偽りの上に真実を重ねる
『昔々のお話。世界を創った神様が、ある日双子の女神を産みました。そして、その女神たちに、『昼』と『夜』の名を与えたのです。神様は、二人の女神に世界を一つ授けました。彼女たちはその世界を慈しみ愛していましたが、人間たちは争ってばかりで、平和な世を創ろうとしません。そこで女神は地上に降り立ち、人間たちを諭そうと思ったのでした。しかしどうでしょう。地上は戦場と化し、尊い命がたくさん消えていました。そんな中、女神たちは今にも消えそうな赤子を拾ったのです。傷付いた赤子は死ぬ寸前でしたが、女神たちが天界へと連れ帰り、傷を癒したことで命を取り留めたました。そして、彼女たちはその赤子を育てる事に決めたのでした。月日が流れ、その赤子は立派な青年に成長していました。そしてある日、彼が言ったのです。地上へ降り、平和な世を創りたいと。その心に迷いは無く、女神は青年を地上へと送り出しました。その青年が戦乱を鎮め、一つの国を治めることになりました。その国は、女神の加護を受けた国と言われ、世界の始まりの地と伝えられているのです。』
「現王族の始祖が、その青年だと伝えられていますが、私は子供騙しの創世記だと思っていました」
ロマリエはヨウヒと向かい合って席に着いていた。クリパスはザンカが掛けた眠りの術で、穏やかに夢の世界へ入っている。ザンカがシュコウに代わり、ヨウヒに紅茶を出した。無骨な手ではあるが、彼が淹れた紅茶は、意外にもいい香りをかもし出している。
「宮勤めをしていたわりに、ずいぶんな言い草だな」
ヨウヒは、スッと音をたてず紅茶を飲んだ。
「お恥ずかしい限りです。――あの、この国をご覧になって貴女様はどう思われましたか?」
彼女の機嫌を伺っているわけではないが、女神様だと知った以上、今までのような受け答えはできなかった。ザンカは何も感じていないようで、窓辺に立つと、外の気配を窺っている。
「なにも」
あまりにも短い返答に、ロマリエは当惑気味だ。
「なぜです。この国を正しに来られたのではないのですか?」
「違うな。私はもう一人の女神を探しているんだ」
言い伝えでは双子の女神とされている。
「……『昼』の女神…ですか……えっ!? それでは昼の女神も地上に降りているのですか!?」
ロマリエは、驚きの連続で若干気疲れが見られる。ヨウヒはテーブル上に置かれていた、サラお手製のクッキーをかじりだした。ぱりぱりと、噛み砕きながら話を続ける。
「伝承の私たちと真実は違うんだな。うん。これ美味いな。まず、私たちは双子ではない。だが、それはお前たち人間には係わり合いのないことだ。それこそ、神のみぞ知り、神のみが裁く世界での事柄だからな。しかし、伝承は全く異なるものでもないな。赤子がこの国の始祖というのは真実だ」
なるほど、と合点がいくとばかりに、頷いていたロマリエだが、ふと思い当たる節があった。
「まさか、シュコウさんですか?! 待ってください! それじゃあ、私は一体何のためにあなた方を引き離すよう命を受けたのでしょう」
「だから、それは誰にだ?」
ロマリエは、口を切った先から後悔していた。
「……それは」
煮え切らないロマリエに、脅しの一発を与えるのはもちろんザンカだ。
「おいおいおい。ここまでヨウヒが話したってのに、だんまりは卑怯だぜ、ロマリエ。事と次第によっちゃあ、俺が黙っていねーからな」
こういう時、品がないと便利だな、とヨウヒは心で呟く。ロマリエは寝台で眠るクリパスを一瞥した。
「……貴女様なら、もう気付いているのではないですか?」
んー…と背伸びをした後、さらっとヨウヒが返した。
「そう、だなぁ。私の思うところでは、王宮に勤めている者で、当然クリパスとも面識があるんだろうな」
「なぜ、そう思うんです?」
「バラクイヤルであの女占い師、クリパスをみて驚いた顔をしたからな。もしかしたらと思ったんだが、どうだ?」
「ご名答です。彼女は王子の妹君に付いている侍女の一人です」
