第六章 はじめての喧嘩
昨夕の診療でもう外に出て動き回ってもいいというお墨付きをもらった一平は、身体慣らしに元首邸の広い庭を散策していた。もちろん休みをもらったパールも一緒である。
二週間も寝ていて身体がすっかり鈍ってしまった。
肋骨の骨折が二週間で回復するというのは普通なら考えられない。メーヴェの腕が良かったのもあるだろうが、パールの力も半分以上関係しているのだろうと、事情を知る誰もが思った。
情けないことに、三十分泳いだだけで息切れがする。こんな事は生まれてこの方あったためしがない。いくら泳いでも息が上がらないのは、秘密でもあったが自慢でもあったのだ。
だが、早い時期に動かさずにいたおかげで回復が早かったのだとも言えた。徐々に慣らしていけばすぐ元通りの体力に戻るということなので、心配には及ばないそうだ。
パールはメーヴェに太鼓判を押してもらったのが嬉しくて、終始ニコニコと笑みを絶やさなかった。
それを見ていると一平も嬉しい。ミラに話を聞いてはいたが、ムラーラの中でも華美を誇るこの元首邸の庭園の眺めは素晴らしい。おかげで、感嘆の思いの倍増するひとときだった。
パールもこの庭は初めてである。診療所との往復しかしていなかったパールにとっても目新しいものばかりで、キャッキャと喜び、落ち着く暇もない。
手頃な腰掛けを見つけて、一平は腰を下ろした。隣にはパールが座るスペースを空けておいたが、パールは座ろうとしなかった。一平の前に立って何か言いたそうにもじもじしている。
「どうした?」
一平の問いに、遠慮がちにパールが答える。
「あのね…。もう…治ったんだよね⁈痛くないんだよね?」
「おまえも聞いてたろ。メーヴェさんの話」
「うん……」
コクリとするが、まだ言いたい事は全部ではないとパールの目が言っている。
「どうしたんだよ?」
「あのね…パール…」ちょっと黙った。「…抱っこしてほしいの」
はあ?と一平は口を開けた。
パールが期待と不安の入り混じった目で一平を見上げている。
ずっと、パールは我慢していたのだった。
パールにとって一平の膝の上も腕の中も、一番安心できる場所であった。母の胎内にいた時のように、リズミカルな音が伝わってくる。力強くて、穏やかな音楽が。
でも、その素敵な胸に耳をつける事は、この二週間の間許されていなかった。一番痛い所なのだ。夜は隣にくっついて寝ていたが、パールはなるべくそこに触れないようにしていた。
でももう痛くないのだ。治ったのだ。だったらまた触ってもいいのだ。
パールの論理はそういうことだった。
一平に抱っこしてもらうことなど、当然の権利だと思っている。
一平にはすぐにわかった。
パールが自分のことを保護者として求めているということが嬉しくて寂しい。
本当は、保護者なんかではなく一人の男として見て欲しい。
けれどパールが自分を求めていることには違いなかった。複雑だったが、拒むことなどできなかった。
一平は何よりパールの安心した笑顔を見るのが好きだった。
「おいで」
彼の一言にバールは弾かれたように反応する。
一平の差し伸べた手に身を任せ、抱き寄せてもらうと胸に顔を埋めた。
(一平ちゃんの匂いがする…)
(一平ちゃんの音だ…。あの時みたいにゆっくりじゃない。ちゃんと…治ったんだ)
―お師匠様、ありがとう―
パールは心の中で呟いた。
人の気配を、一平は感じた。
顔を上げると目が合った。
緑の髪のきかん気そうな眼差し…。ナムルだった。
「おまえは…」
そう気づくや、一平はパールを支えていた腕に力を込めた。パールは渡さないぞと、体が勝手に条件反射を起こしている。
「⁈」
一平の変化に気がつき、パールも顔を上げた。
一平の視線の先を見ようと首を回した。
「ナムル‼︎」
件の少年の姿を認めて、パールは呼び掛けた。
その声に喜びが込められているのを感じて、一平は眉を顰める。
