第八話
人気がない角を一つ、二つと曲がって行って偶に通りかかった警備兵を先に私が気配で気付いてやり過ごしながら奥へ進んでいくと頑丈そうな扉の場所についた。
「自己主張激しすぎだろ」
「いかにもって感じだよね」
しっかりと鍵がかかっている扉は、ちょっとこじ開けるには難しそうだ。
かといって生き物の手で壊れそうなものでもない。
リトの協力がなかったら、入ることはできなかった。
「じゃ、鍵も貰ってるわけだし。開けるぞ」
「うん」
周りに人がいない内に陸が素早く鍵を開けてすぐに中へ滑り込む。
……あ、しまった。
「ごめん、陸。私今、何にも見えないから誘導してくれない?」
「は、何で?」
「ほら、私……鳥目だから、さ」
「……ああ」
扉の向こうは隠し通路のつもりかは知らないが、明かりが全く無くて自分の手すらあんまり見えなかった。
こういう時、鳥類の獣人って不便だと思わずにはいられない。
私の様子を見て察したように少し苦笑した陸が私の腕を掴んでスムーズに歩いているということは、ニンゲンには辛うじて辺りが見える程度の暗さなんだろう。
「そこ、段差あるから気をつけろよ」
「うん。あ、右から気配するから要注意」
「了ー解。じゃ、こっちの角に隠れるぞ」
二人で協力して数分程突き進んでいくと、突然陸が止まって陸の背に顔面をぶつけてしまった。
声をあげる前に陸に口を塞がれて、目を白黒させていると
「静かに。着いたぜ、あれが製造工場だ」
「ホントだ。かなりの数の気配がする……見えないけど」
燻ったような硝煙の臭いと鉄や油の臭いに思わず顔を顰める。
まだ見難いが、少し明かりがついていてさっきよりかはまだ見える。
……自分の三メートル周辺くらいは。
部屋に充満している火薬の匂いのせいで鼻が利かないから、気配だけを頼りにして部屋の人数を数えていく。
恐らく人数は十数人。
多分、全員ニンゲンだ。
「とりあえず、私があいつ等の視界奪うから陸はそれに乗じてあいつ等を縛っといて」
「おう……って、アンタどっちに向かって能力使う気だっ。それは俺! やるのはあっちだ!」
「あ、これ陸か」
「と、とりあえずアンタは獣型になってこの方向に風飛ばしてくれ。睡眠薬ばら撒いた後は俺がなんとかするから。この方向に、だからなっ」
「……了解。後はよろしくお願いします」
情けなさすぎるんじゃないか私。
リトの件といい、これといい……今のところ陸に頼りっぱなしだ。
もう少しは私も頑張らないとね……
カラスの姿で私に出来る範囲での最大出力の風で睡眠薬を送り込みながら決意を固める。
重いものが落ちたような音がしているということは、上手く陸の薬が効いたのだろう。
「じゃ、行って来る」
全員が眠ったことを確認してから陸がニンゲンを縛りに行ったのを見送った後、人型に戻る。
陸が点けたのか、照明が点いて明るくなった室内に目が慣れず目をしょぼつかせながら周りを見渡していると
「貴様が侵入者だな」
「……っ!」
急に私の影に被せるように一回り大きい影が現れた。
咄嗟に前へ転がると、耳障りな金属音が響く。
私が立っていた金属板の上には、複数のナイフが深々と刺さっていて間一髪だったことを知る。
「避けたか。ニンゲン臭いからニンゲンだと思っていたが、違うようだ……獣人か。貴様」
「随分と失礼なこというね。女性に対して臭いとかないんじゃないの」
直前まで悟らせなかった気配といい、このニンゲンを差別した物言いからしてこの人も獣人だろう。
大体は何の獣人かは見た目で分かるけど、目の前に現れたこの人は私と同じく顔のほとんどを布で覆っていて顔が全く分からない。
「クロ? どうしたんだ……って、うわぁああ!!」
「陸! そっちが一体どうしたのさ!?」
首を伸ばして陸がいる筈の場所に目を向けると、陸はいなくて変わりにぽっかりとした黒い大穴が開いていた。
「何で製造工場なんかに罠なんかしかけてあるんだ……」
侵入者が入る前提で設計してるとかあの頑丈そうな扉は一体なんだったんだ。
深さによっては早く助けに行かないと。
まあ、それをする為には。
背負っていた槍を数度振り回してから中段に構える。
