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あなたはわたし、わたしはあなた。

 創世神である大地の女神は、数多の『神』『女神』と呼称される『神族』の母である。

 その、大地の女神から生まれた神族たちの中でも、お気に入りだったのが女神候補であるヨウヒだった。生を受けて早百年余り。人間でいうと容姿はわずか十歳前後と見える。煌びやかな天界に馴染むように造られたのか、金髪に青眼、子供の容姿には不釣合いなくらい端整な顔立ちをしていた。

 だが、ヨウヒには何かが足りなかった。物足りないといった方が正しいかもしれない。

 幼いながらにも、他の神々にも劣らず匹敵するほどの神力を持ち、世話係である天使たちの評判もすこぶる良かった。まさに、優等生を絵に描いたようにだ。それが、母である大地の女神は気に入らなかったのだろうか。

 ――足りない。何かが足りない。

 ある日、ヨウヒがいつものように神殿の中庭へと足を入れる。千里眼である湖へと向かうためだ。

 朽ちる事のない中庭の芝生が、穂先を柔らかに足の裏を刺激する。足取りは小さい。泥が足を汚す。地に足をつけずに駆ける事をせず、彼女は人のように大地の土を踏むのが好きだった。

 そんな様子を天使たちは遠目で優しく見守るのだ。成長が止まればいいのに。そう天使たちは胸のうちで呟く。愛らしいままで、輝く瞳のままで、このまま成人してくれたらいいが、期待通りにいかないのは人と同じように神にも分からなかった。

 自然の原理、というものだろうか。

 たとえ、創世神である大地の女神であろうとも、触れる事ができない部分があるのだ。

 変化は突然、もしくは必然に訪れた。

 日課のように湖を覗くと、水面に現れたのはいつも彼女に見せる世界ではなく、ヨウヒそのものであった。映る自分の顔を不思議そうに眺めていると、息を吹きかけることもなく水面が揺らいだ。波紋が緩やかに刻まれ、映る自分が実体化して湖から現れたのだ。

 合わせ鏡のように瓜二つの二人に、周囲は息を飲んだ。そして、天使たちは悲痛な表情を浮かべた。

 ――変わってしまう。『彼女』はもう『彼女』ではない。

 湖から生まれたヨウヒを『アナト』と大地の女神は名付けた時、ヨウヒの容姿が変化した。

 金髪に青眼はアナトに継がれ、ヨウヒは黒髪に黒眼となったのだ。

 成人した二人に、大地の女神は世界を一つ任せることにした。そして、二人は別名を受ける。

 アナトは昼の女神、ヨウヒは夜の女神。二人で一人の神として、互いに尊重しながら世界を守っていく。しかしある日、ヨウヒがまた変わってしまった。


 『あなたはわたし?』


 浅い眠りに目覚めた時、ヨウヒは全身に纏わりつく闇の末裔たちの残骸である影に撒きつかれながら、切り抜かれた深淵へと落下していた。

「ゆ、夢だったのか?」

 誰に問うわけでもなく呟いた声は震えていた。

(ばかな夢を見たな)

 悲しいのだろうか、苦しいのだろうか。ヨウヒの瞳は潤んでいた。

「愚かなのは私だ。お前じゃないよ、アナト」

 なぜ、その名を呼んだのか。この闇が彼女へと繋がっている気がしてならなかった。

『わたしはあなた』

 幼い声が耳朶を打つ。振り払うように目を堅く閉じる。再び開眼したとき、ヨウヒは冴え冴えとした瞳になっていた。そして、ふと思い出す。

「しかし、一体どこへ堕ちてるんだ?」

 闇を切る男に放り込まれたものの、意識を闇に断たれ行き先が皆目検討も付かなかった。そもそも、あの男は何者なのか。ヨウヒは眉を寄せると、毒づいた。

「おのれ……覚えていろ。私を物扱いしたことを後悔させてやるからな」

 男の高笑いする声が聞こえる気がして、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。

「何のためにシュコウを手放したのか、訳が分からんわ!」

 腹立たしく吐き捨てるように文句を言うが、所詮独り言だ。当然返事はない。だが、ヨウヒの独り言は続いた。

「私もお前も永遠に存在し続ける者として信じていたはずなのに、どうしてだろうか。私はお前を殺すかもしれないのに、お前はきっと私を救えない」

 どこで狂ってしまったのか。運命は何を望んでいるのか。

「すまない、シュコウ。私はお前を犠牲にしても何も救えないかもしれない。それでもお前は私を愛してくれるだろうか?」

 命を奪う神であり、闇を好み、光を穢す。そんな神を彼は望むのだろうか。

「私は死神だ。死を司り、お前を殺し無に返しても、私はお前を欲するかもしれない。それでも、お前は世界を救えと言うのか? 共に眠ろうとは言ってくれないのか?」

 本当は永久に眠ろうと言って欲しかった。

 だが、彼はヨウヒが眠りから覚めるのを待ったのだ。

「お前は私を殺してはくれないのか? 私はお前を殺せるのに」

 愛しい人。

 愛しい人。

 もう声を聞くことは叶わないかもしれないのに、手放してしまった。

 最後の言葉を、聞く事も、告げる事もせずに。 

 空虚に伸ばしたヨウヒの両腕は、何も掴めないまま、漆黒の闇が覆う空を彼女は見つめていた。


   



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