旅立ち
日々はサンウィで過ぎ去った。
だが「シエル・ダークネス」という名の響きは消えることなく残っていた。
市場では、モルト商人を辱めた少年の話がいまだ語られていた。
ある者は彼を恐れ、ある者は称賛した。
だが誰もが彼を監視していた。
ある夕暮れ、静かな徘徊から戻ったシエルを、ブリセンが待っていた。
木箱に腰を下ろし、指に煙草を挟んで。
――ここにはもういられない。と彼は切り出した。
――なぜ?
――お前の名が重くなりすぎている。この国では、重すぎる名は地に埋められる運命なんだ。
シエルは平静を装ったが、その瞳は固く光った。
――それで、どうしろと?
ブリセンは煙を吐き出しながら答えた。
――ダークラングへ行け。そこでお前の言葉が本当に通じるかどうか、確かめてこい。もし失敗すれば……少なくとも、ここではなく遠くで死ぬことになる。
シエルは何も答えなかった。
だがその夜、彼は旅支度をした。
少しの米、手帳、そして残りの札を入れた小さな袋。
出立のとき、母カジヴァーが戸口で彼を止めた。
――お前はまだ子供なのよ、シエル。声を震わせながらそう言った。
――子供は契約を書いたりしない、母さん。と彼は囁いた。
彼女は彼の頬に手を当てた。
――なら、ひとつだけ約束して。どんな人間になっても……魂だけは失わないで。
シエルは頷いた。
だが胸の奥で、すでにその約束が最も難しいものになると知っていた。