第30話 連鎖する血の選択
しばらく沈黙が続いた。朝霧がゆっくりと晴れ、観測室に淡い陽光が差し込みはじめる。
それでも、三人のあいだには目に見えない緊張が残っていた。
エリオは受け取った紙片をひらりと揺らし、楽しげに言う。
「へぇ、アストラ家って薬草も扱うんだ」
軽い声色。しかし視線は、笑っていない。
セラフィオンは表情を変えない。
「根の知識は血統に紐づきます。アストラは観測と補助が役割ですから」
「ふぅん。観測、ね」
エリオは口角を上げる。
「じゃあさ、ヴァルの名を持つなら、何か“持ってる”よね?」
その言葉に、ローゼリアがわずかに瞬きをする。ヴァル。王家直系から分かれた古い血の枝。名を残す家系には、固有の権能が宿る。
セラフィオンは、ほんの刹那だけ視線を伏せた。否定はしない。
「大したものではありません。吸血族の星読みの盤。変化の兆しを察知する補助器具です」
「未来が見えるとか?」
「見えません」
即答。
「あくまで誤差を読むだけです。確定値ではなく、揺らぎを」
エリオはくすりと笑う。
「謙遜するタイプなんだ」
「過信は理論を狂わせます」
淡々と返しながら、セラフィオンの視線は自然にローゼリアへ戻る。そして、ローゼリアの手首へ。
何も浮かんでいない。血印も、崩壊の兆候も、視覚化はされていない。けれど──
「……誤差が拡大しています」
ぽつりと落ちた言葉が、室内の温度を変える。
「満月前日としては、不自然な値です」
ローゼリアが首を傾げる。
「……私?」
「ええ。王族性の波形が揺らいでいる。本来なら、満月に向けて安定するはずです」
エリオの指先が、止まる。呼吸が、わずかに浅くなる。
「安定しないと、どうなるの?」
セラフィオンは数秒の沈黙を置いた。
「契約が反発する恐れがあります」
「反発?」
「拒絶、あるいは──崩壊」
朝の光が、わずかに冷えた。それでもローゼリアは目を逸らさない。自分の知らないところで、自分の血が崩れかけている。それでも、ここで退くという選択だけはなかった。
「……それでも、やるわ。ここで退く気はない」
即答。理論を踏み越える決意に、セラフィオンの瞳が揺れる。理解はしている。だが納得はしていない。
エリオはその横顔を見て、小さく笑った。
「リアは昔からそうだよね。決めたら一直線」
そして、ふいに思いついたかのように続ける。
「でもさぁ」
エリオの視線がセラフィオンへ向く。
「ねぇ。もし“分ける”ことができるなら、“引き受ける”ことだってできるんじゃないの?」
軽い声。けれど、笑みは温度を持たない。
セラフィオンの瞳が、鋭くなる。
「理論上は可能性があります」
「へぇ……」
エリオは目を細める。
「……理論上、ね」
その声音は柔らかい。けれど、その奥にあるのは覚悟だ。互いに、相手が何を考えているかほぼ理解している。それでも踏み込まない。踏み込めば、血が動く。
ローゼリアだけが、その緊張の本質を知らないまま、満月を見据えている。
セラフィオンの内側で、結論が形を持ち始める。禁忌はすでに発動している。王族性は崩壊の過程にあり、時間干渉がその代償を遅らせている。今このまま満月で固定すれば、反発は避けられない。
止めるべきだ。だがローゼリアは止まらない。
青い瞳の奥で、観測では済まされない熱が静かに灯る。
(救える方法は、あるはずだ)
エリオがふいに言う。
「同じヴァルの枝なら、支え合うのも筋だよね?」
軽い声。だがそれは、共闘宣言に近い。
セラフィオンは、ゆっくりと頷く。
「血は連鎖します」
それは理論だった。でも同時に──誓いのようでもあった。




