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ナイフの勝負

酒場には重苦しい沈黙が満ちていた。

すべての視線が、シエルと傷顔の男が向かい合う卓へ注がれていた。

木に突き立てられた短剣が、揺れるランプの光を鈍く反射していた。


男は自信に満ちた笑みを浮かべた。

――さぁ、ガキ。お前が肉でできているのか、それとも塵でできているのか、見せてみろ。


囁きが広がる。

誰もが期待していたのはただひとつ――サンウィの少年が笑い者になるか、血を流すか。


シエルは深く息を吸った。心は渦を巻いていたが、表情は石のように冷静だった。

彼は静かに指を短剣の柄に触れた。


――刃は肉を裂く。だが同時に、絆を裂き、約束を裂き、幻を裂く。


男は眉をひそめた。

――口数が多いな。

――必要な分だけだ。


シエルは短剣をゆっくりと木から引き抜いた。

だが振りかざすことはせず、商人が羽根ペンを弄ぶように指の間で回し、再び卓上に置いた。刃先は男の方へ向けて。


――もしこれをお前に突き立てたら、俺は何を得る?

――俺の尊敬か?

――違う。お前の沈黙だ。だが沈黙は取引できないし、腹も満たさない。


周囲から笑いが漏れた。だがシエルは止まらず、静かに言葉を重ねた。

――もし血ではなく、お前自身の言葉でこの刃を返したなら、得られるのは尊敬以上のもの。お前の借りだ。


空気が張り詰めた。男の眼差しが鋭くなる。

――ガキがどうやって俺を買うっていうんだ?


シエルはサンウィの老人から託された小袋を取り出した。

十枚の札を卓に置く。


――賭けだ。十枚の札とその短剣。俺が勝てば、お前は刃と沈黙を差し出す。俺が負ければ、持ち金すべてをくれてやり、この街を乞食として去る。


酒場に笑い声が広がった。だが男の目には光が宿った。金は、わずかでも抗えぬ誘惑だった。


――で、遊びは何だ?

――単純だ。好きな方の手を選べ。正しければ十枚はお前のもの。外せば、その短剣は俺のものだ。


シエルは短剣を片手に握り、両の拳を固く閉じ、前へ差し出した。


男は一瞬ためらった。痩せ細った少年の拳に目を凝らす。

ガキに狼を騙せるはずがない――そう決めて、左の拳を指差した。


シエルがゆっくりと開く。そこは空だった。


酒場にざわめきが走る。男の顔が青ざめる。

――馬鹿な……。


シエルはもう一方の手を開いた。短剣がそこに輝いていた。

彼の口元に、薄い笑みが浮かぶ。


――お前の刃は俺のものだ。そして借りは始まった。


酒場が笑いと喚声に爆発した。

だが今度はシエルを嘲る声ではない。

視線は変わっていた。そこにいるのはただのガキではなく、言葉と計算で捕食者を縛った存在だった。


傷顔の男は屈辱に歯を食いしばった。だが部下たちが彼を押さえた。

規則はひとつ――賭けは契約。契約は破れない。


シエルは短剣を腰に差し込み、心に刻んだ。


人は痛みよりも嘲笑を恐れる。

選択肢を与えることは、すでに結果を支配することだ。


その夜、借りた小さな部屋に戻った彼は手帳を開き、書き記した。


公然の契約は刃より強い。刃は人を殺すが、契約はその名を殺す。

嘲笑の恐怖は、憎しみより確かに首を締める縄だ。

常に選択を与えろ。すべての道が己の勝利へ通じるように。


シエルは横になり、短剣を傍らに置いた。

ダークラングでの最初の決闘は血を残さなかった。

だが人々の心に、見えない傷を刻みつけた。


そしてすでに、この街の闇の回廊で――

「シエル・ダークネス」という名が、新たな影となって広がり始めていた。



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