第二十四話
「……ね、ちょっと止まって」
「誰か、いたのか?」
やっぱり陸は察しがいい。
小さく零した私の言葉を瞬時に掬い上げて、私に駆け寄る陸に少しだけ口角が上がった。
「まだ距離はあるけど気配がするんだ。だからさ、陸は私の後ろについてて」
「は? 普通は逆だろ。危ねえからアンタは下がってろ」
「……知ってると思うけどもう一度言っておくよ。私の方が陸より丈夫だからね身体」
「そういう問題じゃねえよ。獣人の前にアンタは女だろ」
「そういう問題だよ。いいから、ほら」
渋る陸を無理やり後ろへ追いやって、慎重に気配へ近づいていく。
女だからってどういう意味なんだ。
……ああ、そういえばニンゲンは性別で強さが別れるんだったか。
小さい時に先生のところに来た患者さんが話していた気がする。
確かに獣人でも同じ種同士での性別だったら男の方が強いが、例えば熊の獣人の女とネズミの獣人の男だったら結果は目にしなくても分かる。
それくらい自身がなんの種かで、生まれ持った筋肉量や能力が決まって戦闘に向き不向きが決まってしまう。
まあ、獣人の皆が皆戦う必要はないしニンゲンと同じように、一生武器とは縁のない生涯を送る獣人もいるが。
私は……筋力的には戦闘向きではないけど、種族柄の好戦的な所とか相手の視界を奪える能力は自分で言うのもなんだが、かなり使えると思う。だから、そこまで陸が心配する必要はないのだが。
数分もしないうちにはっきりとした気配で、微かにパタパタとした軽い足音も聞こえてきた。陸にはまだ聞こえないだろうから、手招いて近くに呼ぶ。
「どうした」
「気配、近いよ」
簡潔すぎる私の一言に察してくれたのか銃の調子を確かめる陸を見た後、手を背に回して背負っていた槍を構える。
この気配の近さだと気配の持ち主は廊下の奥に見えている右……いや、左の部屋にいるはず。
今隠れている壁からその部屋まで、一直線の廊下なうえ障害物が何もなくて今みたいに隠れることができない。
「そんな警戒しなくても大丈夫だろ……ここが本当に市長がいる役所ならな」
「普通の役所って武装してないの?」
「しねえよ。まずアンタは役所っつーのが何なのか分かってないな」
「よくご存知で」
貧困街に街をまとめる奴なんているはずもないし、名乗り出ても素直にその人物の言葉なんか耳に傾けるような奴なんていない。だから役所なんてものはない。
おどけて肩を竦めてみせると、軽く頭を叩かれる。
……ちょっと、最近私の頭叩きすぎなんじゃない陸。
流石にそろそろ反撃するぞ。
叩かれた頭を手で擦りながら、陸が降ろせと言ってうるさいから槍を背負い直す。
足音を立てないようにそろそろ気配がある扉の前まで歩くいて陸に目で合図してから指を三本立てて一本ずつ指を下ろしていく。
三……二……一
振り返るように足で蹴ってドアを蹴破る。所為、回し蹴りだ。
横で陸が目を見開いて
「今まで静かにしてた意味……」
とかなんとか言っていたが聞こえないことにする。
こういうのは勢いが大事だと、私に槍術を教えてくれた獣人が言っていた。
少しヒビが入ったドアを踏みつけながら背負っていた槍を構える。
「怪我したくなかったら動かないで――あ」
「堂に入った脅し方だなクロ……クロ?」
槍の穂先が捕らえた先にいたのは見た顔。
情報収集と路銀稼ぎの為に働いた食堂にいた若いニンゲンの娘だった。
「アナタ、食堂で会った……えーっとそっちの人が言ってたクロさんでいいのかな? あたしはレナよ」
「お、お久しぶりです」
最悪だ。
ここで顔を知られているニンゲンに会うとは思わなかった。
通りでここに入ったときから洗剤の臭いがするわけだ。
恐らく彼女の格好から推測するに、このニンゲンはここで雑用の仕事でもしていたんだろう。
不用意に名前を読んだ陸に恨みがましい視線を送ると視線を泳がせて顔を逸らされた。
後で覚えてろ。
「どうしたの、そんな危ないものなんか持って……普通の旅人じゃなかったの?」
「えっと、私達はある人物を探しててその人物がここにいるって情報があったんですよ。で、隣にいるのは私の仲間です」
「武器持たないといけないような危ない人?」
「――それは、相手次第ですね」
首を傾げて次々と質問してくるレナに内心、面倒なことになったと顔を顰める。
このニンゲンの目はやばい。
噂好きな女特有の獲物を狩る猫のようなキラキラしてしつこそうな目だ。
上手く話しを切り上げてここから立ち去らないと、根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
下手に喋らない方がいいということにしたのか、黙っている陸に廊下の方を顎でしゃくると察して先に身体を反転して壊れたドアの方へ向かう。
「お騒がせしてすみません。人気が余りにないのでこの部屋にいると思ったんですが……もう少し探してみることにしますね。それでは」
さっさとここから出て、ギルド長を探さないと。
余りここで時間をかけすぎるとギルドの連中がここにも来るかもしれない。
軽くレナに頭を下げてから、陸に続こうと足を踏み出したら
「えっと、アナタ達の探し人なんだけど市長なら知ってるかも。部屋まで案内してあげるよ?」
「いいんですか?」
「うん! 困ってる人を放っておけないしね」
笑顔で普通なら嬉しく思うような提案をレナはしてくれた。
現に、陸は手間が省けたと嬉しそうな顔をしている。
大丈夫なんだろうか、このまま大人しく案内を任せるのは。
何かこう……腑に落ちないのだ。
ここでレナというニンゲンの女に会ったのは偶然なのだろうか。
レナの武器を持っている私達を前にしても物怖じしない姿だけでも不自然なのに、怖がる所か率先して私達を案内する?
