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第7話 『山にて』

「サフィア……。そんな……」


 呆然とするアメジアの横を通り抜け、リーズは割れた窓へと駆け寄り、外を見る。しかし見えるのは、人気(ひとけ)のない煉瓦通りのみ。何の姿も確認することはできなかった。 

 だが何かを確信したかのように、リーズは落ち着いた表情でアメジアへと顔を向ける。


「アメジア。ここで待っていろ。サフィアは俺が連れ戻してやる。話は帰ってから聞かせてもらう」

「待って」


 窓に足を掛け、既に外に身を乗り出しかけていたリーズをアメジアが制止する。そして一つの小瓶をリーズへと投げた。片手でそれをキャッチしたリーズはしげしげと小瓶を見る。それは先ほど、アメジアが鞄に詰めていたのと同じ物だった。


「これは、いつも寝る前にあの子が飲んでいる薬なの。もしあの子を見つけたら、それを飲ませて」

「わかった」


 リーズは頷くと小瓶を懐にしまい、窓の外へと飛び出した。そして西の方角へと迷わず飛翔する。


(どういうことだ? どうして精霊(・・)が彼女を攫う?)


 全身で風を切り飛翔しながら、リーズは小さく歯軋りをした。

 先ほど窓枠に触れた時に、リーズは僅かだが精霊の気配が残っているのを感じたのだ。姉のものともラウドのものとも違う、別の精霊の気配を――。


(俺の居場所がばれたわけじゃなさそうだ。そもそも、ずっと俺は気配を消していたわけだし。仮に気配がばれていたとしても、こんな回りくどいことをせず、直接俺の元に来るはず。だとしたら……)


 そこでリーズは、飛翔速度をさらに上げた。


(初めからサフィアが狙いだった。そうとしか考えられない! だが、なぜだ? 何の目的があってこんなことを?) 


 その時後方から、彼のよく知る気配が一つ接近してきた。リーズはその気配の主に舌打ちしながら、吐き捨てるように言葉を投げる。


「くそっ、こんな時に。頼むから後にしてくれ!」


 その気配の主――ラウドがリーズの言葉に従うわけがなかった。


「お前、一体今までどこに隠れていたんだ!? もしや海中に沈んだのではと思って、さっきまで懸命に海の中を探していたオレに謝れ!」


 金色の瞳を怒りで染め、ラウドはリーズに噛み付かんばかりに吼えた。


「そんなこと知るか! それより一大事だ! 人間の女の子が精霊に攫われた!」

「…………は? お前、何を言って――」

「ついでだからお前も一緒に追え! いや、追ってくれるな? そうか、追ってくれるとはさすが俺の幼馴染! さすが俺の親友!」

「ちょっ!? 何も言ってねぇ! そもそもオレはお前を――!」 


 そこで突然、ラウドの顔色が変わった。

 ――怒りから驚愕へ。


「今、お前何て言った!? 人間の女の子だと!? お前……も、もしかして、触ったのか!?」

「いや、別に俺は――」

「おい、何だその腕の包帯。お前精霊だから、そんなもんしなくてもちょっと時間が経てば傷なんて治るだろ。まさか……」


 目聡く腕の包帯のことを指摘され、一瞬だけしまった――、という顔を作ったリーズだったが、その後は努めて無表情を装った。


「ノーコメント」

「おいいいいいいぃ!? どういう意味だ!? 喋れ! 吐け! この猪突猛進バカ精霊!」

「誰がバカだ、変態精霊!」


 かくて騒々しい二人の精霊は、夜のエレオニアの空を西へと翔けていくのであった。





           ※※※



 男は、焦っていた。

 既に、九割は完成していると言っても過言ではない。

 もう少し。あともう少しなのに。

 だが歯痒いことに、最後のピースがどうしても、足りない。

 歓喜の瞬間はすぐそこにあるはずなのに、辿り着くことができない。

 幾つも床に転がった「失敗作」を撫でるその表情は、吹雪を全身で受け止めたかのように険しい。

 男は、苛立ちを募らせていた。



           ※※※







 場所は移り精霊界、精霊王の城――。

 ふう、と息を吐きながら、精霊王は木製の椅子の背もたれに体重を預けた。

 ここは彼の書斎である。目の前の机の上に形成されている小さな塔は、全て書類で形成されたものだ。その一番上の書類を手に取った精霊王は、羅列された文字列に目を通すことなく天を仰いだ。


