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『屁理屈ばかりの勇者は、世界を口論で救う』  作者: 南蛇井


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第5話:時間の経過

朝は、いつも通りに始まった。


決戦予定地の空は澄み、

霧もなく、兆しもない。

旗は張られ、陣は整い、

兵士たちは既に配置についていた。


誰もが、待っていた。


だが、何を待っているのかを

言葉にできる者はいなかった。


太陽が昇る。


合図は出ない。

進軍命令も、迎撃指示も、

いかなる「開始」を告げる言葉も届かない。


兵士たちは立ち続ける。

姿勢は崩れず、規律も乱れない。


補給部隊は動かない。

食糧は消費されず、

水も弾薬も、予定された数のまま残っている。


負傷者は出ない。

治療も、搬送も、記録されない。


緊張はある。

だがそれは、戦闘前のそれではない。


「いつ始まるのか分からない」という不安ではなく、

「始まる理由が見えない」という、

別種の滞留だった。


昼になる。


影が短くなり、

兵士たちは無意識に足を踏み替える。


だが、配置は維持される。

誰も離脱しない。

誰も突発的な行動を起こさない。


勇者と魔王の位置も、変わらない。


近づきもせず、

遠ざかりもせず、

互いを基準に、動く理由を持たないまま。


夕刻が近づく。


空の色が変わり、

光の角度だけが、この日の進行を告げる。


戦場に、疲労は蓄積しない。

消耗が起きていないからだ。


起きていないことが、

そのまま持続している。


その頃、各勢力の後方では、

記録官たちが筆を取っていた。


王国、教会、魔王軍。

所属は違えど、

書かれる文言は、奇妙なほど一致する。


「当該日、特筆すべき戦闘行為なし」


それ以上も、それ以下も書けない。


誇張は虚偽になる。

省略は改竄になる。


削除もできない。


なぜなら、この日は

予言にも、暦にも、命令書にも、

確かに刻まれているからだ。


――決戦日。


見出しだけが残る。


中身のない章。

説明のない項目。


時間は確かに流れ、

兵は確かに集まり、

世界はこの日を通過した。


だが、出来事は生成されなかった。


夕日が沈むころ、

誰かが勝ったわけでも、

誰かが負けたわけでもない。


ただ、

「何も起きなかった」という事実だけが、

一日分、積み重なった。


歴史書は後に、

この日付を飛ばさない。


空白のまま、

その頁を閉じる。


それは欠落ではない。


起きなかったことが、

起きなかったまま、

正式に記録された、最初の日だった。

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