表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

第2話 『待って』

 どこまでも続く、透き通った淡い(すみれ)色の空。

 地に群生する植物からは、白い綿毛が絶え間なく飛び立つ。綿毛に混じり空を飛び交うのは、ルビーのような煌きを宿した小鳥たち。生命の息吹溢れる、穏やかな空間。ここの名は精霊界と言う。

 綿毛舞う広い草原の真ん中に、和やかな雰囲気に似つかわしくない、異質な建造物があった。アイボリー色の大理石の柱が荘厳に並ぶ、まるで要塞かと見紛うような大きな造りの神殿。これは精霊界を統べる、精霊王の居住である。


「何でだよ!?」


 その入り口で、リーズの大きな怒声が響いた。その声に驚いた小鳥達は草の根をつつくのをやめ、菫色の空に向けて一斉に羽ばたいた。


「リーズ! 落ち着け!」


 強引に神殿の中へ入ろうとするリーズを、茶色の髪をした青年が押さえながら諌める。青年にもリーズと同じような耳と尻尾があった。そんな茶髪の青年に、リーズは噛み付かんばかりに吼えた。


「落ち着いていられるか! とにかく精霊王様に会わせろ!」  

「すまないがそれはできない。今は何人たりとも通すな、という命令が出ていてね。それにどうせ会ったところで、精霊王様の考えは変わらん」


 青い髪の青年が、リーズを押さえながら冷静に言った。見張りの精霊二人に押さえられながらも、リーズは尚吼える。


「だったら俺が変えさせてやる! 納得いかねーよこんなの!」


 その姿は、まるで檻に入れられるのを必死で拒否している、狼のようであった。リーズは暴れながら、何とかして神殿の中へ入ろうと再び強引に足を踏み出した。


「お前の気持ちは全てではないが、俺達だってわかるつもりだ。しかし精霊王様が一度下した命令を改められると、本気で思っているのか!?」

「――っ!」 


 茶色の髪の精霊の言葉に、リーズは歯を強く食い縛りながら動きを止めた。


「そんなこと……俺だってわかってるさ。でもやっぱり一言くらい言いてぇよ。こっちは七年待ったんだ。挙句、捜索を打ち切るって何考えてんだよ……」

「…………」


 リーズは拳を強く震わせ、唇を噛みながら項垂れる。態度を急変させたリーズに、見張りの精霊達は何も声をかけることができないでいた。


「……そろそろ手を離してくれ。もう暴れるつもりはない」 


 観念したのか、リーズは言葉通り腕をだらりと下げた。


「リーズ、力になれなくてすまない」

「あんたらは何も悪くないだろ。……また日を改める」


 リーズは力無くそう言うと二人に背を向け、神殿を後にした。







 精霊――。

 それは自然を操り、星の命の循環を手助けする存在である。

 精霊達はこの世界に生まれ落ちた瞬間から、この精霊界で修行をすることが義務付けられている。それもこれも、全ては『星』のため。厳しい修行に耐え、自然を意のままに操ることができるようになった精霊だけが、星の元、即ち人間界に行くことを許されているのだ。

 リーズの姉は、人間界に行くことを許された、風の精霊だった。

 リーズは選ばれた精霊である姉を誇りに思っていたし、そして何より目標でもあった。自分もいつか立派な風の精霊になり、姉のように星の元へ行くのだと。

 時として運命というものは、何の予兆も無く突如動き出す。

 リーズの姉は七年前、忽然と人間界で姿を消してしまったのだ。何の前振りも、何の痕跡も残さずに。

 前代未聞――。

 この風の精霊の失踪は、精霊界に大きな衝撃を与えた。 

 すぐさま大規模な捜索隊が結成され、人間界へと派遣された。しかし何の手掛かりも見つけることができぬまま、捜索隊は僅か一年足らずで解散。その後は年に二、三回、片手で足りる人数を人間界に送ってはいたものの、何一つ手掛かりは得られなかったのだ。そして先日、捜索そのもののを打ち切ると、ついに精霊王が決定を下した。

 リーズが、その決定に納得するはずもなく――。

 精霊王へ自ら直談判しようと、神殿へと勇んで行ったものの、先ほど門前払いをくらったところだった。


「どうしても、納得いかねー……」


 精霊王の居城から少し離れた、風流れる金色の草原。その中をリーズはぶつぶつと呟きながら、足首の高さまで伸びた金色の草を、一歩一歩踏みしめながら歩く。さくさくと小気味良い音を鳴らす草に、やり場のない憤りをぶつけていた。

 この数年疑問に思っていたあることが、リーズの頭の中を全力で駆け巡っていた。

 ――本当に、ちゃんと探したのか?

 姉が失踪する理由に、リーズは心当たりが全くなかった。

 この仕事に就けることを、何よりも誇っていると言った姉。両親とも上手くいっていた。時々連絡もしていた。

 仮に姉が何らかの理由で、自ら望んで姿を消したのだとしても。全く痕跡が見つからないというのは、どういう意味なのだろうか? それはきちんと捜索していないからではないのか? そして捜索隊を一年で解散したことも、リーズは納得していなかった。

 ――もしかして、精霊王は何か隠しているのでは?

