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第14話 同じ匂いをした夜


血の匂いが、まだ廊下に残っている。甘くも苦くもない、ただの命の匂い。特別ではない。誰にでもある、均された気配。


けれどその奥で、まったく違う匂いが蘇る。



◇◇◇



湿った土。雨の前の空気。泣き声を飲み込んだ夜。


──王宮裏の庭。双子の弟、ルシエルが死んだ、その夜だった。


城は混乱していた。人払いされた奥庭には、誰の足音も届かない。人前で泣いてはいけないと教えられていた。王女は強くあれと。けれど胸の奥に空いた穴は、どうしても塞がらなかった。


薔薇の枝が風に揺れ、月光が白く地面を照らしていた。


そのとき。木陰に、ひとりの少年がいた。膝に本を広げているのに、ページはめくられていない。銀の髪が月を受け、淡く光る。騎士の外套を肩に掛けていた。まだ少年には大きすぎるそれは、父のものだったのだと、あとで知った。


「……ここは、静かだからいい」


初めて聞いた声は、今よりもずっと柔らかかった。


「うるさくないから」


その言葉の意味が、すぐには分からなかった。けれど、近づいたとき、分かった。泣いたあとの匂いがした。


「……母が、死んだ」


唐突に落とされた言葉。説明も装飾もない。ただ事実だけ。


ローゼリアは、息を止めた。


「わたしも……」


それで十分だった。弟の名も、死因も、王族性の話もいらない。喪失は、匂いで分かる。


あの夜、二人は同じ匂いをしていた。──失った者の匂い。


喪失を抱えながら、同じ風の音を聞き、湿った土の匂いを嗅ぎ、冷えた空気を吸い込む。ただ、隣に座っているだけで匂いが合わさる時間。


「けど、隣にきみがいると」


少年は、ほんの少しだけ笑った。


「静かではなくなるな」


それが慰めだと、二人とも知らなかった。ただ、“ひとりではない”と告げる声だった。


触れていない。抱きしめてもいない。それでも、あの距離は今よりもずっと近かった。血も、階級も、力も関係ない。ただ、同じ死を知っているというだけで成立していた距離。


けれど──



◇◇◇



現実が、ゆっくりと輪郭を取り戻す。廊下の冷気が素足の足首を刺し、半開きの扉の向こうから、今のルカリウスの気配が滲んでくる。王族直属騎士団の団長代理という立場に立ち、横並びの女たちを受け入れ、生存のために血を飲む男。あの夜、同じ匂いをしていた少年ではない。


ローゼリアはゆっくりと息を吸った。


あの距離を、もう一度取り戻せるのだろうか。それとも──あれは回帰すら許されない、たった一度きりの“喪失の共有”だったのだろうか。


指先が、わずかに震える。


それでも。あの夜、確かに隣にいた。それだけは、消えない。


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