パールが一平の腕の中から抜け出した。ナムルを歓迎に行こうと一平から離れていく。
慌てて引き戻した。
「そんな奴の近くに行くんじゃない」
一平の剣幕にパールはきょとんとする。
そんな奴、と言われた方のナムルは、一平以上に眉を顰めた。
「一平ちゃん⁈」
ナムルの話はしたはずだった。パールにちゃんと謝ってくれたこと。それほど悪い人には思えなかったこと。一平にも謝りたいと言っていたことを伝えたはずだった。だからどうして一平が怒るのか、パールには理解できなかった。それは、パールとナムルとの関係が改善されただけで、ナムルと一平の間ではまだ何の解決にも至っていないのだと、幼いパールにはわからなかったからだ。
二人は睨み合っている。一平がパールを庇うようにしっかり掴んでいる。これではこの間と同じだ。その後起こった恐ろしい結末が思い浮かび、パールの表情は一気に曇った。
「だめだよ。二人ともなんでそんなに怖い顔してるの?喧嘩なんかしないでよ。せっかく治ったのに」
再びあんな思いをするのは御免だった。それでなくとも、パールは人が啀み合うのを好まない。
パールがだめだと言うのを自分が責められているように感じて、ナムルは僅かに瞳を曇らせた。
「こいつは信用できない。忘れたのか⁈」
目を吊り上げたまま一平が言い捨てる。バールからナムルに会ったと聞いてはいたが、それだからこそ、会わせたくなかった。一平の目を盗んでこそこそとパールに近づくなんて、油断がならないと警戒心を強くしていた。
「そんなことないよ。ちゃんと謝ってくれたよ。悪い人じゃないよ」
パールが庇う。
それも一平は気に入らない。
(なんだってこんな奴を庇うんだ⁈)
「一平ちゃんにも謝りたいって言ってたよ。…そうだ。ナムルはきっと、一平ちゃんに謝りに来たんだよ。そうだよね?」
背中を丸めて毛を逆立てている猫のような剣幕の一平を、バールは必死に押し留めている。
確認を求められて、ナムルは心を揺さぶられた。
パールの言うように、謝りに来たと言えないこともないが、はっきり言ってナムルにはその算段はまだつけられていないのだ。あの件以来、初めて対面する一平に面と向かって非難されては、やんちゃな気質が呼び起こされる。「なんだと⁈」と食ってかかりたいが、パールのとりなしがあるので必死に堪えている。
素直にうんと言えば丸く収まるのだろうが、反骨精神たくましいナムルには言えるものではない。
喉が詰まって言葉にならなかった。
「ねぇ、ナムル。ちゃんと言ってよ。謝りに来たんでしょう?本当は悪い人じゃないんだって、一平ちゃんに教えてあげてよ」
パールの懸命な説得にも拘らず、ナムルは言葉を発しない。喉まで出かかっているのに、どうしてもその先に出てこなかった。
「パール…」諦めにも似た気持ちで一平は呟いた。「無理だよ。あれだけ言っても黙ってるんだ。謝る気なんか、端からないのさ」
「そんなことないよ。違うよね⁈ねっ、ナムル…」
「……」
「もうよせ。どうでもいいことだ。どうせもう、ボクたちはここを出て行くんだから」
「‼︎」
パールが思わず絶句した。ナムルもだ。
いや、ナムルのほうはさっきから一言も発していない。とんでもない事実に行き当たった、という表情に変わっただけだ。
「二度と会う事はないだろうからもういいさ」
いつになく一平は投げやりである。
「もう、帰ろう」
気分を害した、と言わんばかりにパールの手をとって一平は引き上げようとする。せっかくいい気分だったのに。久しぶりにパールの体温を肌で感じて心地好かったのに、と。
パールは―どうしよう⁈―と戸惑う。もちろん一平についていきたいが、ナムルのことも放って置けない気がした。
一平はここを出ると言った。パールはそれにもショックを受けた。このことをこのままにしていくのは後味が悪すぎる。それにパールにはまだここでやりたいことがあった。
