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第四章 診療所

 メーヴェに来るようにと指示された所はメーヴェの診療所だった。

 一平たちが収容された元首の館からは、それほど遠くない。すぐ裏だと言ってもいいくらいだが、何分にも元首邸が広すぎる。

 ミラが不案内のパールを先導して行った。

 診療所と言っても病院名を記した看板などはない。門扉にかろうじて医師の印である両手を翳したような紋様が刻まれているだけだ。

 中は何人入っても対応できるように、余計な飾りや家具じみたものは取り払われている。患者が楽に座ったり横になったりするのに必要なものだけがあるといった感じだ。既に診察は始まっていて、患者が何人か待っている。

 ちょっとした広場のような待合室の向こうには、お定まりの診察室があった。診察室と待合室を隔てる帳を引き上げてミラが来訪を告げると、中からメーヴェが姿を見せた。

「やあ、来たね。待っていたよ」

 優しく促されて、パールは診察室に入っていく。

 診察の切れ目らしく、中には誰もいなかった。

 メーヴェに挨拶をしてから、パールは診察室の中をきょろきょろ見回した。

「診察室が珍しいかい?」

 メーヴェが尋ねた。

「…うん…」

「お医師に厄介になったことがないんだね。結構なことだ」

「ううん、違うの」

「ん?」

「パール、小さい時からいつもお医師様に診てもらってばっかりだったの。でも、診療所には行ったことないの。トリトニアにも診療所はあったけど、パールの所へはいつもお医師様の方から来てくれてたの」

「…まさか、寝たきりだったのかい?泳ぐのに不自由していたようには見えないが…」

 メーヴェとて往診業務を扱っていないわけではない。それどころか、患者を運ぶより出向いた方が迅速な場合も少なくない。それは海人の医師の診察する患者の八割が怪我人であるからだった。が、小さい時からいつも、というのは、今のこの子の状態を見る限りでは考えられない。

「生まれつき、どこかが悪かったのかい?」

 訊かれてパールは知っている限りのことを答える。

「あのね。パール、うんとちいちゃく生まれたの。本当は、生まれた時に死んでてもおかしくなかったんだって。だから、身体も同じ歳の子よりちっちゃいの。すぐ、病気になるの。動けなくなっちゃうの。だからいつもお医師様の方が来てくれてたんだ」

「ふむ…」

「未熟児だったのか…」

 共に来ていたミラも呟いた。

「でも今は元気そうだね。何か発作の起きる病気なんかはないのかい?」

 もしあれば心得ておくべきだろう。この子のためにも、あの一平という少年のためにも。

「うん、大丈夫。ちょっと疲れやすいだけ」

「体力がないんだな。道理でよく寝ると思った」

 昨夜それほど遅くまで起きていたとは思われないのに、今朝迎えに行った時、とうにお日様は高いのに、パールはまだ夢の中だったのだ。それを知っているミラは呆れたように言った。

「兄さんが過剰に心配するわけだ。それでよく、旅なんかしてるな。一日にいくらも進めないだろうに」

 医師として、あまり歓迎したくない行動だ。命を縮めているようなものだ、とメーヴェは思う。

 パールはちょっと寂しそうな顔をした。

「そうなの。…一平ちゃんだけだったらもっと速いのに。…パールがいるからなかなかトリトニアにつけないの」

 自分が一平の足を引っ張っていることは、パールは充分すぎるほど自覚していた。

「だから、パールは自分のできることを頑張るの。一平ちゃんが怪我しても、早く治せるように覚えるの」

 それはこの間もこの少女の言っていたことだ。

 ひたむきで真剣に、この子は医療を学びたがっている。子どもの興味半分ではない。

「そうだったね。じゃあ、早速始めようか。今日はまず見学だ。また患者を入れるから、邪魔にならないように、その辺で見てなさい」

「はい」

「ミラはもういいよ。帰りは僕が送って行くから。一平の診察もあるしね」

 さっさと再開の用意を始めながら、メーヴェはミラに言い渡す。

「…私は邪魔か?」

 パールの二倍はありそうな体格ででんと構えながらミラが問う。

 意外なことを訊く、と言わんばかりにメーヴェが顔を上げた。

「当然だ。部外者は立ち入り禁止だ」

 薄情にも、きっぱりと告げた。

 少々むっとしながらも、「今日は暇だったのに」とか、「メーヴェではパールの話相手にはならん」とか「私はパールの騎士(ナイト)のつもりだぞ」とか言いながら、ミラは退いて行った。