「貴方にかまってる余裕、こっちにはないんだけど。引いてくれないかな」
「それを素直に聞くとでも思うのか?」
「だよね」
正直言うと、私は獣人同士で戦ったことが今まで一度もない。
獣人同士での戦いはもろに個人の類や型が影響するから相性が勝敗を決めることもある。
出来れば、あんまり戦いたくなかった相手だ。
部屋の照明の強い光に目もまだ慣れてなくてよく見えていない。
「何でこんなにもすぐにばれたんだろ。あの化粧臭いニンゲン以外にはばれてなさそうだったのに」
「奥方様が捕らえられた部屋にはニンゲンが開発した監視カメラがある。だからリトが裏切ったことも、貴様等がリトから鍵を受け取ったことも分かっていた」
「カメラか……こんな小さい国にそんなニンゲンの利器があるとは思わなかったな。っていうか、化粧臭いニンゲンで誰か分かったってことはこの屋敷の獣人もそう思ってるってことなんだ」
図星だったのか押し黙った相手を見て少し笑ってしまう。
獣人の女は余り濃い化粧をしないし、独自の化粧品を使うからニンゲンみたいな化粧の臭いには慣れない。
ついでに言うと、私はそういう臭いが大嫌いだ。
頭がくらくらして吐き気がする。
「因みに聞くけど……リトは」
「これのことか」
相手が無造作に放り投げたモノを見て息を呑む。
重い音を上げて床に落とされたのは赤黒く染まった細身の猫だった。
ほんのりと赤い白色の足先は見間違いようもない。
この猫はリトだ。
陸との戦いを見ている限り、かなり強い部類に入るリトをこうも一方的にやるなんて。
かなりヤバイ、かもしれない。
「貴様等を始末した後、こいつを奥方様に引き渡す。面倒だが、いくら裏切り者とはいえど奥方様の持ち物だから勝手に殺すわけにはいかないからな」
「じゃ、一応息はあるってことだね」
少しだけだが安心した。
戦いでなにか通じ合ったのかは知らないけど、結構陸が気に入っていたし助けてもらった相手が死んだとあれば後味が悪い。
「別に貴様が心配することじゃない……先に死ぬのは貴様等だからな」
「そんな簡単にやられないよ」
視線は外さずに間合いを取る。
私の武器は普通よりは短いとは言えど槍なわけだから、接近戦に持ち込まれると非常に面倒なことになる。
逆に私のペースに持ち込めれば、相手はナイフだから私に攻撃するのは難しい。
仕掛けたのは、私から。
呼吸に合わせて突き出した槍を簡単にナイフで防がれて一気に距離を詰められそうになったが、後ろに飛びのいて詰められた距離を離す。
飛ばされた細身のナイフを弾いて今度は薙ぎ払いをしかけるも簡単に避けられる。
あまりこんな所で時間をかけていると、他にも何かくるかもしれないから早くやることやってここから二人を連れて逃げないと……
能力を使ってもいいけど相手の能力が分からない以上、下手に自分の手の内は晒したくない。
相手も考えていることは同じなのか、さっきから獣型にもならないで淡々と攻撃をしてくる。
せめて何の獣人か分かれば対処のしようがあるのに。
「いい加減にやられてくれないかな。しぶといよ貴方」
「こっちの台詞だ」
埒があかない。
こうなってしまえば出し惜しみしてもしかたない、か。
さっさとケリをつけてしまおう。
視界さえ奪えばこっちのものだ。
槍を片手で後ろへ回して、空いた片手を相手に向ける。
黒い小さな風が起こるのを視界に捕らえながら、私は微笑んだ。
「――喰らえ」
いつもの倍、風の出力を最大にして黒い風を巻き起こす。
髪が乱れるのを感じながら耳で紙が舞い上がる音を捉えて、始末するのに大変だなと人事のように考えていた。
陸が罠に掛かってくれていてよかった。
流石に穴の中には風も届かないだろうし。
「……貴様っ! 俺に何をした――いや、この能力はカラスか。くそっ」
「ご名答。結構詳しいんだね、カラスの能力ってそんなに有名なのかな」
膝をついて焦点の合わない目で辺りを見渡す相手の真横にしゃがんで語りかけると、声で場所が分かったのかめちゃくちゃにナイフを振ったが、目が見えてない相手の攻撃をかわすなんて容易い。
ちょっと身を引いただけでかわせて私はクスクス笑う。
.