ほほぅ、とヨウヒは顎に指を当てて唸った。
「そういえば、現国王には姫君が一人いると言っていたな。ザンカ?」
「ああ。いるよ。ミレイ様だっけかな」
うる覚えなのだろう。自信なさげだ。
「その妹の侍女がなぜ、占い師兼お前の主だったんだ?」
ヨウヒは腑に落ちないといった風で、しかめっ面をロマリエに返した。
「分からないんです。ただ、あの頃の私には彼女が救いの神に思えたほどでしたから…」
正邪を問う余裕がなかったと言いたいのだろう。そんなロマリエの反応を見て、ザンカが片目を眇めた。
「お前、奴隷戦士になる前、男娼まがいの扱いを受けていたんじゃないか? お前見栄えいいからな。悪趣味な貴族の娘なんか、飛びついただろうよ」
「……」
ザンカはぽりぽりと頭を掻いた。恥ずべきことだろうと思う。だが、男娼を生業としている者もいるのを知るザンカは、ロマリエに同情はできなかった。
「ならば、クリパスはその逆の男色家たちの餌食というわけか?」
ヨウヒはあえて、ザンカに問うた。
「おそらくな」
ロマリエは絶句した。目を堅く閉じ、俯く。膝の上で握られた両の拳が震えている。
「クリパスの屈辱感は半端じゃないな。だけどそうなると、話がおかしくないか? お前は何のために奴隷になったんだ? 別々に売られてりゃ意味ねーだろ」
強く握られた拳を開くと、じんわりと汗を掻いていた。しばらく、ロマリエは手の平を見つめたまま動かなかったが、ヨウヒは何も言わず待った。
「……ザンカさんの言うとおりです。約束が違えられたんです。最初のうちは一緒に売られていたんですよ。それが途中から引き離されてしまって……」
ロマリエの声は震えていた。分かっているのだ。所詮言い訳だと。
「騒いでも何にもなんねーもんな。奴隷の言うことなんか聞く奴いねーもん」
「私はすべてに絶望し失望していた。王子が傷付く様を見ても何もできない自分に、どれほど腹を立てても、何もできなかったんです。だから」
「――途中で諦めたのか?」
ヨウヒは冷たく言い放つ。
「諦めて楽になったか? 違うだろうな。だから、胡散臭い女の話に乗りかかったんだろ」
ヨウヒの容赦ない非難にも、ロマリエは黙って耐えた。
「だけど、お前王様と約束したんだろ? クリパスを更正させて王宮に戻るってさ」
ザンカが窓枠に体を寄りかからせて、振り返った。ロマリエを見るザンカの目は決して蔑んでいるものではなかった。
「その、更正の話だが。お前が言うクリパスと私たちの知るクリパスは違いすぎる。嘘を付くのが上手いとか下手だとかの次元じゃない気がするんだが。それに舌を切られてることから考えたんだが、もしかして、奴は二重人格者か?」
ロマリエは目を大きく瞠った。
「……凄いですね。さすが女神と言うべきでしょうか」
「舌を切ったのは、もう一人を抑えるため、というわけか……しかし」
「そうです。もう一人を抑えるためとはいえ、王宮に戻った時、まともに喋る事ができない者に王位を継がせるはずがない。でも、信じてください。私は本当に知らなかったんです。だけど、これからどうすればいいのか……本当に私は愚かなことをしてしまいました」
「仕方ねーじゃん。お前ヨウヒの正体を知らなかったんだしさ。クリパスを守ろうと思っての事だと俺にも分かるよ。それに、シュコウの件はヨウヒが――痛っ」
ぎろりと、ヨウヒの鋭い眼光がザンカの頬に突き刺さった。ザンカは身を挺して顔を守る。
「ごめんごめん。もう余計な事言わないから」
分かればいいんだと、ヨウヒは視線を外した。ロマリエは呆気に取られている。
「なに、ちょっとしたお灸だ。一応私のアザの者だからな」
「その……質問ばかりで申し訳ないのですが、アザの者とは一体なんなんです?」
「知らんのかっ!?」
「そんなの知るわけーねーじゃん。そこまで伝承してねーだろ」
と、言い終えたザンカは、何気にヨウヒを見て視線が交わった瞬間に、慌てて背中を向けた。