「ミラ姉さん、ありがとう。明日も来てね」

 無邪気なパールの言葉が、最後にミラの心を和ませた。


 パールは実におとなしく、しかも興味津津でメーヴェのすることを見ていた。いい加減飽きて他の遊びを始めても良さそうなものなのに、メーヴェのそばを片時も離れず、一つも見逃すまいと頑張っていた。

 翌日はその合間に患者を呼び入れたり、薬を渡して代金を受け取ったりすることを手伝わせてもらった。

 患者が帰ると質問攻めをし、診察のための気功術を習う。こればっかりは論理と知識だけではどうにもならない。訓練が必要なので毎日繰り返し練習する。

 薬についても、どんな患者に何のため、どんな薬を処方したのか、つぶさに記憶しようとする。記憶力の良いのは自慢の一つだった。

 一番知りたいのは怪我の処置の仕方だ。パールにとっては切実な問題だ。だが、症例が都合よく転がってくるわけではないので、時間がかかることを承知しておかなければならない。

 毎日メーヴェに教わるのと同時に、実際に施術をしてみることもある。主に、患者の気持ちをリラックスさせるための歌を歌うことだ。幹部に手を当てる事はよほど緊急の場合でなければやらなかった。

 下手にパールの噂が広まって癒しの力だけを頼ることになっては、パールが去った後のことを考えると具合が悪い。

 それでも人の口に戸は立てられぬ。パールの歌が気持ちよいことは、この時期診療所に一度でも来たことがある者ならば皆知っていた。

 そのうちにメーヴェはパールの歌を麻酔に利用することを思いついた。聴いただけで懐かしい気持ちになり、心が落ち着き、安らげる。その上に痛みまで引いたと一平が証言している。しかも、その効力は、月日を追うことに強まってきているらしいのだ。

 ある時、フカに噛まれて子どもが運ばれてきた。恐怖と痛みのためあまりに泣き叫んでばかりいるのでパールに歌ってもらったところ、ものの二、三分で子どもは静かになった。まだ血は止まっていないのに痛くはないと言う。そのおかげで暴れていた子どもを無理矢理押さえつけなくても治療をすることができたのだ。

 一平の思惑とは裏腹に、パールは診療所になくてはならない存在になってきつつあった。


 パールが一日中診療所に出かけているので一平は退屈を持て余していた。身体の自由が効くのであれば真っ先にパールの護衛に駆けつけただろうし、その必要がなければ見聞を広めるため出歩くか、身体の鍛錬に励んでいただろう。

 地上であれば、怪我の入院ならば本を読むこともテレビを見ることも可能であったが、ここではそのどちらもありはしない。知識や情報を自分のものにするには、対人関係を作って相手から引き出すしかないのだ。どちらかと言えば匿われているような状態の一平には、それも思うに任せない。

 ただ、皆無ではない。メーヴェもミラもいる。

 パールに肩入れ中のメーヴェは置いておくとしても、ミラの方も一平たち二人にはかなり関心があった。パールの方はメーヴェに独り占めされてしまったので、専ら一平の世話焼きに努めている。

 世話を焼くと言っても、どうもこの女性は女らしいことが苦手というか、向いていないようで、きめ細やかな気遣いやしっとりとした物言いができない。もちろん料理も毛嫌いしている。獲ったものをほとんど手を加えずすぐ食すのが一番おいしいのだと信じて疑わないところがある。

 従って、ミラが一平にしてくれた事は、話し相手の一語に尽きると言っても過言ではなかった。

 一平の方にも聞いてみたい事は山ほどあった。ここはトリトニアではないにしても、同じく海を住まいとする人々の集落である。地上生まれの一平には見るもの聞くもの全てが新しく、興味深いものであった。

