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真実とは罪深きこと

 神が自らの意思で使徒へ血を与えることを『アザの称号』と言う。その称号を授かった使徒のことを『アザの者』と呼び、彼らは神に近い力、もしくは、稀にそれ以上の力を発揮する者もいるとされている。

「だがまぁ、こいつ等は神に逆らえないんだ。血の契約というやつさ。一応主従関係があるからな。だから、今私の気持ち一つでザンカの命を消す事もできるんだ。試してみるか?」

 ロマリエは慌てて首を横に振る。

「ははは。心配すんな。ヨウヒは俺を殺したりしねーよ」

 ザンカが持ち前の笑顔で返したが、その先に続けられた台詞に、ロマリエは言葉を飲み込む。

「今はだけどな。何てったって一応闇の女神だぜ? 死を司り闇の力を支配する神だもんな。いつぽっくり消えるか分かったもんじゃない」

「こら。余計な事を喋るな」

 その叱責は軽いものだった。

「こいつは私を裏切ることができない。まあ、裏切る気があるとは思えないがな。しかし、もうこの世界に私のアザの者は少ないようでな。血の継承をせず命尽きた使徒もいるだろうから、もしかしたら、こいつが最後のアザの者かもしれんのだ」

「そ。わかったか、ロマリエ。俺は超貴重なアザなんだぜっ!」

 ぐっと親指を立てるザンカだが、彼は直接ヨウヒが血を与えた使徒ではないのだ。使徒は人ではないが、長命ではある。しかし、不死ではない。当然ながら人間よりは頑丈で病にも強いが、使徒であろうと病気にはなる。 

 ザンカは隆起した胸を膨らませ、更に鼻高々に自慢するが、シュコウがいたら喧嘩になっていただろうなと、ヨウヒは声に出さずに呟いた。

「あの……でも最後って、サラさんと姉弟ですよね? ザンカさんがそのアザの者ならサラさんもそうなのでは?」

 疑問を感じたロマリエが首を傾げる。するとザンカは人差し指を立て、左右に小さく振った。

「ちっちっち。姉さんは違うんだな。使徒ではあるが、親父達から血を受け継がなかったから」

「そう、なんですか? 詳しく分かりませんが、使徒とは所謂、その…天使様ってことですよね?」

「そうだ! 俺は天使様のアザの者なんだ」

 人間とは悲しい生き物で、一般的に天使と聞くとサラのような見目麗しい美女を想像してしまうのだが、事実は現実とは全く無関係だったりする。ちょっと残念に思ったのだろう。その意を表すようにロマリエは物悲しい目をザンカに向けていた。

「……もう、喋るなザンカ。使徒の品位を疑われるぞ」

 ヨウヒが手で口元を隠し失笑していた。

「ところで、クリパスが二重人格者というのならさ。大神官を殺害したのはもう一人のクリパスということなんじゃないのか?」

 ザンカは前振りなしで本題に入ったが、ロマリエはすぐさま会話に繋げた。

「おそらく……。私が見た時はもうバルカン様が無残な姿で倒れていましたから…」

 少し不服そうに、ヨウヒが片眉を吊り上げる。

「なんだ、現場を直接見たわけではないのか?」

「ええ。ですが、殺害直後を見たんです」

「じゃあ、その殺害直後のその場所に、クリパスがいたというわけか」

 ふむふむ、と納得した様子のヨウヒに、ロマリエが口を濁した。

「いえ……あの…………そう、とも言います」

「なんだそれ」

 ザンカが露骨に顔を歪めると、ロマリエは、考察し戸惑っているようだった。

「その――――私が…駆けつけた時はいなかったんです」

「それでなぜクリパスが犯人となるんだ? 私にはさっぱり分からんぞ」

 ヨウヒはロマリエから何かを違和感を感じた。彼は隠しているのではなく、隠したいのではないか? それは、クリパス以外の第三者の関わりが、ロマリエの目を真実から逸らそうとしているようにも思えた。

