第4話:勇者の最小発言
会議は続いていた。
だが、進んでいるとは言い難かった。
確認事項は尽きない。
しかし、そのすべてがすでに確認済みであるか、確認不能であるかのどちらかだった。
記録官の筆は、動いては止まり、また動いては止まる。
議題は形式を保ったまま循環していた。
敵対の整理。
勝利条件の確認。
相互理解の促進。
いずれも語られている。
だが、どれも着地点を持たない。
沈黙が、円卓を一周する。
発言が途切れるたび、誰かが次の言葉を探すが、見つからない。
そのときだった。
これまで一言も発していなかった勇者が、視線を上げた。
声は低く、会議の空気を切り裂くような強さはない。
「いま話している『和平』は、
何が起きていない状態を指していますか」
問いは短かった。
評価も、主張も含まれていない。
否定は起きなかった。
反論もなかった。
王国代表は資料をめくり、該当箇所を探すが、見当たらない。
教会側は言い換えを試みるが、言葉が定まらない。
魔王軍側は沈黙を選ぶ。それが最も正確だったからだ。
和平とは、戦争が終わった状態のはずだ。
だが、戦争は始まっていない。
では、何が起きていないのか。
誰も定義できない。
問いは答えを要求していなかった。
だが、基準を消してしまった。
それまで辛うじて共有されていた「和平」という語が、
宙に浮かぶ。
議論は一段階戻った。
だが、それは前進のためではない。
出発点そのものが、見えなくなったのだ。
記録官は、しばらく筆を置いたまま、何も書けずにいた。
円卓の上では、言葉だけが静かに空回りしていた。
勇者は、それ以上何も言わなかった。
だが、その沈黙は、先ほどまでとは質の違うものだった。
問いが置かれたまま、
会議は続行されることになった。




