第二話
『ニュート』
主にニンゲンが治めている獣人への差別が比較的に少ない平和な国で、国と呼べるのかも妖しい、一見街にも見えてしまうくらい小さな場所。
この国が他の国と大きく違うのはこの国は人口百数十人の内、約三分の二が給金が安定している官吏になれるということだ。
そして、三十五歳というまだまだ働き盛りの歳で定年退職となり、後の余生を多額の退職金と年金で過ごすという他の国から見れば堕落的な制度をもった国でもある。
お陰でどんどんこの国は資産が枯渇していき、三分の二の官吏になれた者は裕福に。
残りの人々は、その官吏になれた者の年金を支えるために高額の税を支払う羽目になる。
よって、その年金の為に税を支払う人々は貧しくなっていって最終的には貧困街の住人の仲間入りだ。
そのせいか、貧困街の住人になってしまった人は官吏になれた者への憎悪でいっぱいで、他の国みたいに獣人を差別したりはしない。
むしろ、この人々にとって獣人は苦楽をともにする貧困街の仲間でもあるのだ。
因みに官吏になれた人々はというと貧困街から押し寄せてくるデモ隊や、増えていく税の滞納者の問題で手を焼かされていて獣人のことにまで手が回らない。
そういう訳でこの国は他所の国よりも獣人への差別心が少ないのだ。
人間同士の争いで精一杯で他のことに気を向けている暇はないらしい。
まあこの話は全部、一番最初に入った居酒屋のすっかり出来上がった酒臭いニンゲンの男に聞いた話なんだけど。
私が住んでいた貧困街から一番近い国だからこの国に来たはいいが、最初にこの国を選んだのは失敗だったかもしれない。
なんせ、獣人との戦争よりも同じ人間との争いが優先のようで説得しようにも
「今それどころじゃない!」
と、あしらわれてばかりだ。
「どーしようかな」
折角の出鼻を挫かれたようで、少々落ち込む。
でも、一応はここも後方支援だけとはいえ戦争に参加している国だからここを攻略せずに次に行くわけにはいかない。
それに、ここを攻略することができれば戦争で使われる支援物資を少なからず止めることができる。
それだけでも戦争にはかなり大きな影響が出てくるはずだ。
この国に来るまではどうすればいいのか分からず、とりあえず養父と同じように出会うニンゲン達や獣人達に口で訴えてきた。
だがいつしか、これでは駄目だと思うようになった。
私はずっと故郷を出てから考えていたことがある。
どうすれば、養父が行っていた共存は出来るんだろう。
養父のように、ただただ共存論を人々に説いているだけでは駄目だ。
時間が掛かりすぎる。
私が生きている内には……養父を知っている人が生きている内には全てを終わらせておきたい。
ひたすら考えて私が出した答えは、皮肉にも養父とは真逆の答えだった。
『今の帝国の王を殺して新しい王を建て、国を造り直そう』
もうこれしかないと思う。
元々ニンゲンと獣人との仲はそこまで悪くなかったのだ。
仲違いが始まったのは今から五百年前、この大陸にある国々全ての統率をしている王族が始めたこと。
なら、その王政を壊して中立側の誰かを建てればいい。
養父が目指していたものは、『共存の平和的解決』
私がやろうとしているのは俗に言う『テロ』
場合によっては、大量の犠牲者が出るかもしれない。
……あの優しいと故郷で評判だった養父に育てられたというのにこんな考えに辿りついて、しかもそれを実行しようとしているなんて。
最終的には戦争を終戦まで持ち込み、人間達に獣人を認めてもらわないといけないのだから、ここで間違った選択をすれば後々に響いてしまう。
だから……これしかない。
だけど、私が考えたこの策は到底一人では成しえる事なんてできないだろう。
協力者がいる。
それも、国の軍に対応できるような数が。
今は私一人だから何もできない以上、仕方がない。
とりあえず今は私一人でもできる情報収集に努めよう。
細かいことを考えるのはそれからで。
まずはここに留まるためにも宿を探して、その後にゆっくりどうするかを考えたらいい。
