第五章 珊瑚礁の約束
その間もメーヴェは裏庭を見渡せる部屋で一人休みをとっている。パールを自分に預けてくれている一平の信頼を裏切らないために、なるべく目を離さないように気をつけている。
ナムルは昔馴染みのミラの弟である。歳が離れているのでメーヴェはナムルが生まれた時から知っていた。性格も、どういう時どういう行動をとるのかも、大体わかっている。
ナムルが最初にパールに近づきになった経過も、仲間たちに対する居丈高な様子も、大体目にしている。ナムルの表情ひとつとってみても、ナムルがパールに好意を抱いていることはメーヴェには見てとれた。
親子ほど年の離れたメーヴェをナムルも慕っていた。
敬愛する姉の親友である。よく面倒を見てもらったし、主治医でもあった。物静かなメーヴェは何でも黙って聞いてくれ、適切な助言をしてくれる。
ナムルはムラーラの国家元首であるムムール総裁が歳をとってからできた待望の男の子で、ナムルの父親は息子を目に入れても痛くないほど可愛がった。姉のミラにとっても可愛い弟だが、父の弟に対する溺愛ぶりには賛成しかねた。
ナムルとミラとは母親が違う。ナムルの母はミラの母が他界してから嫁いできた。歳も若く、ミラとは五つしか違わない。赤ん坊の頃母を亡くしたのならともかく、ミラには生母の思い出が数え切れないほどある。成人こそしていたが、全面的に受け入れることなどできるはずがなかった。
その上にミラの男勝りの性格である。女性の鏡のような義母とは考え方の合うはずもなく、ナムルの教育についてミラが口を出せるような関係ではなかった。
それでもナムルは血を分けた実の弟だ。かわいいことは否めない。このまま甘やかされていったらどんな大人に育つかわからない。弟の将来を危惧するが故に、ミラは敢えて弟に対して厳しく接するようにしてきた。限りない愛情を以て。
ナムルはそれで救われている。自分が何をしても許される身であるとはさすがに思ってはいないくらいには、彼はまともに育っている。
父母の言う事は聞かなくても、姉のミラの言うことには一目置いて逆らわない。悪い事は悪いとはっきり示し、良いことをすれば手放しで褒めて喜んでくれる。ナムルにとってミラはそういう存在だった。子どもが本当に必要とするのはその種の人間なのだ。
ミラはメーヴェにだけは何度も相談をした。ミラのことを一番よくわかってくれているのがメーヴェだったからだ。小さい時からじゃれ合って育ち、大事な約束までかわした仲だった。
それはまだ母も存命していた、ミラが九歳の時のことだ。
珍しくミラは泣いていた。とても悲しかった。
その日初めて、ミラは母の病のことを知ったのだ。
血の病。
お医師が治すことの叶わぬ死の病に母が罹っていると。余命は少ないと。そのことを母自身も知り、生きる希望をなくしていると。そのため、病の進行も早くなっていると。
父とお医師との話を漏れ聞いたミラは、こっそり母の様子を見に行った。帳の隙間から見える母はやつれ、正気を失って死人のように見えた。
(本当なんだ。…本当に、母上は死んでしまわれるんだ…)
ミラは確信してしまった。でも、誰にも話せない。
立ち聞きをしてしまったことなど、厳格な父に知られてはならない。だから、母上を助けてとお医師に頼み込むこともできない。大丈夫だから、と母を直接励ますことも、幼いミラにはどうしたらいいかわからなくてためらわれた。
悲しみとやり切れない虚しさが、ミラの小さな胸を押しつぶしてしまいそうだった。
たまらずミラは飛び出した。誰にも見つからないところで、一人思いっきり泣きたかった。
ミラが選んだのは、元首の館から少し離れたところにある遠浅の海だった。水深が浅く、珊瑚礁が美しい。子どもは行ってはいけないと禁止されている海域だった。
