第2話:模倣される言葉
寺子屋の裏庭では、昼休みになると子どもたちが集まる。
石を並べ、線を引き、遊びを始める準備はいつも早い。
だが、その日、遊びはなかなか始まらなかった。
「鬼は三十数えたら探すんだぞ」
年長の子が言う。
少し考えてから、別の子が首を傾げる。
「それって、誰が決めたの?」
問いは鋭くも、反抗的でもなかった。
ただの確認のような声だった。
皆が黙る。
三十という数字に理由はない。
昨日も一昨日もそうだった、というだけだ。
結局、数は二十に減り、
それでも納得しきれず、
遊びが始まるまでに時間がかかった。
それでも、かくれんぼは成立した。
隠れる場所も、探す順番も、
その場で決め直された。
孤児院の食堂では、配分が問題になる。
パンが一つ足りない。
「小さい子から取れ」
世話役が言う前に、子どもが言った。
「それって、誰が決めたの?」
責める口調ではない。
ただ、順番の根拠を探しているだけだった。
話し合いが始まり、
結果、全員が少しずつ分け合うことになる。
誰も満腹にはならないが、
誰も文句は言わなかった。
教会付属学校の中庭では、叱責が宙に浮く。
「走るなと言っただろう」
教師の声に、子どもは俯く。
だが、すぐに顔を上げて、同じ言葉を返す。
「それって、誰が決めたの?」
教師は怒鳴らなかった。
その問いに、答えを用意していなかったからだ。
「……危ないからだ」
「誰にとって?」
会話はそこで止まる。
罰も与えられず、許可も出ない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
奇妙なことに、喧嘩は減っていた。
ルールが固定されない代わりに、
納得できないまま争う理由も減ったのだ。
その代わり、進行は遅くなる。
遊びは始まるまでに時間がかかり、
決まり事は毎回作り直される。
大人たちは、それを「要領が悪い」と呼んだ。
子どもたちは、そうは思っていない。
彼らはただ、
決まりが宙に浮く瞬間を、面白がっているだけだった。
勇者の名を知っている子は少ない。
まして、その意味を理解している者はいない。
それでも、言葉だけは残った。
「それって、誰が決めたの?」
問いは教えられず、
意味も説明されないまま、
遊びの合言葉として広がっていく。
この時期、世界は依然として平穏だった。
だが、決まりが決まりとして機能するまでに、
必ず一拍の沈黙が挟まるようになっていた。
それを問題と呼ぶ者は、まだいない。




