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第一話 落ちこぼれ士官とポンコツ様



 思い出は思い出だから美しいのだろうと私は思う。

 現実とは非情なものだ。


 どうやら短い間だが、私は気絶していたらしい。

 頭を振ると意識がはっきりとする。


 無数の計器に囲まれた狭い空間。

 練習機である55式陸上自律装甲『涼風』のコクピットの中である。



「負けたか」



 整備員達の嫌味を想像して小さく溜息を吐き、安全ベルトを外してハッチを開く。

 乾燥した秋の風が枯れ草の香りと共にコクピットの中に流れ込み、同時に私の眼を太陽の光が焼いた。


 二息歩行の無骨な兵器は、中華民国の雄大な大地に大の字になって寝そべっている。

 私もそうしたい気分だ。一歩も動きたくはない。



『負けたか。じゃないだろう。岩瀬少尉っ! 何を落ち着き払っておるかっ!』



 しまった。通信機を外し忘れていた……。

 鼓膜をぶち抜く怒号に思わず私は耳を抑える。正直痛い。



「申し訳ありません! 永原大尉!」

『たるんどるっ! 貴様、敗因は理解しておるかっ!』



 苦笑いしながら頬を掻き、私はコクピットから這い出す。

 そして、腕を遠隔操作して地面に降り立つと足元でこちらを見上げて叫んでいた立派な髭の小男に、私は気を引き締めて直立し、敬礼をした。



「小官の技術が未熟だからであります」

「ふん……わかっておるならいい。第一種装備で10km駆け足! 行け!」

「はっ!」



 重装備での駆け足だ。三十分以上の実機戦の後であり、相応の訓練を積んだとはいえ、元々生粋の軍人では無かった私には体力的にかなり厳しい。


 内心ではげんなりしながらも、私は逆らわない。

 というより軍隊では上官の命令は絶対だ。


 そもそも軍隊とは無茶がまかり通る場所である。

 命が懸かっているのだから当然ではあるが、訓練には微塵の甘えも許されない。


 それを思えば素人が毛に生えた程度の私は、生き延びているだけでも大切にされている方であろう。


 永原大尉は一見神経質そうに見えるが、私のことを本心から気遣ってくれている。

 彼は私の……いや、私達の本当の『敗因』を知っていた。ようするに、今は何を置いても体力を付けろということなのだろう。


 辛いことには代わりはないが。



(畜生が!)



 そう心の中で感謝と同時に文句を吐いて、私は疲労で萎えそうな心を奮い立たせた。



『待ちなさい、岩瀬少尉! 起きたのなら先に貴方の『分霊』様を何とかしなさいよ! 秋風様が困っているでしょ!』



 通信機から聞こえる対戦相手……気の強い同期の少尉の侮蔑混じりの訴えを”了解”と一言で聞き入れ、私は空を見上げる。


 現実逃避くらいさせて欲しいものだ。 


 曾祖父さん達の想いを護る為、東京帝国大学に入学し、外交官を目指していた私を軍人の世界に強制的に引きずり込み、定まり掛けていた人生を力尽くで捻じ曲げた私の『分霊』様は色んな意味で規格外の存在であった。



「ふぅ……向上心は高いんだけどな」



 私は気持ちを落ち着かせると、白銀の髪の妙齢の女性型の『分霊』に食って掛かるように質問攻めをしている軍服を着た黒髪の背の低い少女……私の『分霊』の肩を叩く。



「桜様。行こう」

「ぼーちゃん、待ちなさい。敗因を分析しなければ、わらわはまた負けてしまいます」



 この光景も何時ものものだ。

 唇を尖らせて一度で振り向かないところを見ると、相当悔しかったのかもしれない。



「まずは二人で検討しないか? 私は桜様の助言を一番聞きたい」

「む……」



 私に小さな背中を向けたまま肩がびくりと上がる。

 綺麗な髪がさらりと揺れた。


 葛藤しているらしい。



「し、仕方ありませんね。ぼーちゃんは。私が必勝法を伝授してあげましょう」



 本当にしぶしぶといった感じの口調だが、なんだか、自慢げな表情まで伝わってきそうだ。


 私の本当に仕方のない分霊様は感情表現が下手くそだった昔からこうである。

 お姉さんぶって私に教えたがるのだ。



「では、中隊長の指導が終わった後、お願いします」

「わかりました。時間を作りましょう」



 始まりの機体たる『風疾比売』の核から”御霊分け”された分霊の一体である桜様は、人間ではないが人間よりも人間らしい仕草をする。

 その思考は近年急激に発達を見せているコンピューターに近いとのことだったが、彼女を見ているととても信じられない。


 だが、事実として分霊様達は本領を発揮出来る機体が無かったにも関わらず、第二次世界大戦時にはその解析能力や探知能力を各方面で活かし、大日本帝国を敗北から五分まで引き戻す活躍をしている。特に悲惨だったのは米軍の潜水艦で、海の忍者と恐れられていたものが、海の棺桶と呼ばれる程に殲滅される結果となった。