 ヨウヒとロマリエが黙り込んだため、ザンカも自然と息を潜め、沈黙の間に流れを沿った。

 どのくらい時間が経っただろうか。ザンカがうとうとと居眠りを始めようとしている矢先、ようやくロマリエが開口した。 

「実は、王子の剣が………刺さったままだったんです。それで、その……」

 ロマリエは、まだ迷っていた。そんな彼にヨウヒが苛立ちをぶちまけようとした時、ザンカが先にぶち切れた。

「おい、お前何か肝心な事を隠そうとしてるだろ。お前にも事情があるだろうが、俺らにも色々あんだよ。自分の損得ばっか計算してたんじゃ、筋ってもんが通らねーだろ。そんなんじゃあ、助けるにも助けられねーよ。本気でヨウヒに救いを求めてるなら、胸ん中空っぽにするくらい全部吐き出せよ。でなきゃ、わざわざクリパスを眠らせた意味ねーじゃんか」

 息をつく間もないくらい一気に喋ったザンカに、悲痛に満ちた面持ちでロマリエは頷き返した。分かっているのだが、ロマリエにも想いがあるのだ。 

「……すみません」

 正直なところ、ロマリエはこのまま上辺だけの話で彼女が動いてくれればと願っていた。

 すべての真実が救いになるとは限らない。まして、ロマリエが知る真実はクリパスには酷な真実だからだ。

「どうすんだよ? 話すのか? 話さないのか? どっちだよ? 早くしろ。俺は眠いんだよ」

 最後の言葉が本音だ。

「くく……ばかめ。貴様あの石っころに随分精気を吸い取られたようだな。なんなら私の気を分けてやろうか?」

 ヨウヒが若干遠まわしではあるが、ザンカの苛立ちに対して触れた。だがザンカは去勢とも取れる態度を示した。

「そんなんじゃねーよ。俺はただ眠いだけさ」

「愚か者。片意地張っていると損をするぞ」

 面白可笑しくではないが、ヨウヒの言い方が悪いのかザンカは更に強気に出ていた。

「うるっせーな…………………ああ…………くっそ」

 ザンカは眠気のせいか頭をガシガシと掻いて苛立ちを形に表した。ヨウヒが声を殺して笑っている。

「あああ! ごめんっ! 頼むっ」

 ザンカは眼前に両手の平を合わせ拝む。

「だから最初から言えばいいものを」

 ヨウヒが手招きをするつもりで片手をさし伸ばしたが、その小さな手の平にザンカは額を押し付ける。一瞬目を瞠ったヨウヒだったが、何事もないようにザンカの額から気を送り込んだ。生温かい感触にヨウヒの胸がくすぶられる。

「あぁ……生き返るってこういうことなんだな。ほっとするぜ」

 能天気だ。ヨウヒは温もりの残る手の平をじっと見つめていた。そして、ごく自然に口許が緩む。

「……お前は本当にいい男だよ、ザンカ」

「は? なんだよ、今更だろ」

 呆けるザンカにヨウヒは「何も」と返し、話題をロマリエへと戻した。

「ロマリエ。決心は着いたのか?」

 息を呑むと同時に視線を合わせたロマリエの青い瞳に、ヨウヒは懐かしさを感じた。

「王子は……バルカン様を殺してはいないと、思います」

「ふーん。ここまできてまだ『思う』なのか。結局のところお前は何も知らないんじゃないか?」

 ザンカは冷たく返す。ヨウヒは黙って煙管に火を灯した。紫煙が天井へとゆっくり昇る様を目を細めて見つめる。

「そうですね。もしかしたら私の知ることも真実ではないかもしれない。ですが、そうなるとあの方が嘘をついていることになる」

「あの方?」

 首を傾げるヨウヒに、ロマリエは決意を込めた強い眼を向けた。

「クリパス王子の妹君であるミレイ様です」

 ザンカは目を白黒させた。

「お、おい……お前…」

 何か言いかけたザンカの言葉を、ヨウヒが迷いなく断ち切った。

「――――お前の話は王家に対して謀反を疑われる恐れがあるぞ、ロマリエ」

 その声音は威厳ある余韻を残すには十分だった。

「神の怒りを買うことになろうとも、それが真実を語るための代償なのかもしれません」

 ヨウヒの瞳の中のロマリエは、紛れもなく戦士の顔をしていた。


 

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