そう決めると、看板や標識を頼りにして私は宿へ向かった。
「お客様、お一人ですか?」
「はい。三泊ほどお願いします」
「かしこまりました。ではここに名前、獣人であればその類もお願いします」
「分かりました――どうぞ」
宿泊に必要な記入を四苦八苦しながら、なんとか書き終える。
普通の子供なら何かを習ったりする年の頃には既に私は貧困街暮らしだったから、余り読み書きは得意じゃない。
忙しい合間を縫って養父が教えてくれた文字は全て覚えているが、語彙が少なくてたまに困る。
特に、こういうときとか。
唯一の救いはこの世界は発音の違いはあれど、ほぼ共通の言語であるというところだろうか。
これで国境を越える度に言葉が違えば、多分私はあの街から一歩も出なかった。
記憶力はいいと種族柄自負してはいるが、だからといって言葉を勉強するのが好きかと言われればそれは違うからね。
ちなみに、私の種族は鳥類カラス型。
言葉通り鳥の獣人で獣型になったときはカラスになる。
昔養父が、近い将来絶対に役にたつと言うからどこからか譲ってもらった本で勉強はしていたものの本心的には勉強より何でもいいから武術を学びたかった。
貧困街程、戦えない弱い奴にとって危ない場所はないから。
だが、そもそもの養父のスローガンが『子供が武器を持たずに安心して寝ることが出来るように』だった為に武術を教えて下さいとはとてもじゃないが言い出せなかった。
そこで私は、養父の目を盗んでよく元軍人だったらしい鳥類キツツキ型の男性に武術を習いに行っていたのだ。
彼は私と同じ鳥類の特徴でもある槍術の使い手でどちらかというと獣人達に多い、ニンゲンを忌み嫌う獣達の一人。
最初は、ニンゲンとの共存論を持つ養父の子供だから武術稽古なんて頼んでも断られると思っていた。
駄目でもともとの精神で恐る恐る私が頼むと、彼は何を勘違いしたのか私がニンゲンを殺す為に自分に武術を教わりにきたと思い嬉しそうに私の稽古を見てくれた。
都合が良いので、私も勘違いを正そうとはしなかったが。
「……お客様? お客様」
「あ、すみません。なんでしょう」
昔のことを思い出していたからか、ボーっとしていてまだ自分が宿泊のチェックインの最中だったことを忘れていた。
訝しげに私をみる受付のニンゲンに笑顔を返しながら、続きを促す。
「獣人の鳥類、カラス型のクロウェル様でよろしいですか?」
「はい」
クロウェル――幼いが故に喋ることもできず、私の名前を知ろうとして頑張った養父がなんとか見つけ出した名前。
彼の話によると、私が唯一持っていたチョーカーに名前が刺繍されていたらしい。
今はもう着けることはできないので、そのチョーカーは大事に手首に巻いてある。
「では、お部屋にご案内致しますのでこちらへ」
滑るようにゆっくりと廊下を歩いていく係員の女性の後へ続くと、すぐにある一室の前で立ち止まって静かに扉を開く。
「こちらがクロウェル様のお部屋となります。なにかございましたら、お部屋にある電話が受付に繋がっているのでご連絡下さい」
「わかりました。ご案内、ありがとうございます」
「いえ。では、ごゆっくりどうぞ」
やんわりと微笑む女性を見送った後、部屋にあった簡素なベッドへ倒れこんだ。
「まさか貧困街暮らしの私がこんなところに泊まれるなんて、昔の私じゃ想像も出来なかっただろうな」
私が今回選んだ宿は、値段こそ最低ラインだが貧困街では床にボロ布をかけて寝るのが当たり前だったのでこのベッドがまるで貴族の布団のようにフカフカに感じる。
実際貴族の布団がどうなっているのかなんて、全然知らないが。
受付のニンゲンのここの部屋の壁は薄いという忠告がなければ声を上げてはしゃぐところだ。
意味もなくそわそわして落ち着かなくて、しばらく考えた挙句に後二泊もあるんだから今日はベッドを堪能しようと思って整われた布団の中に入って天井を見つめる。
すっかり興奮してしまって寝れる気がしなかったが、存外すぐに瞼が重くなって目が開かなくなりそのまま急速に意識が落ちていった。