いけないと言われると余計してみたくなるのが子ども心というものだ。お転婆なミラは度々そういうことをしていた。一人でする時もあったが、共犯者を作っていくこともあった。その共犯者にいつも仕立てあげられるのがおとなしいメーヴェであった。嫌だ嫌だと言いながらも、メーヴェはミラに逆らえない。一度騙されて同行させられてからは、そのことをネタにミラはメーヴェを脅すのだ。そして何回も冒険行に借り出されることになる。
その時ミラが行ったのはそういう場所だった。
それまで行ってみた場所には、危険な所や怖い所も多く、メーヴェは二度と御免だと思ったものだが、この場所だけは気に入っていた。海も穏やかで、何より色彩が美しい。そこだけにはメーヴェは一人でも足を運んでいたのだ。
まさか誰かがやってくるとは思わず、ミラが大声で泣き喚いていたところへメーヴェは出食わした。ミラは悲しみや不満を思いっきりぶつけていた。周りの事など、何も気にしていなかった。
だから、彼女のすぐそばにメーヴェがいることに気づいた時は心底びっくりした。友達はおろか、両親にもそんな姿を見せた事はなかったのに、弱虫メーヴェがぼけっとして自分を見ているのだ。
あまりに驚いたため、ミラの涙は一瞬にして止まってしまった。
ミラは慌てて涙を拭い、乱暴な言葉で取り繕おうとした。
「な…何してんだよ、こんなとこで!」
「あ…」
気が弱いメーヴェはミラが急に怒りだしたのでへどもどした。
「いつも嫌がっているくせに、なんで今日に限って来るんだよ⁈」
「…僕…」
「………」
メーヴェがうまく答えられないので、返事を待つような形になってしまう。黙ってしまうと、次に何を言ってごまかせばいいのか思いつけなくなってしまった。
仕方なしにミラはぷいと顔を背けて腕組みをした。
「ミラ…」
「……」
「…無理…しないほうがいいよ。…泣きたい時はうんと泣いちゃったほうがさっぱりするから」
泣き虫のメーヴェが言うと説得力があった。
彼は今の今までミラが泣いて叫んでいたのを聞いていたのだ。だからミラがなぜ泣いているのかという愚鈍な質問はしなかった。
そしてミラは、こんな優しい言葉をかけてもらえるとは思っていなかったのだ。
もちろんメーヴェが優しいのは知っていた。どんなに泣き虫でも、弱虫でも、ミラはメーヴェのことが好きだった。だからこそ、いつも悪いことに付き合わせてしまうのだ。
再びミラの涙腺が緩む。
頬が震える。
「…誰にも、言えないならさ。僕に言えばいいよ。僕も誰にも言わないから。ミラが泣いてたことも、絶対黙ってる」
「……」
メーヴェに口止めを迫るのはミラの役割だった。いつだってそうだった。そんなこと、今ミラは言っていないのに、メーヴェは気を回してそう言うのだ。
「一人ぼっちなんかじゃないよ。僕がいるよ。どこへだって、一緒に行ってあげるから。僕なんか弱虫で役に立たないけど、ずっと、そばにいてあげるから。だから…」
ミラはもう我慢の限界だった。
泣きたい。
思いっきり泣いて、誰かに受け止めてもらいたい。
その誰かが大好きなメーヴェなのなら、いくら恥ずかしくても構わない。
ミラはメーヴェに飛びついて、わあわあ声を上げた。
抱きつかれてメーヴェも戸惑う。慰めてあげたいのは山々だが、どうすればいいのかわからなかった。
ミラは少なくとも四半刻は泣いていた。その間メーヴェはどこへ行くことも叶わず、ずっとミラを支え続けていた。何も言わずに。
やっと嗚咽が収まると、ミラが言った。
「…ほん…とう?」
「え?」
何のことかとメーヴェは首を傾げる。
「ずっと、そばにいてくれるって、本当だね?」
「…うん…」
(そうだ。さっき、そう言ってやったんだった)
「約束…だよ⁈」
「うん…」
その気持ちに嘘はなかった。
「大人になっても、ずっとだよ」
「うん」
素直に頷いてから、メーヴェはふと思いついた。
「でも、ミラにお婿さんができたらそういうわけにいかないね」
「そうか?」
「そうだよ。だって、僕は男だから。やきもち妬かれちゃう」
「だったら、メーヴェが私のお婿さんになればいい」
ミラの提案にメーヴェは目を丸くした。
(え?お婿さん?僕が?ミラの?)
