【短編小説】おれの屍を越えてゆけ
おれは全身の痛みと引き換えに、甘美な光を見た気がした。
これが祖父や父の見た景色なのだろうか。おれは片膝を付きながら全身を打つ痛みに耐える。その痛みから光が走った。
気がつくとおれは両手を広げて、その痛みを全身に受けていた。
深夜を過ぎたあたりで、ようやく父が帰ってきた。
酷く酔っているし、全身に無数の生傷がある。ふらふらの父を支えてベッドに横たえると、わずかに開いた父の目に涙が光っているのが見えた。
「来年からは、頼んだぞ」
手を伸ばしてきた酒臭い父の息はルーザーそのものに思えたが、おれはその気持ちを飲み込んで伸ばされた手を握り返した。
気を失うように眠った父の寝室を後に、リビングまで戻ると祖父が苦々しい顔で般若湯を煽っていた。
「じいちゃん、おれ……」
「わかっている」
おれは口を噤んだ。祖父はおれの言いたいことなんて何もわかって無い。
おれは怖くなんかないし、逃げ出したりもしない。その気になればあんな奴らは粉々にしてやれる。
「なんで爺ちゃんも親父も……本当ならあいつらを犯して殺して食ってやりたいって思うんでしょう?」
おれがそう言い終わるや否や、祖父は湯呑みを机にごつんと置いた。
「よいか、おまえの父やわしの育った郷では誰かを犯すだの殺すだのと口にする奴は本当に弱いヤツだけだ。そう言って誰にも殴られないのは本当に弱いからで、その行為が許されているわけじゃない」
般若湯でドス黒く変色した祖父の顔がおれを穿つように見ている。
「おれやおまえの父は人間を尊敬している。奴らはおれたちに出来ないことをやれる。歌や芸事なんかはそうだ。だが奴らにできないことをおれたちはできる。力だ」
祖父の全身にある傷が蠢いたような錯覚に囚われる。
「だから、その力を……」
「人間はおれたちを畏れている。それは敬いでもあることを、お前はまだ知らん」
祖父が置いた湯呑みは空になった。
おれはその湯呑みを見ていた。
外は静かだ。雪が降っているのだろうか。雪は良い。光が降っているみたいだ。
祖父が煙管を咥えて火をつけると、柔らかな光が二人を包んだ。
「いずれお前にもわかる」
祖父の言葉が脳裏をよぎった。
「鬼は外!」
人間たちが投げる豆がおれを打つ。その度にまるで光を浴びるような痛みが走る。
その光に憎しみの色は無かった。
願いだ。祈りだ。
その痛みに耐えることも、彼らを鏖殺するのも容易い。
だが──
「鬼は外!」
再び豆が降り、おれはその光をいつまでも追っていた。