「――から、ずっと言ってんだろう!? 俺は、こんなことをする為に――を出た訳じゃないっ」
騒々しい物音と声のせいで、予定していた時間より随分早い時間に目が覚めた。
受付嬢が言っていた通り、本当にここの宿の壁は薄いらしい。
隣の部屋に宿泊している客の怒鳴り声がところどころ聞こえてくる。
声からして若い男性だと思うが、ニンゲンなのか獣人なのかは声だけじゃわからない。
「怒鳴りあい? 喧嘩、かな」
カラスという種族柄のせいなのか、湧き上がる好奇心が抑えきれない。
私はそっと外に出て隣の部屋のドアに耳を押し当てた。
怒鳴っているということは怒鳴っている人と怒鳴られている人がいるわけで、隣にいる人数は二人ということ。
怒鳴っていた男性のお陰で獣人の特徴でもある聴覚の良さを発揮するまでもなく中の様子を窺うことが出来る。
どうやら男性は自分の父親と一緒に戦争から逃れるためにこの国へと来た難民らしい。
確かに、戦争とはある意味無縁なこの国は避難するにはうってつけの国だろう。
今思い出してみれば、ここに来るまでにたくさんの難民を見た気がする。
まあ職人や特殊なニンゲン、獣人ではない限りそのほとんどは戸籍を貰えずにすぐ隣の貧困街行きとなってしまうのだが。
何も出来ないニンゲンを置いていけるほど、この国も安定はしていないから。
獣人はニンゲンと比べて、種族にもよるが頑丈な上に身体能力や五感が優れているからまだ受け入れられる。
それが、奴隷扱いなのか住民としてかは別として。
「それにしても、聞いた事がない発音だな。一体どこの国の人なんだろう」
この世界はほとんどの国で全国共通語のはずだが……ああ、思い出した。
そういえばとある島国では“カンジ”というものを使うらしい。
もしかしたら、その国の出身なのかもしれない。
その島国は世界から見ると比較的に大人しい国で、近くにある国と領土争いが問題になっていたところ……だったかな。
確か、その国固有の獣人がひっそりと暮らしていると聞いたことがある。
名前はなんだったのかは、忘れてしまった。
「いい、俺は俺でやる。もう、たくさんだ」
「えっ」
私がついつい考え事をしている間に室内の話はまとまったみたいで、怒鳴っていた男性が荒々しくドア――つまり私の方へ向かってきた。
慌てて私は居住まいを正して、さも偶然に部屋の前にいたというように振舞う。
「あ、お隣の人ですか?おはようございます」
「――はようございます」
部屋から出てきた男性は、獣の臭いがしないからニンゲンのようだ。
青年とも少年ともとれる若いニンゲンは、苛立ったように赤い短い髪を荒っぽく掻いてそっけなく私に挨拶を返すと足早にどこかへ行ってしまった。
喧嘩は終わったようだし、私もそろそろ行こう。
踵を返し情報集めに町へでようと歩き出すと、叩きつけるかのようによくドアが開かれ突然のことに私は固まった。
「おい待て!! リク!……くそっ」
白髪の初老のニンゲンの男が飛び出てきたかと思うと、辺りを見渡して悪態をついた。
……あ、しまった。
ジロジロと見すぎていたせいか、ニンゲンと目が合ってしまって誤魔化す為に曖昧に笑ってみる。
「嬢ちゃん、今赤い髪の野郎が通らなかったかい? おれの倅なんだ」
「ああ、その人なら下へ降りていきましたよ」
「そうか。ありがとうな」
きつい目つきで私に尋ねるニンゲンの声は以外と優しい。
正直に伝えるとニンゲンは眉を寄せた後、私に頭を下げて下へ降りていった。
久しぶりにニンゲンに礼を言われたな……
しばらく呆然とニンゲンを見送っていた私はふと、我に返って頭を振った。
「いやいやいや、何呆然としてるの私。そろそろ私も行かなくちゃ」
路銀も余裕があるわけじゃないから、一つの町や国に長く留まることは出来ない。
最悪の場合は日雇いの仕事を見つけないといけないかも。
懐にある財布の中身を確認しながら私は街の通りへと向かった。
『御伽噺の行方は』が今ちょっと詰まってるので、暫くはこっちの更新の方が多いかもしれません。
いまいち世界観を説明しきれてない気が・・・頑張ります。