「想定していた以上に、時間がかかりすぎてしまったな……」


 低い声でポツリと吐き出された言葉は、誰に聞かれることもなく白い天井に吸い込まれていった。






 

 街を抜けた先に広がるのは、南北を縦断するように連なる山々。この山の向こうはエレオニア地方ではなくなり、また別の精霊達の管轄になる。

 そんなことなど知る由もない二人は、少し北寄りの山へ降り立ち、サフィアを攫った精霊の気配を窺っていた。


「こっち方面だと思うんだけどな……」


 真っ暗な森の中を見回しながら、リーズは顎に手を置き、眉を寄せながら呟いた。

 あれからサフィアを攫った精霊を追ってここまで来たものの、つい先ほどその気配を見失ってしまったのだ。

 そんなリーズの横でラウドは力なく項垂れ、ぶつぶつと何かを呟いていた。その背には負のオーラが渦を巻いている。


「信じられん……。人間と接触するとか。精霊憲法違反じゃないか……。しかも、お、女の子に触ったとか……」


 ここに来る途中、リーズは事情を説明するために、簡単にだが事の経緯をラウドに話したのだ。吐かされたと言った方が正しいかもしれないが。

 何かの呪いのように呟き続けるラウドは無視して、リーズは目を閉じ、神経を森に集中させる。

 だが――。


「ダメだ。わからん……」


 精霊の気配を微塵も感じることができず、リーズは頭を振り嘆息した。


「オレの夢をあっさり叶えやがって。何て羨まし――いや、けしからん奴だ。しかも精霊憲法違反してまでだぞ? 呪ってやる……。爪が一生ガタガタになる呪いをかけてやる……」

「おい、ラウド」

「そもそも、姉ちゃんを探しに来たんじゃなかったのかよ? それなのに本来の目的も忘れて人間の女の子とイチャイチャしやがって……。全く、精霊の風上にも風下にも置けん奴とはまさにこいつのこと……」

「…………」


 先ほどからずっとこの調子のラウドに、リーズは大きな溜息を一つ吐き――。ラウドの獅子のような尻尾を、力を込めて思いっきり引っ張った。


「痛ってええええっ! いきなり何するだにゃーッ!?」


 引っ張られた尻尾を擦るラウドの目の端から、僅かに光る液体が滲み出ていた。口調も変わってしまうほど痛かったらしい。


「まぁ、その、精霊憲法違反したのは俺も言い訳しないけど。でもそろそろうじうじするのはやめろって」

「誰のせいだと思ってんだ!?」

「お前があの子を助けたら、手ぐらい握って貰えるんじゃねーの? 知らんけど」

「なっ――!」


 リーズが適当に言い放った言葉に、しかしラウドは異常なまでに反応した。


「そっ、そうか! その手があったか! よし、まかせろ! オレが絶対にその子を助けてやる!」


 ラウドは拳を握り目を異常に輝かせながら、力一杯そう宣言した。

 手を握るということは、即ち姿を人間に見せないといけないわけで。そうなるとラウドも精霊憲法を違反することになってしまうのだが、すっかり脳内に花畑が咲いてしまった土の精霊の頭からは、そんなことはすっぽりと抜け落ちていた。


「で、お前のやる気がみなぎって来たところで問題です。俺達が追っていた精霊の気配はこの辺りで途切れました。でもここは何もない山の中。さて、これから俺達はどうすればよいのでしょうか?」


