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『屁理屈ばかりの勇者は、世界を口論で救う』  作者: 南蛇井


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第3話:使われない力

力は、そこにあった。


魔法陣は完成している。

結界は張れる。

攻撃魔法の術式は、すでに最終段階まで組み上がっている。

召喚儀式も、必要な供物と配置を終えていた。


だが、どの魔法も起動しなかった。


詠唱は途中で止まる。

声が出ないわけではない。

言葉も忘れていない。


ただ、「開始文」が欠けていた。


――いかなる理由で、いま、これを発動するのか。


その一文が見つからない。

詠唱者たちは沈黙し、

魔力は循環を保ったまま、放出されない。


結界は張られていないが、

脅威も侵入してこない。

攻撃魔法は撃たれないが、

迎撃すべき対象も現れない。


力は、必要とされていない状態で保存されていた。


武力も同じだった。


剣は鞘に収まったまま、

弓は弦を張られず、

槍は地面に立てかけられている。


誰も、最初の一歩を踏み出さない。


威嚇は行われない。

挑発もない。

敵意は確かに存在する。

警戒も、緊張も、疑念もある。


だがそれらは、

行動へと変換される直前で止まっていた。


攻撃とは、選択である。

選択には理由が要る。


この場には、その理由が存在しなかった。


時間だけが、等しく流れる。


陣地の上を風が抜け、

掲げられた旗が揺れる。


布が鳴り、

影が地面に揺れ、

それが、この戦場で唯一の運動だった。


兵も、魔法も、意志さえも動かない中で、

旗だけが、何かがまだ続いていることを示していた。


後に歴史書は、この場面をこう記す。


――戦力は集結していた。

――魔力は充填されていた。

――しかし、いずれも使用されなかった。


なぜか。


その問いに対する答えは、

次の頁にも、その次にも、書かれていない。


ただ、旗が揺れていた。

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