 精霊王に対する疑心。

 随分前に彼の心の中に蒔かれていた疑惑の種は、ぽつぽつと芽を出し始め、そして一気に開花した。

 姉が行方不明になって以来、すっかり塞ぎ込んでしまった両親の姿が、リーズの脳裏を掠めたその時――。


「決めた。俺が直接行って、とことん探してやる!」


 決意の言葉と共に、リーズは力強く視線を跳ね上げた。 

 彼の視線の先。草原の遥か彼方には、若葉茂る木々がどこまでも広がっている。その森の中に『それ』があることを、彼は知っていた。

 人間界に通じる門、天霊門。選ばれた精霊しか通ることが許されていない門だ。

 リーズは片足で地を蹴ると、綿毛のようにふわりと空に浮かんだ。そして一気に速度を上げ、天霊門へ向けて飛翔する。


「選ばれた精霊? そんなこと、関係ない。俺は姉貴を探しに行くだけだ」


 リーズは、悪戯に自然を操るようなことはしないと、見えない誰かに誓った。

 姉はなぜ姿を消したのか。そして今、無事なのか、そうでないのか。ただそれだけを知りたいのだ。他の理由など一切ない。

 肩で風を切りながら飛翔を続けていたリーズだったが、やがて森の上空にさしかかった。天霊門を探すリーズだったが、まるで彼を導くかのように、ぽっかりと開けた空間が間もなく彼の目に飛び込んできた。その空間の中で寂しげにぽつんと佇むのは、大人三人分ほどの高さをした両開きの白い扉。装飾など一切ない、簡素なその扉こそが、精霊界と人間界を繋ぐ、天霊門だ。

リーズは天霊門から少し離れた場所に下りると、音を立てないよう気を配りながら、木の陰に姿を隠した。門の前には、一人の男精霊が立っていたからだ。

 門の見張りをしているその精霊は、何度も欠伸をしては体をゴキゴキと鳴らしていた。相当、暇を持て余しているようだ。

 人間界へ行く精霊と帰ってくる精霊。『精霊交代』と呼ばれているその儀式は、年に一度しかない。そして次の儀式まではあと半年もある。誰も通ることのない門を護っている彼の退屈度は、並大抵のものではないだろう。


(緩みきってんなー……)


 リーズは心の中で呟くが、その見張りの態度は、今の彼にとって好都合でしかなかった。


(悪いけどしばらく寝ていてくれ)


 リーズは胸の前で掌を合わせ、緑色をした丸い球体を作り出した。子供の頭ほどの大きさのそれは、淡く発光しながらリーズの胸の前にふよふよと浮かぶ。リーズは球体を片手で握ると、見張りに向けて思いっきり投げつけた。


「はぅっ!?」


 見事に球体は、見張りの顔面に直撃、霧散する。そしてすぐさま球体から、緑色の霧が噴出した。霧が見張りの全身を包んだ後、間を置かず彼の身体は崩れるように地に倒れる。

 リーズが投げつけた球体は、眠りの効果がある風の魔法の一種だった。普通は直接対象にぶつけるものではなく、対象の周囲で破裂させるものなのだが――。魔法の正しい使用方法など、今のリーズには些事でしかない。


「おしっ!」


 リーズは小さく拳を握りながら、そろそろと木の陰から出て行く。


「……悪いな」


 そして熟睡する見張りに向けて小さく呟くと、リーズは白の扉を押し、中へと踏み出した。




 そして扉のその先が、人間界の空だったわけである。




「えっと、その……。い、今見たことは忘れろ! じゃあな!」


 片手を上げ別れの意思を少女に示して、強引に場の幕引きを図ったリーズだったが――。


「あっ、あのっ……! 待って!」


喉の奥から搾り出すような、少女の引き止める声。リーズはピクリと肩を震わせ、思わず彼女へと再度視線を向けてしまった。


「お、お願い。少しだけ、少しだけでいいから、私とお話して! 本当に少しだけ! だから……」

「わ、わかった! わかったからそれ以上声を出さないでくれ!」


 大きな声で必死に懇願する少女に、リーズはキョロキョロと辺りを見回しながら少女の言葉を遮った。

 声に釣られ、他の人間がやってくる可能性があったからだ。これ以上人間に姿を見られてしまうのは、リーズとしては勘弁してほしかったのだ。

 姿を消して強引にその場から去るという選択肢もあったわけだが、ここまで自分に興味を持ってしまった人間に対し、何のフォローもせずに放っておくのは、よくよく考えると非常にまずいとリーズは判断した。この少女の口から「精霊の姿を見た」という噂が広がり、そしてその噂がこの地域に住まう『選ばれた精霊』の耳に入ってしまうような事態にでもなってしまったら――。

 結局リーズは少女の言葉に従い、家の中に招き入れられることとなってしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