僕には行けないよ。
少年は出会いました。
深海から来たと言い張る少女に。彼女はお世辞にも美人ではありませんでした。
少女は言います。
当たり前だよ、と。
少年は首をかしげました。
深海は気圧が高いんだから、ここは気圧が低いんだから。
少年は首をかしげました。
太ってるでしょ?
少年は首肯しました。
膨張したの。
体が。
少年は首をかしげました。
ふくらんだの。
首肯しました。
だから来て。
少年は少女の顔をうかがいます。
来て、私の深海。私、綺麗だよ?
少年は首肯しました。
私、あなたのこと、気に入ったよ。
少年は…――――――答えませんでした。
代わりに、少年の頬が受け持ちました。
責任感の強い頬は頑張って赤色に変身しました。
少女はそれを見て、嬉しそうに微笑みました。
ああ、私の部屋、もう少し綺麗にしとくんだった。
少女は苦笑しながらそう呟きました。
少女は少年の手を引いて、進んでいきます。前へと、前へと。
ついた先は、海でした。
細い足と、ずんぐりとした足が計四本、水の中で遊んでいます。
足は、遊びながらそれでも、一定方向に進んでいきます。
それから足は、どんどん深く深く潜りました。
水の中を見たいのでしょうか。
魚でも、いるのでしょうか。
一向にあがってくる様子はありません。
やがて足だけでなく、太もも、お腹、胸すらも。どんどん水の中へ潜っていってしまいます。
どんなに魅力的なのでしょう。
どんなに神秘的なのでしょう。
少年の口と鼻は、水の中に思いを巡らせて自分も早く潜りたいと考えました。
ようやく、順番がまわってきました。
口と鼻は喜びで一瞬機能を失いました。
どんなに魅力的なのでしょう。
どんなに神秘的なのでしょう。
しかし、それはけして一瞬などではなかったのです。
口と鼻は悲鳴を上げました。
苦しい! 苦しい!
怖い!
少女は少年の足が止まったのを見て、自分の足も止めました。
どうしたの?
問いかけます。
少年は一言、言いました。
僕には行けないよ。
少女は意味がよくわかりませんでした。
少女は首をかしげます。
深海は気圧が高いんだから、ここは気圧が低いんだから。
少女は首をかしげました。
痩せてしまうよ。
少女は首肯しました。
縮小するの。
体が。
少女は首をかしげました。
細くなるの。
首肯しました。
だから行けないよ。
少年は少女の顔をうかがいます。
僕は、ここで綺麗だよ。
私は、ここでは綺麗じゃないの。
消え入りそうな声でした。
少年の声は既に消えていました。
少女は泣きそうになりました。
少年は既に泣いていました。
海の水は、二人の力によって塩水に変わっていました。
Fin