 そんな恐ろしい『兵器』であるはずの古い『幼馴染』は尻尾があれば力強く振っていそうなくらい嬉しそうな気配を背中から発している。


 私は小さく笑うと音もなく溜息を吐き、もう一度空を見上げた。




 私は十二歳の頃から両親に連れられて外地を回った。

 それは大日本帝国の救い主である『風疾比売』と同じ、意思のある機械……『神霊機』を持つ国と持たざる国の明暗を知り、外交の重要性を子ども心に焼き付ける旅でもあった。


 大東亜共栄圏の諸国を始め、元同盟国であるドイツ第三帝国、近年神霊機を発見し、一気に纏まった南アメリカ連合、発展著しいアラブ連邦。

 何処か暗い印象を感じたアメリカ合衆国、現在も形式的には交戦状態にある共産国家以外の多くを私は訪れている。


 約束を守って手紙は欠かさずに出していたものの、広い世界で学ぶことは多く、不思議な神社での小さな恋は日本の地を再び踏む頃には既に思い出となっていたのだ。


 現在では破談となったが、父の選んだ許嫁との結婚が決まっていたこともある。

 帝国大学卒業後、そのまま官僚の道へと進めば恐らく万事問題なく人生は進んだのかもしれない。


 幼い頃の約束も、外交官として戦争を起こさない努力をするならば、守っているとも言えると自分を納得させることも出来たのではないだろうか。


 そもそも私の手紙が届いていたのかもわからない。

 当時は知らなかったが『風疾神社』は軍事機密の固まりなのだから。



 要するに、私は完全に油断していたのだ。

 母体たる神霊が創った分霊達は圧倒的な能力を持っているが、単体では活動出来ず、『主』を必要とする。そして『主』を選ぶことは軍事に携わるしか道の無い分霊にとっての数少ない自由だった。

 

 だからこそ、大日本帝国は国の恩人たる彼等の意志を最大限に尊重している。

 これまではそれでも問題は無かった。


 分霊にはそれぞれ相性はあるものの基本的には『兵器』であるから、軍人として優秀な者を好む。

 これまでに主を得た三百体程の分霊様達は、東京帝国大学を超える成績を必要とする陸海軍大学校を卒業した優秀な士官を選んできたからだ。


 そして、分霊は『主』を選び、『主』は分霊に名前を付ける。

 そう、『主』の最も大切な役割は名前を付けること……。


 何も知らぬ私は勉学に励み、東京帝国大学で国際政治学を学んでいた私は官僚の狭き門を突破し、国会議事堂において新たな分霊が『主』を選ぶ式典に参加した。

 この式典は優秀な者……陸海軍大学校卒業の幹部士官と官僚候補から分霊に『主』を選んで頂くものである。実質は軍から選ぶものだったが……。


 末席にいた私は目を疑った。

 不貞腐れた顔で壇上に立つ、人形のように整った美貌の少女に見覚えがあったからだ。


 巫女服ではなく、軍服に身を包んではいたが見間違うはずもない。

 それは優秀な記憶力を持つ彼女も同じだったようだった。


 彼女が驚いた表情を浮かべ、その表情が歓喜の色に染まった時、私は背筋を流れる冷たい汗と共にようやく全てを察したのである。


 幼い頃の自分が何をやらかしたのかということを。


 彼女は軍人達の間をすり抜けて走り、背広を着込んでいる新たな文官達の列に近付くと、一瞬も躊躇わずに私の手を取った。

 前代未聞の珍事に場内は騒然としていたが、彼女は全く意に介さない。



「約束を守ってくれたんですね。ぼーちゃん」



 小声で囁いたその表情があまりにも嬉しそうで。

 希望に溢れていて。絶対の信頼を感じて。


 あまりの彼女の純粋な好意に、彼女を忘れかけていた私は罪悪感に憑かれた。

 離別してから十三年。私は多くを学び、世界中で友人を作り、恋も経験したが神社にいたであろう彼女はあの頃とまるで変わらない。僅かに身体は成長していたが、思い出と同じ瞳で私を見ている。



「岩瀬望。わらわの『主』となって頂けますか?」



 法律では『主』も彼女達の頼みを断れることになっていた。

 私は文官候補であり、少尉以上という他者の命を最も危険な場所で預かる資格を持ち合わせていない。断れば非難は受けるだろうが、分霊様に文官が選ばれる方が異例なのだ。


 だが、私も大日本帝国の男だ。

 積み上げたものを全て失おうと、祖国を護る名誉な役割から逃げる訳にはいかなかった。


 心の奥底から湧き上がりそうになる失望を抑え、私は強く彼女の小さな手を掴む。



「喜んで。桜様……大日本帝国の為にお力をお貸し下さい」



 こうして私は二十二歳にして、もう一度大学に通う羽目になったのである。

 軍人として。


 それなりの筆記の成績と、落第すれすれの実技……いや、外聞の悪い話を出さない為に温情でなんとか卒業した私は、生粋の軍人達に疎まれながら今日も最前線である同盟国、中華民国において訓練に勤しんでいる。



「今回の敗因はやはり必殺技の名前が悪かったからなのでしょうか」

「どうでしょうね」



 第一種装備を取りに歩いている私と手が触れそうな程に傍を歩く桜様……愁いを帯びた儚い美しさから私が名前を付けた少女は、本気の表情で首を傾げていた。


 私は深刻に悩んでいる。

 昔の合理性は何処へ旅立ってしまったのだろうか……と。


 案外、数十年間の平穏で平和ボケしてしまった神霊様に似たのかもしれない。


 母……即ち大日本帝国の旗機、神霊機『風疾比売』の核である風姫さんの見ていた漫画の影響を多分に受けてしまったらしい彼女は、兵器としては困ったことに”面白く”育ってしまっていたのである。


 大日本帝国は今日はまだ平和だった。




おまけ:第二次大戦中(1944年11月)のドイツ

二足歩行する兵器に乗ったとある空軍基地の士官(当時中佐)の発言


急降下が必要ないのは味気ないが、二十四時間補給無しでイワン共を駆逐できるのは悪くない。何度も出撃するなと口煩く言われずに済むからな────。

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