「ナムル‼︎」
もう一度だけ、パールは呼び掛けてみた。大好きな一平に手を引かれながらも、後ろを振り返ってナムルの勇気を促した。
ナムルの名を叫んでいるパールの瞳は切なげだった。
―どうして?どうしてこういうことになるの?―
意識のない一平をミラが運んだ時のように、成り行きの向かうところの理不尽さが腹立たしかった。
パールの表情はあの時のものに似ていた。気を失った一平を心配するのと同じように、ナムルのことを心配していた。
それがわかる。
ナムルは突如意を決した。
「待ってくれ」
叫んで、膝まづいた。
「この通りだ。悪かった。俺の考えが浅はかだった。二度とあんたたちに、あんな真似はしないつもりだ。どうか、許してくれ」
ナムルの言葉には、真実の思いが表れていた。
呼び止められて振り返った一平は、彼のまさかの言動に目を丸くする。一平には、とてもナムルが自分の非を詫びることができる器であるとは思えなかったからだ。そんなことをされては却って戸惑ってしまう。
「どうでもいいと言っただろうに」
一平の方が素直ではなくなってしまっている。
「どうでもいいことじゃない。人の道に外れた行いをすれば罰されるのが当然だ。謝罪が受け入れられなければ、俺はいつまでもこの気持ちを引きずって生きなければならない。どうか、許すと言ってくれ」
ますます意外だった。
―なんだ、まともじゃないか―
一平は確かにそう思った。
ナムルはじっと動かずに一平のあ裁断が下されるのを待っていた。
パールがはらはらして二人の顔を交互に見ている。
やがて一平は口を開いた。いつまでも黙っているわけにはいかない。
「…さっきから言ってるように、ボクにしたことを言っているのなら、そんな真似は必要ない。ボクはおまえとの駆け引きに負けた。ただそれだけのことだ。…ただ、すべてを水に流そうとは残念ながら言えない。おまえたちがしようとしていたことを、ボクは容認することはできない。自分たちさえ良ければ他の人間の生命がどうなってもいいという考え方にはどうしたって賛成しかねる。…それも…よりによってパールを…こんな年端もいかない子を…」
何度思い返してもムカムカする。一平にとって譲れないのはただひとつ、パールの生命、パールの幸せだ。それを脅かすものは例え神であろうと容赦はしない。
「…それについても…本当に申し訳ないと思っている。あの計画は白紙に戻した。二度と神獣に珊瑚色の髪の乙女を差し出すつもりはない。…頭の硬い親父殿たちはどうか知らないが、俺はもうその話には関係しないと決めた」
ナムルは、自分の決心を告げた。
「それはそっちの勝手だ。ボクにそんな話をする必要はないよ。パールに手を出さないでくれればそれでいい」
それが最低限度にして最大の望みだった。
「もちろんだ」
ナムルは即答する。
今やパールはナムルにとってもただの通りすがりではなくなっていた。守ってやりたい対象になってきていた。
「もう、いいだろう。ボクたちは帰る」
敵対視した態度は崩さなかったが、口にすることには道理が通っていた。それが精一杯の一平の譲歩だった。
「また今度、お話ししようね」
去り際のパールの言葉に、ナムルは笑顔を取り戻した。
来た時の倍くらいの速さで一平は帰路を急いだ。
パールの手を離さず、ぐいぐい引っ張るように泳ぐ。
彼らの部屋に落ち着いて初めて、一平はいつもの彼らしさを取り戻した。
パールに少しでもちょっかいを出されることを思うと一平は平静ではいられない。不意打ちとは言え、一平はナムルに手も足も出なかったのだから尚更だ。一刻も早く、ナムルの姿の見えない所、彼の声の届かない所にパールを連れて行きたかった。
一平が不安でいっぱいなのに、パールはもう既にあのナムルに気を許している。それは彼女の長所であると同時に一平の頭を悩ませる問題点でもあった。純真で信じやすい。逆に考えれば、すぐ騙されて利用されやすいのだ。