その図は想像できなかった。いつも引っ張り回されてばかりの主体性のないメーヴェでは、尻に敷かれるに決まっている。メーヴェとしては、お嫁さんは自分よりおとなしい人の方が理想的だと思っていた。
「嫌なのか?」
メーヴェが答えないのでミラはちょっと眉を顰めた。
メーヴェは慌てて首を振った。
縦ではない。横にだ。
(あれ?)
と、メーヴェは思う。そんなはずないのに、と。
メーヴェが否定してくれたので、ミラはほんのちょっとだけ微笑んだ。
「じゃあ、決まったね。大人になったら、メーヴェは私のお婿さんだ。いいな。約束だぞ」
「…うん…約束だ…」
なんとなく、流れで約束してしまった。
なんとなくした約束だったが、メーヴェは後悔してはいなかった。
その時は、それでミラが笑ってくれたので充分だったのだ。
別にメーヴェはミラが嫌いなわけではない。むしろ好きだった。
どんなに恐ろしそうな所でも、行くのが嫌でも、ミラと一緒だったからついて行ったのだ。それがミラでなければ、否と言えるだけの意思の強さはメーヴェにはあったから。
約束をしてから、律儀なメーヴェはずっとその約束を守ろうと思ってきた。
約束を交わしたきり、ミラもそのことには触れなかったが、大人になったらミラにちゃんとプロポーズをしようと、メーヴェはずっと考えていた。それぞれの進む道が決まり、大人になっても、いつかきっと、と心の奥で思い続けていた。
ミラに縁談話が降ってくるまでは。
その日は、ミラが十四歳になって間もなかった。
父親である総裁の元にミラは呼ばれた。
これからある男性に会えと言う。気に入ったら嫁に行けと言う。
ミラは目を剥いた。
何が嫌いと言って、一方的に指図されるのがミラは一番気に食わないのだ。
当然、反抗した。
父親は取り合わない。
すったもんだの末、ミラは家を飛び出した。
引き金になったのは、この縁談がミラの厄介払いのためだということに気づいたからだった。
愛娘の幸せを父親の総裁が願わぬはずはなかった。しかし、父が後添えを貰おうとしていたことも事実だった。しかも、娘とは歳が五つしか違わない。義母とそりが合わなくなるのを未然に防ぐため、ミラの結婚を急いだのだ。
総裁はミラの行き先を必死になって探した。
一番懇意にしていたメーヴェの元へも、総裁の秘書官がやってきて手がかりを求めた。
メーヴェは寝耳に水だ。
ミラに縁談が持ち上がっていることを伝え聞いてはいたが、出奔に際してはミラはメーヴェに一言も相談しなかったのだ。
(なぜだ?)
