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闇を切る男

「こんな所で、何かお探しかな? お嬢ちゃん」

 思いがけず掛けられた声に、ヨウヒは咄嗟に振り返ってしまった。

 シュコウがいたら、無防備だと叱責されている事だろう。

 踵を返したヨウヒの視線の先に、一人の男が立っている。

「……そう言う貴殿は、如何なる理由でこんな所に?」

 ヨウヒは、バラクィヤルの扉をくぐり、ずっと歩いてきた。そう、ただひたすらに歩いてきたのだが、もちろん何者にも合わなかった。合うはずがない。しかし、臭いがしたのだ。

 魂が焼かれるそれに似た、存在しない者が再び死を味わう臭いだった。

(何かある……)

 そう、感じた時だ。突然背後から声を掛けられたのだ。

 ヨウヒは目を凝らす。しかし、男の顔は判別できなかった。

 背格好はザンカより若干小さく思える。

「いやぁ…ちょっと散歩にね。それでお嬢ちゃんは?」

 胡散臭い奴だ。ヨウヒは警戒していた。

 男は、話しながら飄々とヨウヒへと近づいて来ると、ありがたい事にヨウヒの目線に合わせて身を屈ませた。そして、人懐っこい笑みを浮かべる。それはつり目を下げるためかもしれない。

 美形とまでいかなくとも『いい男』と万人受けする顔だろうな、とヨウヒはまるで人のような感想を胸の内で呟いた。

「散歩とは、こんな常闇の世界で?」

 いるはずがない。ここはヨウヒが言ったとおり、常闇の世界。

 数多く存在する世界を繋ぐ、通路のようなものだ。冥界と現世の異空間ともいえる。だからだろう、魂の臭いがするのは。だが、生きた者がいるのは不自然だった。

「ああ、そうだよ。でも、君はだめだなぁ。こんな空間に一人で危ないじゃないか」

「……貴様、アザの者だな」

 ここまで来て、腹の探り合いをするつもりは毛頭なかったヨウヒは、はっきりと問うた。

「さぁて……困ったお嬢ちゃんだな。まだ、早いんだよ、まだね」

 男の態度が気に入らないヨウヒは、鋭い眼光を飛ばす。

「早いとは何のことだ? それにお前、名は何だ?」

「それは必要ないだろ」

「……吐かせてやってもいいぞ?」

 威圧的な物言いのヨウヒに、男は失笑した。

「おっかねー神様だな。しかし、人間みたいな感情を持ってるなんて、ちょっと笑える話だ」

 カチンときたのだろう。ヨウヒが目を細める。

「私を神と呼ぶわりに、大層な態度だな、おい」

 何様だ? と、詰め寄る前にヨウヒの体は宙に浮いた。襟首をつままれて、ヨウヒはまるで物のように男の肩に担がれる。

「なっ何をする!!」  

 無様にも手足をばたつかせ抗議するヨウヒの問いに答えることなく、彼女を担いだ側とは逆の腕を大きく振り上げ、軽く振り下ろした。すると、闇の空間が人一人分ちょうどの大きさに切り裂かれる。

「もう一人分いるな」

 肩に乗っているヨウヒのことだろう。男が、人差し指を横に振ると、切り裂かれた空間が少し大きく口を開けた。男は何も告げずヨウヒを担いだまま、軽快な足取りで開かれた空間に飛び込む。

「おい!」

 と、声を上げたヨウヒの鼻先で、扉が閉じるように闇が閉じた。一瞬の出来事だった。慣れない闇へと誘われ、ヨウヒは諦めに似たため息をついた。

 男は足を進める。目的地があるのだろうか。闇の中で方向がわかるとは、単に闇に慣れた者ではないだろう。しかも、男は手ぶらだったはずだ。どうやって空間を切ったのか。ヨウヒは神妙に黙り込んでいた。

「どうした、お嬢ちゃん? 急に大人しくなったじゃないか」

 肩に担がれたままで、ヨウヒは男に訊ねた。

「お前、もしかして神族か?」

 男は軽く笑って『否』と、はっきり答えた。

「近いが違う。あんた、勘が鈍ったんじゃないか。闇の女神も形無しだな」

「お前……」

 その女神相手に、何たる口の聞き方だろう。ヨウヒは全身の力が抜け落ちて、文句を言う気にならなくなった。

 『神族』と言っても、細かい部族を挙げれば一丸に『神族』とは呼べない者もいる。

 まれに、人から神へと召される者もいるのだが、ヨウヒは男の気配からそれは違うと感じていた。というのも、シュコウがまさに、人から神へと召された者なのだ。

 今、そのシュコウはアナトの手に落ちた頃だろう。ヨウヒの心がざわつき始めた。 

 彼女のことだ。心だけはと残してくれるかもしれないが、それが逆に酷なことになるだろう。

 懸念してもしかたない。自分が選んだ道だ。

 安定した速度で歩みを進める男の肩に、担がれながら、ヨウヒは不思議な感覚にとらわれていた。

 緊張感が溶けていく。男の放つ気のせいだろう。腹立たしさと一緒に焦燥感も落ち着いていた。

 ヨウヒは眠りに入るように、そっと瞳を伏せた。

 邪魔をされたのか。それとも、助けられたのか。

 振り返っても、来た道はもはや存在しない。

 物思いに耽っていると、男の足が止まった。

「なんだ、着いたのか?」

「どこにだよ」

「……こっちが聞いてるんだがな」

「まぁ、その、あれだ」

 男が急にしどろもどろになってきた。

「なんだ、はっきり言え」

「お嬢ちゃん、この中にはいるために対価払ったんじゃないか? 秘密を得るにはそれ相応の秘密がいるだろ」

「何が言いたいのかさっぱり分からん」

 とぼけている訳ではなく、正直な気持ちだった。男は何を聞きたいのだろうか。ヨウヒは男が話すのを待つ。

「んー…その、邪魔をしたつもりはないんだ。でも、まぁ、その、まだ早いんだよ。早すぎるんだ。君たちは得ていない情報が多すぎる。そうだろ?」

「君たち、だと?」

 男の台詞に驚きを隠せない。興奮気味にヨウヒが叫んだ。

「貴様何者だ! 降ろせっ! さっさと降ろさんかっ!!」

 何が何でも吐かせてやる! そんな意気込みを感じさせるには十分な声量だった。

「着いたぞ、お嬢ちゃん」

「何だと!?」

 怒りが頂点に達する直前に、再び襟首をつままれ、手足をバタつかせることになったヨウヒに、男が告げる。

「ほんっとうに、ごめんな! でも、次会う時は絶対味方になってやるから心配するな」

 開いた口が塞がらない。そして、ゴミを捨てるかのように、ヨウヒはぽいっと闇の空虚に放り込まれた。  

「き、貴様ー……っ」

「本当にごめんなー」

 男の声が小さく木霊するのを耳にしながら、次会ったらただでは済まさないと、心に誓うヨウヒだった。



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