彼としては、骨折も治ったので、一日も早く元の旅に戻りたかった。まだパールには告げていなかったが、事情が許せば明日にでも、この村を出て行こうと考えていたのだ。
さっきはついナムルの前で言ってしまったが、その一言はパールの心に楔となって強く打ち込まれていた。
急いでいる上に不機嫌そうな一平は口を利かなかったので、パールが話しかけて来なくても気に留めていなかった。が、パール自身はいろいろ考えを巡らしていたのである。
パールは一平の様子を見計らって声をかけてみる。
抱っこの続きをして欲しかったが、そんなことの前にパールの思いを話しておいた方がいいと判断した。
「ねぇ、一平ちゃん。パール、お願いがあるの」
再びそう言われて、一平は鼻の下を伸ばした。また抱っこしてくれと言うのかと、思ったのだ。
「なんだ?また抱っこか?」
「違うよ」
一蹴されてしまってにやけ虫が引っ込んだ。
「もう少し、ここにいちゃだめ?」
「なんだって⁈」
意外な一言だった。一平は、怪我が治ったら旅に戻るのを、パールも当然待ち侘びていると思っていたのだ。
「あのね。パール…まだ、覚えてないの。もう少しで、体の中が見えそうなの。お師匠様にまだ教えて欲しいことがあるの」
「……」
「ねぇ…だめ?あと少しでいいの。一週間でいいの。それでだめなら諦めるから」
あと一週間…。
一平には途方もなく長く思えた。
彼にはもう静養の必要はない。彼にはここでするべきことがないのだ。体力の落ちた分はここにいなくても取り戻せると思っていた。
(パールはトリトニアに早く帰りたくないのか?)
その思いが先に来る。
「もう… 二週間も足止めを食っている。ここに留まれば留まるほどトリトニアに着くのは遅くなるんだぞ⁈」
それをわかって言っているのか?一平はそう訊きたい。
「うん…」
「思っていたより、ずっと遠いんだ。遠回りだって、しなきゃならない。もう日本を出て二年も経った。この調子でいったら、一体いつになったら着けると思う?」
旅を始めた頃、十年かかったっていいと思ったことを棚に上げて、一平は言った。
「うん、わかってる…」
「それでも…いたいのか?ここに?そんなに…ここが気に入ったのか?」
責めるような口調になっていた。パールをこんなふうに追い詰めたくないと思いながらも、一平は言い止めることができない。
当然、パールの表情は冴えなくなる。
「ここの人たちは好きだよ。でも、そうじゃないの。パールは…」言い淀んだが、唇を噛み締めてまた始めた。「パールは役に立ちたいの。パールが診療所に行くとみんな喜んでくれるんだ。痛かったのが治るんだ。パールのことを待っててくれる人がいっぱいいるんだ。また、診てねって、お約束した人もいるんだ。黙って行けないよ」
他人に誠実なパールがそう考えるのはもっともだった。一平には重々わかっていた。けれど感情は言うことをきかない。
「それなら…断ってから行けばいい。今日か明日いっぱいあればできるだろう⁈ボクだって、ミラたちに何の挨拶もなしに出て行こうとは思ってないさ」
「でも…」
一平の提案にもパールは頷かない。彼はむっとして言った。
「パールはここにいたいんじゃないか。ボクと二人でいるよりずっと楽しいんだろう?だったら勝手にすればいい。ボクはおまえが一日も早くトリトニアに帰りたいんだと思えばこそ、必死でここまで来たのに。パールがそんなつもりならいいよ。好きなだけムラーラにいればいいじゃないか。ずっといればいい。ボクは一人で帰るから」
こんなことを言うつもりはなかった。パールの悪いところを嗜める時にびしっと対応してはいたが、こんなに感情的に、嫌味すら込めてパールに文句を言ったことなど初めてのことだった。
一人で帰るからいいと言われて愕然と言葉を失ったパールを見て、一平はあっという間に後悔に襲われる。
パールの目に、みるみる涙が溜まってゆく。