 一番聞いてみたいのはトリトニアのことであったが、同じ海人と言っても数千キロも離れた場所では、人づて、風の噂にそのような国があるらしいということぐらいしか伝わっていない。具体的な場所も、国の成り立ちも、生活習慣も、大亀のドンに聞いた以上の事は知ることができなかった。

 だがおおよその見当はつけられる。気候は別として、生活環境にそれほど大きな違いがあろうはずはない。海の中にこのようなしっかりした建物があること自体が脅威だったが、それも可能なのだとの認識を新たにすることができる。同じように、食生活についても衣服その他の習慣についてもこんなものなのだと、肌で納得できる。

 人々の食べているものはやはり海藻が主食だ。邸の周囲には海藻の密集して生えている森や林がある。一部は畑だそうだ。副食の魚を獲るのは素手でもできるが、主に銛や槍を使っている。遠くから狙うのには、その方が便利なのだ。

 そういう道具がトリトニアに存在するという事はパールから聞いていたし、父の形見の品にもあった。しかし、海の中で人々がそういうものを鍛え、作り出しているということは一平にはどうしても信じられなかった。鉄は熱いうちに打て、という諺があるように、地上で使う金属のほとんどは、高熱で溶かして柔らかくして成型するのだ。火の使えない海の中でできるわけがない。

 だが、実際に金属は存在していた。

 ミラの説明によると、ここでは鍛冶屋は火を使わない。お医師と同じように、そのための修行を積んだ術師は思念で金属の分子の配列を変えることができるという。つまり、テレキネシスだ。

 物体の分子は個体の時は動かず、液体になると動き回る。それが高じると気体となるのだ。分子を動かせれば金属は柔らかくなり成型がしやすくなる。そういう力を持っていなければ、鍛冶屋にはなれないのだった。

 この話だけでも驚愕に値したが、さらに驚いたことには、一平の見たことのない金属がムラーラに存在すると言う。

 ミラが実物を持ってきて見せてくれた。

 光を発する剣だ。オリハルコンという金属でできている。白く明るい光の中に虹の七色が浮かぶ。オパール色の光だ。

 しかし、剣の刃自体を見ることはできなかった。鞘に収まった剣の傍らに、元となる金属の塊が置いてある。そこから発する光が剣の光と同じだという。

 ここでも希少価値だというその金属の光を、一平は見たことがあると思った。

 どこでだろう。自分はこの光を知っている。それもごく身近で見たことがある。


 記憶を探って辿り着いたのは二年前の出来事だった。

 翼の死を悲しむが故に、自分自身を責めるが故に、自分の殻に閉じ籠ったパール。無防備状態の彼女を守る不思議な球体、トリトンの壁。その球の放つ光の色だ。

「光を発しているだけではない。このオリハルコンには様々な力が秘められている。正の力と負の力が同居する諸刃の剣だ。破壊する力と生み出す力。二つの力は持ち主の心を汲み取り、発動する。道を極めた勇者だけが、手にする資格があるのだ」

 ミラが説いた。

「あなたが、その勇者なの?」

「…そうだ…と言いたいところだが、これはお守りだ。現実問題としては形骸化している。剣は使い手を選ぶのだ。手にするに能わざる者は剣が拒む。今、このムラーラでこの剣を抜けるものは一人もいない。こうして、箱に入れたまま運ぶことしかできない。情けない話だが」

 ミラに渡され、少々気後れした。大事なものなのではないのか?

