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第21話 剣と盾の距離


重い扉が、強く開かれた。空気が変わる。それは“侵入”ではなく、“境界の上書き”に近かった。


「……楽しそうだな」


低い声が、先に室内へ入ってきた。ルカリウスが一歩、踏み込む。距離を詰めるためではない。ここから先は俺の範囲だと、印をつけるための一歩だった。


セラフィオンの青と、ローゼリアの深い紺が見事に調和している。美しいのに、危険な配色だ。


ルカリウスはその二人のあいだへ、無言で割り込んだ。


セラフィオンは一瞬で悟った。この男は、理屈より先に境界を引く。


「王族直属騎士団、団長代理。ルカリウス殿」


礼は浅い。しかし軽くはない。退かない姿勢が、逆に礼儀正しかった。


「愛人契約、だと?」


抑えている。声の奥に、明確な刃がある。刃は相手へ向いているようで、実は──ローゼリアの周囲へ向く。“彼女の周りに立つな”という、無言の嫉妬だ。


ローゼリアが静かに言う。


「形式上よ」


その一言で、ほんの僅かに緊張が緩んだ。しかしルカリウスの視線は、青い瞳から逸れない。逸れないのは警戒ではない。追い払うためだ。


「守る、盾になる。随分と綺麗な言葉だな」


皮肉だった。セラフィオンは淡く息を吐く。


「あなたは剣でしょう」


視線は揺れない。


「私は盾です。騎士は目前の敵を斬る。私の立場は敵を寄せ付けない強固な盾になること」


理屈だ。けれど冷酷ではない。ルカリウスの眉がわずかに動いた。


踏み込みたい衝動が、内側で膨らむ。踏み込めば、ローゼリアの前で“獣”になる。理性がそれを止め、嫉妬だけが残った。


「盾は、剣があってこそだ」


距離が詰まる。床が、わずかに鳴る。縄張りが、さらに濃くなった。


ローゼリアは動かない。動かないまま、重心だけをほんの少し前へ。それだけで空気の中心が戻る。──縄張りの上に、王女の“支配”が重なった。


セラフィオンは表情を変えない。


「私は王族の血を守る立場にある。あなたは王女を守る立場だ。守る“意味”が違う」


空気が凍った。“違う”の一言が、刃になる。ルカリウスの嫉妬が、論理の形を借りて燃える。


ルカリウスの瞳が、鋭く細まった。


「……何が言いたい」


「あなたは“彼女自身”を守ればいい。私は“彼女の血”を守らなくてはいけない。王族性を失えば、この国は揺らぐ」


その言葉に、ローゼリアの鼓動が跳ねた。ルカリウスはまだ知らない。胸の奥がざらつく。恐れではなく──失う予感だった。


「──黙れ」


低い声。怒鳴らない。けれど確実に威圧する。自分を、抑えるために。


セラフィオンは一歩退く。敗北ではなく、調整だ。


「誤解を招きました」


そして、はっきり言う。


「私は敵ではありません」


ルカリウスは即答した。


「味方でもない」


三人のあいだに、静かな火花が走る。火花が火災になる前に、ローゼリアが口を開いた。


「……どちらも、もう、やめて」


柔らかい声。けれど芯は強い。“止めて”じゃない。終結だ。


「選ぶのは、私よ」


空気が変わった。縄張りも理屈も、王女の言葉で“外側”に押しやられる。二人の男は、視線の焦点をローゼリアへ戻した。戻した瞬間、主は決まる。


セラフィオンは深く一礼した。


「承知しています」


顔を上げる。


「満月まで、距離を保ちましょう」


理性的な撤退だ。“引く”ではない。盾の再配置だった。


最後に、ルカリウスへ視線を向ける。


「あなたが近づきすぎない限り」


密やかな牽制。牽制は剣へ向けたものではなく、縄張りの拡張へ向けたものだった。


ルカリウスは一歩も退かない。退かないのは意地ではない。この一歩で刻んだ境界を、自分で消せないからだ。


「……随分と計算高いんだな」


「俺は守る。理由なんていらない」


理屈ではない。衝動でもない。本音だった。


セラフィオンの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。羨望か、焦燥か。あるいは──盤上の危険が確定した合図。


「それがあなたの強さであり、弱さでしょう」


セラフィオンは静かに踵を返した。足音は乱れない。扉が閉まる。青の残像だけが、白光の中に薄く残った。


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