第4話:魔王の違和感
夜の玉座の間は、昼よりも広く感じられた。
高い天井に灯る魔法灯は抑えられ、影が柱の根元に溜まっている。ここは本来、威圧と沈黙のための空間だった。
魔王は玉座に腰を下ろし、静かに報告書をめくっていた。
前線、戦略、補給、内政。
どれも形式は整っている。
問題なし。
異常なし。
情勢は安定。
同じ言葉が、違う筆跡で繰り返されている。魔王はその一致に、奇妙な感覚を覚えた。かつて、このような報告が並ぶことはなかった。
自分が存在する限り、世界は必ず反応した。
恐怖が生まれ、王国は軍を整え、教会は英雄を語った。
勇者とは、魔王がいるから生まれるものだった。
魔王はその循環を疑ったことがない。
それは役割であり、秩序であり、世界の呼吸のようなものだった。
だが、今――
人間側の報告には、焦りも混乱も記されていない。
英雄の名も、決戦の準備も、噂としてすら上がってこない。
魔王は書類から目を離し、広間の奥を見る。
そこには何もない。ただ、長い歴史の中で、自分が何度も座ってきた玉座があるだけだ。
倒される存在として、
恐れられる対象として、
世界の運動を始める起点として。
――その前提が、どこにも書かれていない。
魔王は気づく。
今回は、誰も自分を基準に動いていない。
自分は、想定されていない。
怒りは湧かなかった。
危機感も、まだ輪郭を持たない。
それは違和感だった。
長く当たり前だと思っていた床が、わずかに軋む感触。
魔王は、誰に聞かせるでもなく、低く呟く。
我が存在は、
いつから前提になったのだ。
それは問いだった。
確認でも、抗議でもない。
ただ、世界に対して初めて投げかけられた、
魔王自身の疑問だった。