「こんな所に持ってきていいの?」

 思わず一平は尋ねた。

「ちゃんと係の者に断ってある。誰も抜けないのだから、実際には何の価値もないものだ」

「総裁であるお父上でもだめなの?」

「ああ。残念ながら」

「ミラも試したの?」

「成人した折に、一度な」

 つまり、その後は一度も試していないのだ。

「…不思議な話だね…」

 一平は剣を見下ろして呟いた。ミラもこの剣には思い入れがあるのか、幾分口調がしんみりしている。

「いつかこの剣を手にできる者が現れるだろう。だが、それは世の乱れる前兆と言われている。大きな危機を救うためにこそ、オリハルコンは存在する。だからそのような者は現れないに越した事はないのだ」

 が、毎年のように試儀は行われる。いざと言う時にオリハルコンを振るえる勇者がいなければ、ムラーラの未来も閉ざされるからだ。

 ぼお、と仄かに光る塊と剣を一平は見つめ続けていた。その光には心惹かれるものがあった。パールの歌と同じように、なんだか無性に懐かしい気がする。

 触ってみたいと思ったが、触ってはいけない気がして一平は言い出せなかった。また、試みても抜けるわけがないと思った。

 この金属の威力を見てみたいものだと思ったが、剣自体はそれを望んでいないと主張しているように見えた。だったらそっとしておいてやったほうがいい、と生き物に対しているような感覚を覚えた。

 手にした箱をミラに戻す時、剣がきらりと輝いて挨拶したように、一平は感じた。


 パールは毎日ミラに付き添われて診療所に通っていた。

 一日一平と離れているのは不本意だったが、詰まるところは彼の為と考えて頑張っていた。その代わり、元首邸に戻っている時には片時も一平のそばを離れようとしなかったし、メーヴェを引っ張るようにして急いで帰ってきては、べらべらと一日の報告に余念がなかった。

 拙いパールの話は時々訳がわからなくなるが、一平は根気強く聞いてやる。苦痛ではない。面白い。我が子の成長をほほえましく見守る親の心境に似ていた。

 時々、釘を刺す。知らずに失敗を犯すことがままあるからだ。終始そばにいてやることができないので余計心配であった。普段から一平の忠告には唯々諾々と従うのに慣れているパールには、それも当たり前のことと思えた。

 心の柔軟なパールは診療所に慣れ、ムラーラの人々に慣れ、ここでの生活に生きがいを見つけるようになっていた。

 メーヴェの元での修行は生易しいものではなかったが、過酷なものでもなかった。病弱だということが明らかになったことでもあり、きちんと休憩を取るように取り計らってくれる。むしろ強制的に休ませていると言っていいかもしれない。

 昼休みは特に長かった。

 診療所の裏にはちょっとした庭があり、腰掛け用の岩だの、鑑賞用の美しい海生生物だのが植わっている。そこでパールは弁当のワカメを食べたり、魚達と遊んだりする。昼寝をしたい時は中で休ませてもらう。それから歌を歌う。狭い建物から抜け出して、のびのびと大きな声で朗々と歌う。

 当然、魚たちが集まってくる。

 聞きつけた海人も寄ってくる。

 その一番手がナムルだった。


 彼が謹慎を命ぜられたのは元首邸の裏手に設けられている私邸の中だ。総裁の家族がそこで起居している。ナムルの部屋はその中でも高い位置にあり、加えて診療所の裏庭に面していた。届いてくる美声に聴き惚れたのは誰より早かったかもしれぬ。その主が例の珊瑚色の髪の人魚とわかってからは、昼休みに聞き耳を立てるのが日課になってしまっていた。

 謹慎が解けてナムルが一番にした事は、その人魚に会いに行くことだった。いつものように裏庭に出て歌っていたパールにそっと忍び寄り、声を掛ける。

「歌、うまいんだね」

 不意に発された声に驚いてパールが歌い止める。

 声の主が先日自分と一平を襲った少年であることに気づいて、くるりと身を翻した。

「あ、待って」

 ナムルが慌てて引き止める。その声に失望と懇願の響きを感じ取り、パールは振り返った。

「この間はごめん。悪かったよ。姉貴に散々詰られた。もうあんな事はしないから、逃げないでくれないか」

 あの時のナムルとは別人のように穏やかだった。パールは思わず警戒心を解いて少年の顔を見つめた。それでも、自分の方から近づいていくのはためらわれる。この人は一平を殴って怪我をさせたのだ。