メーヴェは思った。
(なぜ、僕に一言も言ってくれなかった⁈)
だがもし相談されていたとしても、どう答えたらいいのか、メーヴェにはわからなかっただろう。
子どもの口約束とはいえ、メーヴェは真剣だったし、真面目にミラとの結婚について考えていた。立派に家庭を持つためにも、自分の夢のためにも、選んだ医師という仕事でまず一人前になろうと日々精進していたのだ。が、医師の修行期間は長く、メーヴェはまだただの塾生でしかなかったし、成人すらしていなかった。医師として開業できるようになるまでには、順調にいってさえ、あと二年の年月を要するはずであった。それまではプロポーズもできない。
そこへ急に縁談が来る。
相手はミラより三つほど年上で、既に総裁の下で働く政治家だった。家柄も格式のある名家の出身だ。
この縁談を持ち込んだのは、総裁本人だと言う。
という事は、ミラさえよければ、父親の方は一も二もなくなくオーケーだということになる。煎じ詰めれば、このくらいの人物でなければ娘の婿とは認めないと示しているようなものだ。
第一線の政治家と一介の医塾生。
この開きは絶望的だった。
ミラがこの男性のことをどう思っているのか、縁談を受け入れる気があるのかないのか、メーヴェとの約束を今でも覚えているのかそうでないのか、訊きたい事は山ほどあった。
だが、訊けなかった。
あの時以来、ミラは一言もあの約束に触れていないのだ。
約束はしたものの、状況が状況だ。動転して気が弱くなっていたので本心ではなかったかもしれないし、調子に乗りすぎたと後で後悔したのかもしれない。また、気丈なだけに、弱みを見せたことと繋がる思い出なので、忘れたがっているのかもしれなかった。そういうことも大いにあり得ると、メーヴェは不安になる。
面と向かって尋ねてそんな事は知らないと一蹴されたら、自分はとんだピエロではないか。
もしそんなことが明らかになったら、もうミラと今までと同じに付き合うことなんかできやしない。メーヴェはそれが怖かった。
自分がミラに相応しくないのなら…ミラがあの約束を忘れているのなら…このまま黙って見守っていくしかないのだろうかと一人悩んでいるうちに、気の短いミラは一人で出奔を決めてしまった。
ショックだった。
ただ一つの救いは、ミラがメーヴェではない男との結婚を諾わなかったということだけだった。
ミラがムラーラからいなくなっても、メーヴェにはどうすることもできなかった。今自分の責務を放り出してはメーヴェの将来設計も無に帰してしまう。二つあったメーヴェの夢の一つは消えたが、まだひとつは残っている。
一人の女性のことで絶望の淵に沈んでしまうほどメーヴェは情熱的でもなかったし、悲観的でもなかった。
そのことが、結果的には良い方向に導いてくれた。
メーヴェが医科を終了し、診療所を開業して人々の信頼を集めるほどの実力を身に付けた頃、ミラはムラーラに帰ってきた。
己の腕一本で諸海を遍歴した彼女は、やはり自分の居場所はここしかないと思ったのだと言う。しれっとした顔で目の前に現れてそう言った。
心配させて、と怒鳴りつけてやりたかったが、メーヴェはそうしなかった。自分と見劣りのしないほどがっしりした体格のミラを、ただ黙って抱き締めた。
それが二十歳の夏だった。
その頃には、五歳になるナムルが超生意気な子どもになっていた。
それから、ミラとメーヴェの総裁夫妻との戦いが始まる。
冷戦は水面下で続いているが、前述したように、ナムルは最低最悪の少年になることからは免れた。自分のことを心から考えてくれている姉とメーヴェを、ナムルは実の父母以上の尊敬を込めて慕っていたのだ。
ナムルは時々ふらりとメーヴェの診療所にやってくる。怪我をしていたり具合の悪い時はもちろんだが、そうでない時も息抜きをしに訪れた。
その日は珍しくメーヴェの体調が悪いので臨時休診にしていた。ムラーラの人々は健康であっても年に一度は体調を崩す。男も女も年に一度変態の時を迎えるからであった。パールと同じだ。大人になってしまうと、子どもの時のような大きな変化は現れないが、やはりどこかしら調子が狂ってしまうのだった。
