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『屁理屈ばかりの勇者は、世界を口論で救う』  作者: 南蛇井


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第八部:何も起きなかった決戦 第1話:決戦予定日

その日は、来た。


予言に名があり、暦に印が付けられ、

王国・教会・魔王軍それぞれの内部資料において、

「決戦の日」と呼ばれていた日である。


特別な布告は出ていない。

王都に鐘が鳴り響くこともなく、

魔王城から宣戦の言葉が放たれることもなかった。


それでも、人々は知っていた。

今日は、その日なのだと。


王国軍は、すでに配置についている。

陣地は整えられ、旗も掲げられている。

だが進軍命令は出ていない。

将軍の手元にある命令書は白紙のまま、

署名だけが空欄として残っていた。


教会では、祈祷の準備が整っていた。

香は焚かれ、祭具は磨かれている。

だが開始の合図がない。

司祭たちは互いに目を交わすだけで、

最初の言葉を発する者がいない。


魔王軍もまた、前線に展開していた。

兵は揃い、補給は万全で、

侵攻経路も確保されている。

それでも侵攻指示は下らない。

敵対行為が観測されていない以上、

発動条件が満たされていなかった。


空は静かだった。

風は吹いているが、

戦場に特有のざわめきはない。


ここにあるのは、

「始める準備がすべて整っている状態」だけだった。


違和感は、言葉の不在として現れる。


開始を告げる語が、どこにも存在しない。


しかし同時に、

延期も、中止も、宣言されていない。


誰も「やめよう」と言っていない。

誰も「始めよう」とも言っていない。


世界は、その狭間に留まっていた。


後に記録官は、この日をこう書き留める。


――決戦予定日。

各勢力、配置完了。

戦闘行為、確認されず。


そしてその一文の横に、

理由欄だけが、空白のまま残された。

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