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影の最初の呼び声

翌日。

ダークラングはまだざわめいていた。

たった一人の少年が「傷顔のカルソ」を酒場で辱めた――その話題で。


運が良かっただけだと言う者もいた。

だが誰もが、これまで聞いたことのない名を口にし始めていた。


シエル・ダークネス。


不可解な招待


市場を歩いていた時だった。

ポケットに忍び込む手。

シエルは素早く振り返ったが、群衆の中に細身の影が消えていくのを見ただけだった。


ポケットを探ると、そこには黒いカード。

何も書かれていない。

ただ、銀色に刻まれた紋章――二本の平行線が円を横切る印。


シエルは眉をひそめた。

この印を知らぬ者はダークラングにはいない。


二本線の一族。


違法な貸付、債務、賭博を支配する影の組織。

ただのチンピラではない。

街の見えざる建築家――それが「二本線」だった。


裏には短い文。


「今夜、鉄の橋に来い。ひとりで。」



鉄の橋


夜が落ちる。

シエルは指定の場所、鉄の橋へと向かった。

錆びついた巨大な構造物が、ダークラングを流れる黒き川を跨いでいる。

違法取引の舞台として知られた橋。


冷たい鉄と湿気の匂い。

背後から響く足音。

漆黒のスーツを纏った三人の男が歩み寄る。

完璧に整えられた服装。だがその眼差しは死より冷たい。


中央に立つのは、痩せた優美な男。唇には鋭い笑み。


――シエル・ダークネス。

お前の名は、無視できぬほど速く広がっている。


シエルは沈黙を保った。


――私はリン。「二本線」の使者だ。

お前を試すよう命じられた。選べ。道具になるか、思い出になるか。


黒服の男たちが指を鳴らし、拳を鳴らした。


シエルは溜息をついた。

――押し付けられる選択は、選択ではない。


――では何を提案する? ガキ、とリンは面白がるように問う。


シエルは手帳を取り出し、白紙のページを開いた。


――契約だ。


試練


リンは嘲るように笑った。

――契約? お前と?


だが合図を送り、小さな金属製の箱を運ばせる。

蓋を開けると、中には札束と賭博用のチップ。


――これが試験だ。

一時間でこの金を倍にしろ。

成功すれば…興味を持つかもしれない。

失敗すれば…契約など二度と気にする必要はない。


シエルは金を見つめ、そして橋の下に広がる夜市を見下ろした。

そこには賭博台、違法な賭け、即席の競売。


彼は箱を静かに閉じた。

――では第一条を書こう。

「すべての賭けは公の債務。公の債務は武器となる。」



夜市への降下


リンと黒服たちの視線を背に、シエルは夜市へ歩み出た。

まずはサイコロ台に腰を下ろす。

三度続けて観察するだけで賭けない。

そして、ふいに一枚の札を置く。


――負けた。


ざわめきが走る。

ガキが鴨にされる、と。

だがシエルは平然と微笑んだ。


もう一枚。

――また負けた。


リンは眉をひそめる。

――無駄遣いか…


だがその時、シエルは立ち上がり、声を響かせた。


――聞け!

三度目の投擲で、出目は必ずダブルシックスとなる。

外れれば、俺の賭け金をすべて返す。

だが的中すれば、お前たちは倍額を払い、証人の前で履行せねばならぬ!


沈黙。

視線が交錯する。

公の場で交わされた賭け――それは誓約に等しい。


サイコロが転がる。

一投目、4と5。

二投目、3と2。


嘲りの笑いが漏れる。


三投目――

木の上でサイコロが弾み、転がり、止まる。


6と6。


驚愕の叫びが沸き上がる。


シエルは倍額の賭け金を回収した。表情は崩れぬまま。

――第二条。

「幸運を信じるのではない。幸運が契約に従うと信じ込ませるのだ。」



橋の下へ帰還


一時間後。

シエルはリンの前に戻った。

箱は札束で膨れ上がり、最初の三倍以上となっていた。


リンは数秒黙し、やがて短く笑った。

――面白い。実に面白い。


彼は近づき、シエルの瞳を覗き込む。


――これでお前は、ダークラングの影の一員だ。

だが忘れるな。契約は、我らにおいて破られることはない。


シエルは手帳を閉じ、薄い笑みを返した。

――結構。俺は書いた言葉を消すことはない。



その夜、鉄の橋の上で。

シエル・ダークネスは闇の組織の世界に、正式に足を踏み入れた。

もはやサンウィの小賢しい少年ではない。

広大な盤上に置かれた、新たな駒となったのだ。


だがその心には、ひとつの確信が芽生えていた。


いつの日か、契約に署名するのは俺ではない。

彼らが、俺の契約に縋る日が来る。

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