「じゃ、終わろうか」
零した言葉と共に、槍を振り下ろした。
ガツンとした手ごたえがした後、地に伏せた相手を見下ろす。
「――ぜ、何故殺さない」
「一応、同族だからね」
「チッ……この借りは必ず返す。絶対にな」
大きく舌打ちをした後、相手は動かなくなった。
まあ、あれだけ強く頭殴ったら気絶もするよね。
起きた時に邪魔をされないよう手足を縛って部屋の隅に運んだ後、リトを恐る恐る壁にもたれさせるように横たわらせてから陸が落ちた罠へと向かった。
「陸、大丈夫?」
「クロ!? アンタこそ大丈夫だったのか?」
「まあね。今、縄落とすから上ってきて」
持ってきていた縄の端を太目の柱に結んで保険の為に私も掴んでおきながら穴の中に縄を垂らす。
すぐに縄が引っ張られる感覚がして穴から陸が顔を出した。
どことなく、疲れているように見える。
「誰か来たのか?」
「追ってが一人来たけど、気絶させといたから暫くは大丈夫だよ……さ、ちゃっちゃとここを終わらせてリト連れて逃げよう」
「リト? リトになんかあったのか?」
首を傾げる陸に軽く、さっきまであったことを手短に説明すると陸は顔を顰めて静かに聴いていた。
「――そうか。悪い、俺何もできなかったな」
「いや、むしろ私が今までなんにもしてなかったからね。陸がいなかったらここまで来れなかっただろうし。少しは私も活躍しないと」
手際よく資料を集めていって予備のナイフについている発火装置で燃やしていく。
武器を量産し続けるニンゲンの機械は私にはよく分からないから、そっちは陸に任せた。
粗方資料を燃やし終わって念には念を入れ、ロッカーや机をしっかりと調べる。
「こっちは終わったよ」
「俺は後もうちょっと……よし、出来た」
「……陸? 機械、止まってないけど」
満足そうに頷いていたが、相変わらず無機質な音を上げながら規則的に機械は兵器を生み出し続けていた。
そのことを指摘すると楽しげに陸は頷いて生み出されたばかりの銃を手に取り、嬉しげに説明する。
「いきなり生産を止めたら他の国が怪しんで、最悪この街は帝国に踏み入られるだろ? だから上辺は生産して武器を出荷するけど、中身は……」
トリガーに手を掛けて壁を撃つ。
しっかりとした発砲音と硝煙の臭いがしたけど……銃口から出てきたものは鉄の塊じゃなく
「――プラスチック?」
「そう! 俺の国ではプラスチクで出来たBB弾が入ったエアガンっていう武器に似せた子供の玩具があるんだけど、これを他の国に出荷させればいいんじゃねえか。この程度の銃を量産させてるってことは下級兵士とかしか使わないんだろうし、試し撃ちなんかしねえから結構な期間時間を稼げるだろ? ……クロ? どうした」
「え、あーいや。そういう発想全然なかったからさ。凄いね、陸」
「だろ!」
銃が好きなのか、嬉しそうに自分が設計して作らせた銃を見つめる陸の発想に私はかなり驚いていた。
確かに、ただ壊すだけでは被害が大きすぎる。
陸の計画の方が被害も少ないし、何より精神的ダメージが大きい。
貧困街だけの世界で生きていたからか、私はあまりにも世間知らずだったということを思い知らされる。
……頑張ろう、このままじゃ駄目だ。
「終わったし、そろそろ逃げるか。リトは俺が運ぶから、アンタは警戒頼む」
「任せて。……あ、ちょっと待って」
「は? アンタ何して」
「よし、行こう」
陸を待たせてあることをしてから、規則的に音を上げる部屋を私達は後にした。
露骨な宣伝になりますが、サイトにて番外編を載せてあります。
よければ見てやってください。
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