そんなこととは知らず、ナムルは昼休みに診療所の裏庭が静かなのを不思議に思い、また、しめたと思い直して出向いてきた。ナムルの仲間たちの姿がないのなら、奴らに見つかることなくパールに会えると思ったのだ。
何気なさを装って、ナムルは診療所に足を踏み入れる。
診療室でメーヴェがぼんやりと瞑想に耽っていた。
「今日は休み?」
さすがに様子の違う訳に思い当たる。
「臨時休診さ。何か用か?」
「いや、別に…。しばらく寄ってないからさ。メーヴェが寂しがってるんじゃないかと思って」
またこいつは見栄を張って、とメーヴェは思うが、わざと下手に出て言ってやる。
「それはありがたいな。実は退屈してたところなんだ。休みにしたはいいけど、デートに付き合ってくれるような女性もいないしね」
退屈していたのは本当である。メーヴェにとっても、パールがいるのといないのとでは、生活の張り合いが全く違っていた。付き合ってくれる女性がいないというのも、まあ本当だ。恋人を作る暇もなければ、作る気もなかった。
風采は悪くないのに、とメーヴェの人柄をよく知っているナムルはいつも不思議に思う。そんなにお医師の仕事ってのは面白いのか?女の子といる以上に?それとも、メーヴェほどの年になればそういう情熱は失せてしまうものなのだろうか。
まだ若いナムルには答えの出せない疑問だった。まさかメーヴェが子どもの頃からずっと姉のミラのことを想っているなどとは想像すらしたことがない。弟のナムルの目から見ても、ミラはそういう女性としての魅力には欠けていたし、二人のやりとりには男女の間にあるべき情緒というものが欠片も感じられないのだから。
「情けねぇなぁ。いい年して」
半分呆れ顔でナムルは言う。
「変態中なの?それとも終わったの?」
仕事熱心なメーヴェが自分の都合で休診にする理由はそのくらいしか思い当たらない。ナムルはメーヴェの顔を覗き込む。
「…髭、伸びてるよ」
見た目にわかるのはそれぐらいであった。
「そうか⁈」
言われて、メーヴェは顎に手をやる。鼻の下ももみあげも頬もゴワゴワだった。
「そんなじゃ、誰も付き合ってくれなくても無理ないや。むさいから剃れば?」
ナムルは憎まれ口を叩くが、メーヴェは取り合わない。剃刀を取り出して言われた通りに髭を剃り始めた。
メーヴェが鏡に向かっている間に、ナムルは室内を見聞した。パールがここへ来るのは診療の手伝いのためではなく、診療法を覚えるためと聞いているので、どこかにいるかもしれないと思っている。が、面と向かって聞くのは照れくさい。
不意にメーヴェが言う。
「パールに会いに来たのか?」
どきっとして固まった。なんと返答すればいい?
「今日は来てないぞ。一平もやっと完治したからな。一日休みをやった」
答えなくても、メーヴェは勝手に話してくれた。
がっかりだが、朗報でもある。
「あいつ…治ったの?」
一平のことである。加害者は他ならぬ自分だ。
パールには謝罪をしたが、一平にはまだ会ってすらいなかった。恨みがあるわけでもない。ただ成り行きで暴力を振るった事はナムルも反省していた。致死には至らず、思いの外早く完治してくれたことにはほっとするものがある。
しかし同時に、気まずい思いもある。
会いしなから敵対してしまった相手なのだ。どんなに怒っているだろう。謝りたい気持ちはあるが、態度をあまりに豹変させるのも罰が悪い。どう謝るのが一番良いのか、考えれば考えるほどわからなくなる。再び怒らせては、あの可愛いパールとももう会えなくなるかもしれない。それも嫌だった。
「ちゃんと謝罪しろよ。パールにしたように」
「知ってたの?」
ナムルは思わず大声を出した。
「あの子は不思議な子だ。誰の心をも捉えてしまう。仲良くしたかったら兄さんのご機嫌もとっといた方がいいぞ」
機嫌をとるとは嫌な言い方だが、もっともだとナムルは思った。
「怪我が治ったらまた旅を続けると言ってたからな。早くした方がいいんじゃないか?」
治ったら旅を続ける。当たり前のことだが、初めて気づいた。
もう治ってしまったとも聞いた。
もう、あの少女に会えなくなってしまうのかと思ったら、いてもたってもいられなかった。
ナムルは血相を変えて診療所を飛び出した。
元首邸へ向かって。
「青春だねえ…」
誰にともなく、メーヴェは呟いた。哀惜の思いが滲み出ていた。




