第4話:評判の固定化
王国の噂管理部門は、窓のない部屋にあった。
風聞を集め、整理し、必要であれば忘れさせるための部署である。
そこでは事件よりも、評価が扱われる。
机の上には、勇者に関する報告が積まれていた。
市場の声、酒場の会話、教師の雑感、地方役人の私的書簡。
いずれも正式な訴えではない。
だが、量だけは無視できなかった。
担当官は、紙を並べ替える。
すると、自然に三つの山ができる。
一つ目。
「何もしない英雄」
平穏が続いている事実を、結果として評価する意見。
二つ目。
「話が長いだけの人」
実務的価値の低さを揶揄する意見。
三つ目。
「不安を煽る存在」
前提が揺らぐこと自体を危険視する意見。
どの山にも、決定的な非難はない。
称賛も、否定も、どこか歯切れが悪い。
「問題だとは思うが……」
担当官は言葉を濁す。
「何が問題かは、書けないな」
教会の非公式会合でも、状況は同じだった。
司祭たちは円卓を囲み、慎重に言葉を選ぶ。
「勇者は教義を否定していない」
「異端的発言の記録もない」
「信仰放棄を誘発した例も確認されていない」
沈黙が続く。
「では、何が気になるのか」
誰かが問うが、答えは出ない。
事実だけを並べれば、問題は存在しない。
勇者は規定違反をしていない。
教義にも、王法にも反していない。
被害報告も、混乱の数値も存在しない。
それでも、監視の必要性だけが、合意される。
理由は書かれない。
書けないのだ。
「念のため」
「予防的措置として」
「様子を見る必要がある」
そうした言葉が、議事録を埋めていく。
結論は、曖昧なまま固定される。
勇者については、
当面、状況を注視する。
監視は必要だが、
処分に足る理由は存在しない。
この結論に、反対する者はいない。
賛成する者も、同じ理由で存在しない。
こうして、勇者の評判は定着する。
称賛でも非難でもない、
扱いに困る存在として。
誰も断罪しない。
だが、誰も信頼しきれない。
その宙吊りの評価こそが、
この時代において、
最も安定した位置だった。
そしてその安定が、
後に最も大きな動揺を生むことになるとは、
この場にいる誰も、まだ知らない。




