第九話
「リト、おいリト! 起きろっ」
「――うっ」
「……心配してたわりには容赦ないね、陸」
私が泊まっていた部屋に帰ると、すぐに陸が背負っていたリトを少々荒っぽく降ろして彼の顔を平手打ちしていた。
結構重症人だからそっとしておいた方がいいんじゃないかとは思ったが、かと言って仲間だが猫を私が起こせるかどうかは別だから黙っておく。
低く呻いた後、獣型から人型に戻ったリトを少し離れた位置で様子を伺いながら廊下で待たせていたもぐりの医者を呼んだ。
できれば正規の医者が良かったが、今の現状じゃあ正規の医者なんて足が付くからとてもじゃないけど呼べない。
診察を始めた医者とその医者の説明を熱心に聞く陸を残して、私は部屋を静かに退出をした。
――少し、確認したいことがある。
周囲に人がいないことを確認してから獣型に姿を変えると、さっきまで私達がいた屋敷に向かって飛び去る。
捕らえていたあの女や警備兵が救出されて事が明らかになったからか、屋敷はかなり騒々しいことになっていた。
ま、当たり前と言えば当たり前か。
小さいとはいえ一国の国主の妻が一時とはいえ何者かに拘束されて、しかも屋敷内を荒らしたわけだし。
もう少し詳しく状況を知るために調理場近くのゴミ捨て場の塀の上に降り立って様子を窺うと、どうやら私達がしたことだけにこのニンゲン達は騒いでいるわけではないらしい。
「どういうこと!? 何でリトやライの首輪が外れてるのよっ」
急に聞こえてきた耳を劈くような声で叫ぶあの女に思わず耳を塞ぎそうになったが、今の自分はカラスの姿だったことを思い出して思いとどまる。
カラスが翼で耳の部分を塞いでいる姿なんておかしいに決まってる。
「早くリトとライを捜しなさい! 奴隷が逃げ出したなんてあの人に知られたら……」
――やっぱり、上手く逃げれたんだ。
あの時私は同族のよしみで彼の首輪と拘束を外してから屋敷を出たが、逃げるかどうかは本人の意思だからどうするのかと思っていたけど。
無事に逃げれたのなら良かった。
話を聞くところによると、リトとライ? がこの屋敷唯一の獣人の奴隷だったようで、奴隷を持っていることが貴族の体裁みたいな風習があるからか、あのニンゲンの女にとって獣人の奴隷がいないというのは恥なんだろう。
……気分悪いけど。
絶対計画が上手くいったらそんな風習失くしてやる。
「とりあえず、夕方までに街の出口を塞ぎなさい! 鼠一匹街から出すんじゃないわよ」
出口に兵が設置されるってことは夕方までにはここを出ないといけないのか。
リトの容態もあるし、できれば今日一日は休んでおこうと思ってたのに。
仕方ない、リトは獣型になってもらって陸に運んでもらうとしよう。
それで私が空からナビゲーションすればいい。
――そろそろ帰るか。
余り同じところに止まると怪しまれる可能性もでてくる。
普通のカラスみたいにピョンピョン跳んで移動して、もう一度飛び立った。
数分飛ぶと、泊まっていた宿に着いて陸達がいる部屋の窓を嘴で何度も叩く。
「何だ……クロ!? アンタどこ行ってたんだよ」
「偵察にね。ちょっとまずいことになってるから、ちゃんと聞いて」
「お、おう。――あ、リトも目覚ましたぞ。医者ももう問題ねえって言ってた」
「そっか。動けそう?」
「それは多分無理だろうな。本人は大丈夫だって言ってるが」
リトの容態からしてやっぱり、陸にリトを運んでもらった方が良さそうだな。
今はまだ良くても、後々怪我が悪化したら大変だ。
陸に窓を開けてもらって人型に姿を変えると、陸は少し驚いていた。
「まだ慣れない?」
「う……悪い」
「おいおい慣れてくれればいいよ……あれ、リトは?」
「何クロウェル、呼んだ?」
