第20話 主導権は私にある
謁見室には、白光だけが満ちていた。外の喧騒は遠く、ここには“選択”の重みだけが残っている。
ローゼリアはゆっくりとセラフィオンを見つめた。逃げない視線。測られる側ではなく、測る側の目だ。──守られるふりをするほど、王女は弱くない。
「愛人契約は、形式上の盾としては有効でしょう」
肯定でも拒絶でもない。事実の確認だった。セラフィオンはわずかに目を伏せる。
「主導権は、私にある」
その一言で空気が締まった。青い瞳がわずかに細まる。理解した、という合図だ。
「あなたは“近くに立つ権利”を得るだけ。私の血にも、儀式にも、選択にも──干渉しない」
はっきりとした線引き。
「満月の夜、私が誰を選ぼうと、あなたは異議を唱えない」
一瞬だけ、沈黙が落ちた。それは理屈ではない部分に触れる条件だった。
セラフィオンは、目を逸らさない。
「了承します」
声は揺れない。
「私は王族の血を守る立場にある。あなたの“選択”を尊重することも、その一部です」
理性的な返答だ。けれど、ほんのわずか、呼吸が深くなるのをローゼリアは見逃さなかった。
「あなたは、いつも正しいのね」
その正しさが、いちばん厄介だと思ったのに。──だから、確かめてしまう。
「……嫉妬はないの?」
不意打ちの問いだった。王族と同等の立場であるセラフィオンの選択が、純粋に気になっただけだった。
青い瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。理性の奥で、何かが動いた。
「合理的に考えれば、嫉妬は非生産的です」
「ですが」
視線が、ほんの少しだけ近づく。
「それでも感情は存在します」
白光の中、声がわずかに低くなった。
「私は王になれない家の人間です。奪うことはできない。選ばれる立場でもない」
静かな自嘲だった。
「だからこそ、近くにいる権利を確保したい」
それは理屈ではない。個人的な欲だった。ローゼリアの鼓動が強くなる。
「あなたは合理的すぎるわ」
「……そうですね」
わずかに口元が緩んだ。
「あなたに関しては例外が多い」
その言葉は軽くない。
「研究対象にはしません。材料にも、観測値にも」
一歩、距離を詰める。
「しかし──あなたを理解したいという欲求までは否定できない」
はっきりと言う。隠さない。
「それを“興味”と呼ぶなら、そうなのでしょう」
沈黙が落ちた。白光が、床の上で揺れたように見えた。たぶん揺れたのは、ローゼリアの内側だ。
「契約は結ぶわ」
「でも忘れないで。私は守られるだけの存在ではない」
セラフィオンは深く一礼する。
「承知しています」
顔を上げたときの瞳には、わずかな熱があった。
「私はあなたの盾になる。ですが、あなたの鎖にはならない」
その言葉は、真実だった。真実だからこそ、余計に危うい。
扉の向こうで、空気が荒れる。ルカリウスの気配だ。セラフィオンは一瞬だけそちらを見た。競合者であることも、理解している。微笑みはない。
「満月まで、距離を保ちましょう」
静かな撤退宣言。
「ですが──」
ほんのわずか、声が低くなる。
「選択の夜が来たとき、私はただ見ているだけではいられないかもしれません」
宣戦布告ではない。それは──理性の外側にある、願望だった。