 その答えを既に知っているのか、リーズは意地の悪い笑みをラウドへと向ける。


「オレの力が必要なら、最初からそう言え」


 ジト目でリーズを見ながら、ラウドは面白くなさそうに呟いた。 


「でも忘れるなよ!? オレはあくまでお前を連れ戻しに来たんだからな。その攫われた女の子を助けたら、ただちに精霊界へと帰る! いいな!?」

「へいへい」


 リーズとしては素直に帰る気はさらさらなかったのだが、ここで親友の機嫌を損ねると色々と面倒なので、とりあえず相槌をうつ。ラウドはリーズのその返事に若干不満顔だったが、すぐに目を閉じてその場にしゃがみ込み、地に両手を付いた。


「大地よ。少しだけオレに教えてくれ」


 祈るように言葉を発したラウドの両手が、仄かにオレンジ色に発光を始める。間を置かずそのオレンジの光は、地を舐めるようにして放射状に広がり、瞬いた。

 森は、静寂に包まれた。鳴いていた梟も、羽を擦り合わせて求愛の音を発していた虫も、木々のざわめきさえも沈黙する。

 しばらく地に両手を付いた体勢で固まっていたラウドだったが、やがて静かに立ち上がり、リーズへと向き直る。


「どうだった?」


 問うリーズに、ラウドは僅かに口の端を上げた。


「ビンゴだ。ここの真下に建造物がある」

「マジか!? さすがお前! やるじゃん!」


 本気で称えているのか、はたまた貶めているのか、どちらかわからない口調でリーズはラウドを褒めちぎる。しかしラウドはリーズの反応に、眉間に皺を寄せただけだった。


「お前を疑うわけじゃないけれど、本当に精霊が女の子を攫ったのか?」


 ラウドの言葉の真意を、リーズは理解した。

 人間界に来ることが許されているのは、精霊界で修行をし、その実力を認められた選ばれた精霊のみ。勝手に抜け出して来たリーズと、彼を連れ戻しに来たラウドを覗けば、サフィアを攫ったのは既にこの人間界にいる精霊――即ち選ばれた精霊、ということになる。


「俺だって信じたくはないけど、確かにサフィアの部屋に残っていたのは精霊の気配だったんだ……。ちなみに姉貴ではなかった」

「……そうか」


 リーズの言葉に短く答えたラウドは、拳を強く握り締めた。彼の拳に纏わり始める、オレンジ色の光。暗い森の中で、ラウドの周囲だけが昼のように明るく照らされた。


「ここで悩んでいるだけじゃ、進展しないからな。ここから直行するぞ。これはお前を捕まえるために使った力だ、と精霊王様には報告しといてやる。感謝しろ」


 リーズにそう言うと、ラウドは小さく息を吸う。そして次の瞬間、地面へ向けて力の限り拳を振り下ろした。

 夜の静寂を切り裂く轟音。音に驚いた鳥達が一斉に夜空へと羽ばたき、鳴き喚いた。

 ラウドの拳から放たれたエネルギーの塊は、地面を深く深く(えぐ)っていた。二人の前には、巨大な穴が出現していた。


「なぁ、俺思ったんだけど」

「何だ?」

「建造物ってことは、どこかに入り口があるはずだよな? こんなに派手に壊す必要なかったんじゃ……」


 穴を覗き見ながら言うリーズに対するラウドの返事は、至極単純なものだった。


「だって探すの面倒臭いじゃん」

「…………」


 リーズは親友の言葉に、思わず眉間を揉みしだく。人間界で最初に会った時のラウドがそれらしくなかっただけで、彼は本来こういう性格なのだ。リーズも猪突猛進と言われているが、ここまで派手なことはやらかさない。

 しかし、やってしまったことはもうどうしようもない。リーズは覚悟を決めると、深呼吸をした。今はここに飛び込むしかない。


「行くぞ」


 言ったのは果たしてどちらだったか。声と同時に、二人はその穴へと飛び込んだ。

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