「うわぁああああああ!!」
「耳元で叫ぶなっ」
ひょっこりといきなり出てきたリトに思わず腹から出した声で大絶叫すると、陸に頭を軽く叩かれた。
人型ならまだしも、獣型で猫の姿だから余計怖い。
痛々しく包帯を巻いた手足を器用に使って陸の肩に乗るリトは、私の反応に満足したのか嬉しそうに喉を鳴らしていた。
「相変わらずいい反応」
「喜んでる場合か。怪我人は大人しく寝てろ! クロはうるせえっ! 相手は怪我人だぞっ」
「ニャッ!? 怪我人って言ってるわりにはオレの扱い悪くない……?」
ごもっともです、はい。
怒鳴りながら肩に乗っていたリトをベッドに放り投げて、多分痛み止めであろう薬を彼に叩きつけていた。
言ってることは反論できないくらいまともだけど、やってることは言葉と全くあってないよ、陸。
痛みで転がりながら呻くリトに少し同情しながら、屋敷で聞いたことを二人に伝える。
「そうか……どうする?」
「とりあえず、荷物まとめて。怪我人のリトには悪いけど、すぐにでもこの国から出て近くの街にでも行こう。私が空から道教えるから、陸はリトを運んでくれる? 獣型のリトなら簡単に運べるだろうし」
「えー、オレはどっちかって言うとークロウェルに抱っこして欲しいんだけどなー。駄目?」
「駄目に決まってるだろ馬鹿。発狂してぶん投げられるぞ……とりあえず話は分かった。準備しとく」
「うん。――あ、ちょっと待って陸」
ん、と私を見た陸に確認というか、言わないといけないことがある。
かなり、言いにくいことだけど。
何度か、言いかけてやめるを繰り返して首を傾げた陸に言う。
「もうここには戻らない。父親に会わなくていいの? 初めて会った時にも言ったけど、二度と会えないかもしれないよ。少なくとも、かなりの期間は会えない」
元々、獣人はそこまで親にべったりって訳じゃないけどそれでも養い親が死んで二度と会えないってなったときはすごく悲しかった。
確か、ニンゲンの子育ては大人になるまでしっかり親が守って育てるって聞いたことがある。
それなら、親と離れるのは私達よりも思うことがあるんじゃないのか。
親が生きているなら会える内に会っておいた方がいい。
でも、私の考えは陸と違った。
「そのときにも言っただろ、別にいい。元々親父は俺が帝国の奴等に復讐しにいくのを反対してたんだ。そんな奴がこれからテロ起こそうとしてる息子、許すわけねえだろ」
「そうだけどさ」
「いいんだよ。気遣いはありがてえけど」
「ま、本人がこう言ってるからいいんじゃなーい?」
「……それもそうだけど」
同じ獣人のリトはあまり興味がないらしく、尻尾をユラユラ揺らしながら適当に相槌を打っていた。
リトの言うとおり、本人はいいって言ってるならそれでいいんだろうけど少し納得いかない。
もし、これから先に余裕があれば近くの鳥に頼んで手紙でも運んでもらおうか。
やってることが事だから詳しいことは書けないけど、近況報告くらいはしておいた方が父親も安心するんだろうし。
陸はかなり嫌がりそうだから、陸には内緒で。
荷物が少ないせいか、すぐに荷造りは終わってすぐにでも出かけられるようになった。
本日四回目の獣型になると、先に窓から出て宿の屋根に停まる。
暫くしてから陸とリトが宿から出てきたのを確認すると、二人が私を見つけたのを合図に飛び立つ。
二人が見失わない程度の速さでゆったりと飛びながら街に視線を向ける。
まだ命令がだされたばかりなのと、お祭りあるからか兵がそこまでおらず沢山のニンゲンの波に警備兵達は流されていた。
今のうちならすんなりといけるかも。
暫く飛ぶと国の出口が見えた。
そろそろ下に降りて陸達と合流しようかな……ん?