確かに、私の故郷である貧困街や陸に会う前に立ち寄った最初の治安が悪い街なんかは私が武器を所持していても何も言われることはなかった。
だけどその次に立ち寄った小さな街は門を潜った途端に槍を背負った私へ街のニンゲンは冷たい視線を寄越した。
初めは何でニンゲン達がジロジロ見てくるのか、遠くの方でニンゲンの女達がヒソヒソ顔を見合わせて話し合っているのかが分からなかったが、後で寄った料理店で同席したリスの獣人が小声で
「この街のニンゲンは警備兵以外は武器を所持しないんだよ。そもそも、警備兵が出なきゃいけないような事件も無いからニンゲン達は武器を見慣れてないんだ。だから、武器を持って来た余所者のお嬢さんが珍しいし、同時に警戒している」
「警備兵……? この街のニンゲンは自分で自分を守らないんですか?」
「自分を守らなくちゃいけないほど危険な場所じゃないからね。そんなものだよ」
「そんなもの、ですか」
「うん」
さっぱり理解できないという顔をしてたであろう私にルカと名乗った彼は困ったように笑っていた。
――とまあ、そういう訳だ。
この街も物騒なギルドがあるとはいえ、表面上はとても治安がいいと思う。
だから私達の数歩先を機嫌がいいのか軽い足取りで歩くレナも彼の話なら怖がるはずだ。
何て言ったってこのニンゲンからしてみれば私達は、いきなりドアを蹴破った挙句に銃を所持した男と槍を向けて動くなって言い放った女だ。
私なら怖がりはしないがかなり相手を警戒して、隙があるなら逃げる。
それが普通っていうことじゃないのか?
「ね、昨日ギルドの人攫いが三人捕まったって知ってる?」
「――え」
「確かに捕まったらしいな。物騒な話だアンタも気をつけろよ」
歩きながら顔だけこちらに向けたレナが言い放った言葉に思わず足を止める。
口ごもってしまった私の代わりに陸が応答してくれた。
唯の世間話、にしては声色が冷たすぎる。
「ほんとに物騒よね。でさ、その三人の中で一人、赤髪の獣人がいたってことは知ってる?」
……なんなんだ。
さっきと全然態度が違うぞこのニンゲン。
陸も少し警戒を強めたのか、小さく身構えたのが視界の端に映った。
私も、そっと腕を背中に回して槍に触れる。
「獣人もいたんですね、知りませんでした。昨日のことなのにもうそんなに詳しく情報が知れ渡ってるんですか?」
「まあねーあ、ここだよここ。市長さんのお部屋」
……はぐらかされた。
私の質問を笑顔でするりと躱すレナに目を細める。
時間が経つにつれてどんどん機嫌がよくなっていったニンゲンは目の前のドアを軽く叩いていた。
慌てて陸がそれに続く。
「入りまーす!」
「――おい、アンタ! 返事がないのに勝手に入って……くそっ」
そんな常識気にしてる場合じゃないんだよ陸。
それに、返事なんか絶対にないよ。
だって、
「誰もいない……?」
「アハハハッ」
「何がおかしいんだよ」
警戒を露にする私達を他所に、急に声を上げて笑いだしたレナに私の肌が粟立った。
このニンゲン、何かおかしい。
ただのニンゲンの少女にこんなに威圧感を感じるなんてありえない。
笑っている中、部屋へ入ることを躊躇う私へ向けられる外れることのない視線に目を背けたくなった……視線が外れない?
まさか、いや、絶対そうだ。
「あなた……ニンゲンじゃない」
「いきなりどうしたの?」
やっぱりだ。
確かめるためにずっとレナを凝視して確信した。
通りでずっと視線が外れないはずだ。
彼女はさっきから一度も“まばたき”をしていない。
そんなことニンゲンでは不可能だ。
なら、この特徴に当てはまる獣人は……
文章の前に空白?をいれてるのですが、いまいちよく分からなくて…もしかしたら今回でやめるかもしれません。
見辛かったら申し訳ないです。
閲覧ありがとうございました!