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『屁理屈ばかりの勇者は、世界を口論で救う』  作者: 南蛇井


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第4話:第三者視点の増殖

歴史編纂者の作業室は、時代から少し遅れて存在していた。

窓の外に見える王都はすでに再建され、街路樹の種類すら当時とは異なる。

それでも、この部屋に積まれた紙束だけは、あの時代のまま沈黙している。


机の上には、同じ年代の文書が山のように重なっていた。

王国の治安報告、教会の巡察記録、魔王軍の戦略草案。

筆跡も様式も異なるが、作成年月は驚くほど一致している。


それらは互いを参照していない。

引用も反論も、補足もない。

あたかも、それぞれが孤立した世界で書かれたかのようだった。


編纂者は一枚ずつ目を通していく。


因果関係を示す記述が、どこにもない。

なぜ魔物が減ったのか。

なぜ戦闘が起きなかったのか。

なぜ奇跡が発動しなかったのか。


「理由不明」「観測されず」「特筆事項なし」

そうした言葉だけが、慎重に並べられている。


それでも、結論欄だけは不思議なほど整っていた。


王国文書には、

――治安は安定している。


教会記録には、

――使命は継続中である。


魔王軍資料には、

――情勢は安定している。


表現は異なる。

立場も目的も相反している。

それでも、帰着する語句は同じだった。


「安定」

「継続中」

「問題なし」


編纂者は、しばらく筆を置く。


これは合意ではない。

会談も、条約も、共通認識の形成も存在しない。


にもかかわらず、

どの勢力も「順調である」という結論だけを共有している。


それは、誰かが主導した結果ではなかった。

むしろ、誰も説明できなかった結果だった。


出来事が一致しているのではない。

評価だけが一致している。


編纂者は余白に、小さく書き添える。


この時代、

各勢力は互いに無関係でありながら、

同じ言葉を使って沈黙していた。


紙束を閉じ、棚に戻す。

後世の読者が、これらを一続きの「平和期」と呼ぶことを、

編纂者は知っている。


だが同時に、こうも記す。


記録が増えるほど、

何が起きたかは分からなくなり、

何も問題がないという結論だけが、

強化されていった。


第三者視点は、こうして増殖した。

説明できない現象を、説明しないまま受け取る視点が、

静かに連鎖していったのだ。


世界は、このとき確かに安定していた。

少なくとも、

そう書かれた文書の数だけは、揃っていた。


そしてその一致こそが、

後に最も疑われることになるとは、

まだ誰も、記していない。

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