「…がう…」
震える唇から、否定の言葉が漏れる。
「…ちがう…違う…」
―泣かせた―
一平は動けない。
パールは泣き虫だが、一平がいじめて泣かせた事はない。
しかし今は違う。パールは確かに、一平の言葉に傷ついて泣いているのだ。悪意がある棘だらけの言葉に。
「やだ…。パールも帰る…パールも行く…。一平ちゃんと一緒にいるぅ…」
ひくひくと喉を詰まらせ、顔をくしゃくしゃにしながらもパールは主張する。それだけは絶対に譲れない。わかってもらいたい。パールは一平と一緒にいたいのだ。それが彼女の望みの全てだった。
一平が怒っている。パールなどいらないと言っている。パールが変なことを言ったから、だから一平ちゃんはパールが嫌いになってしまったんだと、絶望に打ちひしがれる。
パールが泣けば大抵は優しい言葉をかけてくれた。黙って抱きしめて頭を撫でてくれた。
でも今はパールに向かって「おいで」と言ってくれない。
言いたいのに言えないでいる一平のもどかしさなどパールにはわからない。
一平にはわかっていた。これは単なるやきもちなのだと。
偉そうなことを言ってはいても、単純に、パールがここの人々に情を移しているのが気に入らないだけなのだと。
だから泣いて一緒に行くと言われただけで、パールに向けた怒りは鎮まってしまう。
一平はそれ以上強情を張ることができずにでん、と腰を下ろした。もう勝手にしろ、と言う調子で口をへの字に曲げ、降参だと手を上げる。
一平の周りから怒りの気が失せたのがわかると、パールは怒涛のように抱きついてきた。
一平が驚いて泡を食うほどの勢いだ。この少女のどこにこんな力と敏捷さがあったのかと思うほど素早かった。
パールはただ泣いていた。わあわあ、えーんえん、ヒックヒックと、ありとあらゆる泣き方のオンパレードだった。
一平は黙って抱いてやる。一言ごめんと謝った後で。一平の胸に耳を押し付けているのがパールにとって一番落ち着けるのだと、彼にはもうわかっていたから。
落ち着きを取り戻してからパールはこう言った。
「…パールが役に立ちたいのは…一平ちゃんだよ。一平ちゃんを治すの。だって、一平ちゃん、いつもバールのせいで怪我しちゃうんだもん。パールがいなかったら、上手に逃げられるのに…」
「そんなこと気にするなよ」
パールが自分を責める必要などない。
「だって…。それなのに、パール治せなかったんだもん。この間一平ちゃん殴られた時、バール痛いの止めただけ。後はみんなお師匠様がしてくれた」
「それで充分だって…」
パールでなければ、それさえしてもらえなかったはずだ。
「だめなの。ここを出て行ったら、もうお師匠様いないもん。パールだけじゃ、どうしようもない時困るもん。それで一平ちゃんが死んじゃったら嫌だもん。パール泣くもん。パールも死ぬもん」
「ばかなこと言うなよ」
ちょっと青くなって、一平は嗜めた。
パールはいやいやをする。
「絶対死なないでよ⁈もし死んじゃっても、パールだけ置いていかないでね」
(それは死ぬ時は一緒に、と言うことか?パールはそれほど、ボクを大事に思ってくれているのか?それとも、ただ頼っている人に置いてけぼりにされることを心配しているだけなのか?)
そのうちのどれであったとしても、一平は嬉しかった。パールの心が自分の方を向いていることだけは間違いがないからだ。
彼は言った。
「死なないよ。だから、おまえも死ぬな。医術を学びたいのなら、気の済むまで教わるといい」
同じ内容を言うのに、気持ち次第でこうも違うものかと自嘲した。
「ほんとに?パール置いて行かない?一平ちゃんもいる?」
パールは不安顔だ。
「どこにも行かない。ずっとおまえのそばにいる」
一平が言い切るとパールが破顔する。
「でも、いつか必ずトリトニアに帰るぞ」
優しく細められた一平の目に、パールはにっこりと微笑んだ。




