってた」

 クルクがにかっと白い歯を見せて笑った。栗色の癖っ毛が彼を幼く見せる。

「ばか。お前の親父いくつだよ。九百はとうに超えてるだろ。もうボケてんじゃんか」

「ボッボケてねーよ! 人の親父をバカにすんなっ、じゃなくてな。だからさ~ザンカ。俺が言いたいのは――」

「うるせーよ。何でもいいからとっとと帰れ、仕事の邪魔だ!」

「ちぇっ。なんだよ、バカザンカのバカッ」

「もっと利口な言葉を使え」 

 不貞腐れてクルクが調理場を出て行った。怒った肩を下ろすと、ザンカはため息をつく。

 クルクの言いたいことはわかっていた。彼とサラの態度で、二人が恋仲だということは何十年もの前から薄々気づいていた。だが、認めたくなかった。

「ったく……許すわけねーだろ。アザの者にやるくらいなら人間にやるっつうの」

 ザクザクと音を立てて、ザンカは野菜を切り刻んだ。

(親父達との約束だってあるのに。俺が許したらクルクはこの宿屋を一緒にするって言いだすに決まってる。そうなったら俺は……? 俺はどうなるんだ?)

 ザンカは不安で思考が狂いそうだった。いつか、サラは自分以外の男と生きたいと言う日が来るだろう。その時が近づいているんだと思うと、夜も眠れなかった。そして、苛立ちを隠せるほど、彼はまだ大人に成りきれてなかったのだ。

 



「ザンカってさぁ。サラの事本当に好きだよな」

 顔を合わせる度に、毎回突拍子ない事を言うクルクに、冷え冷えとした眼差しを向けるも、クルクはきらきらした目でザンカを見ていた。期待してる時の目だ。冗談半分、本気半分の割合で、ザンカは殺意を覚えた。ザンカ自身も自分の気持ちがわからなかったのだ。

 クルクは幼馴染でありながら、兄弟のようであり、もちろん友達でもあった。クルクはザンカ同年なのだ。使徒の常識の中には、年齢に関しては無頓着であるが、その使徒にとって大事なのは、共に同じ時間を歩む者の存在なのだ。

 挫折していく使徒たちを何人も見てきた。人と契りを持ち、幸福を望んだ使徒の多くの末路は、裏切られ、特殊な体質を見世物にされ、どれほどの者がにが水を飲まされていたことか。それも、闇も女神が眠りについた時から加速していた。

「ああ、俺はサラが好きだよ。それでお前はどうするんだ?」

 キラキラしていたクルクの目が一瞬で陰った。がっくりと肩を落とし、背中を丸めている。一見いじけているように見えるその姿は、決してお芝居ではなく、素のクルクだという事はザンカも知っていた。だから、暫しの沈黙を許した。

「――いやぁ……まいったね。――――お前、俺がサラと付き合っているの知ってるのにそんなこと、よく言えるなぁ。俺、ほんと関心しちゃうよ。いやはや、まいったな。んー…かなりびっくりだよ……ははは……でもまぁ…………その俺から聞いたんだし、仕方、ない、かなぁ? なんて、な」

「……本当に馬鹿だな、お前は」

 救いようのない大馬鹿野郎だと心底思ったが、ザンカはちょっと嬉しかった。

 大柄で強面のザンカは、あまり人に好かれる方ではなかった。その訳は見た目の印象もが、実際は人見知りの上、ぶっきら棒な物言いをするからだ。だから、親身になって話す仲間は極小数で限られていた。

「んー…未来の兄ちゃんからの相談だ、弟よ」

「誰が弟だよ。ふざけんな」

「まぁ、聞けや」

 こんな顔をしたことがないと、自他とも認めるほど、クルクは真剣な顔でザンカと向き合っていた。

「俺は本気でサラとお前を守るから。それは命に代えてもだ。だから俺を信じてくれ、ザンカ。この先どんな困難が訪れても、お前とサラが俺を信じてくれるなら、俺どんな事にも耐えられる気がするんだよ。だから頼むよ、弟よ」

「まだ弟じゃねーよ」

 一瞬、気まずい雰囲気が流れたが、クルクの笑顔が空気を元に戻した。

「はは…。で、ものは相談なんだけどさ。その、サラに指輪を買いたいんだよ。お前、サラの好み熟知してるだろ? なんてったって弟なんだからさ。そこでだ! 俺と一緒に指輪選んでくれよ、な? な?」

「……」

「ザンカ、くん?」 

 力の加減なしで人をぶん殴ったのは久しぶりだった。以前はよく人を殴った、というより、人攫いにあったサラを助ける時とか、言い寄る男からサラを守るためだったのだが、その当事者のサラが泣いて訴えるので、渋々力を封じていたのだ。だが、クルクのせいで、今まで抑えていた感情の波が一気に襲い掛かってきた。それは、苦労が水の泡になった瞬間に似ていた。


 しかしながら、その後、原形を留めていないクルクの顔を見て、サラがザンカに激怒し、咎めるような眼光を向けたのは当然なことだった。しかも、結局クルクと指輪を買いに行くザンカが一番間抜けけだと、周囲に噂されたのは彼の耳には届いていない事実だった。




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