門の影に隠すようにして何かが転がっているのが見えて、不自然に見えない程度に降下して地面に降りる。
「クロ? どうした」
「ああ、確かに何か転がってるね。ほら、陸あれだよ」
リトは持ち前の目の良さですぐに気付いたようで、私が突然降り立ったことに首を傾げた陸に尻尾で私が見つけたものを差していた。
リト、不自然だから止めてその行動。
とても本人には言えないけど。
周りに気配がないのを確認してから人型に戻ってその見つけたものに近づくと
「あの屋敷の兵……? なんでこんな所で気絶して――あ」
「ナイフ、だな。これの持ち主がやったってことか」
「――そうだね」
一瞬死んでるのかって錯覚してしまうくらいピクリとも動かない兵のすぐ傍にナイフが一本地面に突き刺さっていた。
深々と突き刺さったナイフを抜いて、その見覚えのあるナイフに少しだけ口元が緩んだ。
陸の言うこのナイフの持ち主には見当がついている。
「まさかお礼されるなんてね」
「このナイフ、ライか。何かしたのークロウェル」
「ちょっと、ね。さ、早く行こう? 布してたから顔はばれてないと思うけど、誰かがここにこないとも限らないし」
意味あり気に笑うリトと意味が分からないって顔をしている陸に先を促して、国を出る。
地面に突き刺さっていたナイフはリトが言ったとおり、私が対峙したライのものだ。
借りは返すって言ってたから復讐しにくるのかと思えば恩返しとは。
ニンゲンも獣人も、見かけによらないものだ。
「そういえば、リト。アンタ後で少し離れた町で合流しようって言ってたってことは、場所知ってんのか?」
「ここら辺の地域はね。あの女の護衛とかでライと一緒に周ってたし」
「じゃあ、案内頼むぜ」
「了解ー」
ピョンッと陸の腕から跳んで器用にも肩の上に乗ると、陸と獣人の私しか聞こえないような小さな声でナビゲートを始めた。
「あ、その角右ね。暫くはまっすぐ」
「おう」
右、左、直進。
リトの言うとおりに曲がりくねった道を歩いていくと三つに分かれた道が現れた。
どうする? とリトを見ると
「三つの道それぞれに街があるよ。どれを行くかはクロウェルが決めて」
「確かに。一応リーダーだからな、アンタ」
「一応は余計だよ陸。私に決めろって言われてもね……リト、それぞれの道には何の街があるの?」
うーんとねぇ。
一つ一つ尻尾で差しながらポツポツ説明するリトに少し、ほんの少しだけ近づいて聞いた話をまとめる。
「右の道はオレがいた国の支配下の町だね。もしかしたら指名手配かけられてるかもしれないから、検問とかあるかも」
「じゃあ、右の道は止めといたほうが無難か。真ん中は?」
「中央の道はオレもそこまで詳しくないけど、観光に力をいれてる街……だったかな。ニンゲンの女向けにされてるみたいで化粧の臭いがきつくってきつくって。オレ等にはちょっと合わないんじゃない?」
「うっわ。じゃあ、中央も無理っと。っていうことは、左になるけど左は?」
「左は行ったことないからねー。オレにとっても未知の世界」
ユラユラ尻尾を揺らしながらニタァッと笑うリトに背中が薄ら寒くなりながらも、真ん中か左かを少ない情報で考える。
陸とリトは完全に判断を私に任せることにしたのか、静かに私を見守っていた。
鼻が効く獣人としては真ん中の観光に力を入れてるという街は避けたい。
その街にいたせいで鼻が悪くなったりしたら困る。
かと言って、左の道はリトの言うとおり情報がないから未知数。
何があるか分からないし……
右は勿論論外。
検問なんてことになったら、私と陸は顔バレしてないもののリトは奴隷だったわけだから顔はそこら中にばらまかれているはず。
一発でばれる。
でも臭いが嫌だから左……いや、それを読んだ上で左に何かあるかも。
ええっと……
「いや、考えすぎだろアンタ。何かあったら俺がなんとかするからよ。どういう結果になろうと、俺はアンタに従う」
「そーそー、こういうのは直感で決めればいいんだって。オレ等のことはあんまり気にしなくていいからさー」
「――分かった。じゃあ、」
ゆっくりと道を指差す。
それを見て少し笑いながら頷いた二人に背中を押されて私達は
「左、行こうか」
「ああ」
「了ー解」
左の道へ進んだ。