 ナムルの方がゆっくりと、でも急いで泳ぎ寄ってくる。

「…兄さんの…具合はどう?」

 一平の容体を聞いてくること自体が、ナムルが気にしていることの証明だ。本当に悪いと思っているのだとパールは感じた。

「まだ…歩き回っちゃいけないの。でも、元気だよ」

「そう…」

 ナムルは元気の一言に、ほっと胸を撫で下ろしたように見えた。

「お医師様が診てくれたから大丈夫。パールもいるもん」

 そう言うことでナムルの心を軽くしようと、パールはごく自然に振る舞っていた。ナムルは目元を綻ばす。

「メーヴェだろ?うん、あいつなら心配ないよ。俺もしょっちゅう、世話になってる」

 さもあろう。あのやんちゃぶりでは生傷も絶えないのに決まっている。

「あんた…パールって言うんだってな。癒しの力があるんだって?」

 姉のミラに聞いたのだろう。安心したナムルは目の前のか弱そうな少女を観察しながら言った。十一歳だと聞いたが、どう見ても九歳位にしか見えない。会話を交わしてみて、口調も考え方も見た目通りの幼さだと、ナムルは思った。こんな小さな子にナイチンゲールのような力が備わっているとはなかなかに信じ難い。

 ナムルの問いに少女は戸惑いながら答えた。

「パール…よくわかんないの。でも、いろんな人がそう言うの。パール、歌うの好きだし、歌うと一平ちゃんの怪我も良くなるみたいだし、だからもっとしっかりしたいの」

「しっかり…って?」

「お医師様に、教わってるの。診察と治療のやり方を」

「メーヴェに?」

 だからこんな所にこの子がいるのか、とナムルは思った。

 診療所の裏庭と元首邸の間にはナムルのお気に入りの海藻の林があり、彼は一人になりたい時はこの林に来ることにしていた。ここに生えている海藻の種類はナムルの好きなものが多かったし、姿を隠すのにもちょうどいい。海藻に向かって八つ当たりすることもある。人や岩に向かってするより、他人にも自分にも迷惑が掛からないので、短期なナムルには重宝する場所だった。

「…もう…戻らなくっちゃ。お師匠様、きっと待ってるから」

 こうして話しているととても悪い人には思えないのだが、一平が心配する。ここはなるべく早く引き上げた方がいいと、パールの中の何かが忠告していた。

 落ち着かなげに去ろうとするパールをナムルは引き止めた。今度は手首を掴まれた。

 やっぱり怖い人なのか?とパールが後退る。

「また…会ってくれるかい?訪ねて行ってもいいかな?」

 こんなことを言われるとは思わず、パールは目をぱちくりする。

「話してくれるだけでいいんだ。頼むよ…。あんたの兄さんにも謝りたいし…」

 謝りたい、と聞いて、パールは顔を輝かせた。

(ああ、やっぱり、悪い人じゃないんだ)

 そう思って、にっこり頷いた。


「あのパールって子、可愛いな」

 誰か一人がそう言ってから、パールの噂は瞬く間に広まった。特に若者たちの間に。

 ナムルの配下の者たちがたむろしている。

 まだ大人でもないくせに一人前でいたがる粋がった連中だ。

 年頃は一平とそう変わらない。が、老成して見える一平と比べるとやんちゃ坊主の集まりに見える。実際にパールの年齢の方ににより近い者の方が多い。

 きかん坊の彼らにしても、皆若者である。必要以上に自分の力を誇示するところもあれば、女の子にうつつを抜かす年頃でもあった。そんな彼らの間で、パールは噂の的になっていたのだ。

 優秀なお医師であるメーヴェの元に、まだ成人前のあどけない少女が見習いとして付き従っている。無邪気で素直で幼稚だが、技術を習得しようという熱意はいっぱいで習熟度も早い。何より少女の笑顔が患者の気持ちを和ませ、歌声で安らかな心地になれる。

 そんな噂を確かめよう、一目見ようと、メーヴェの診療所にはこのところ若者の患者が多くなってきている。

 明らかに冷やかしと思われる者は、メーヴェに門前払いを食ってこっそり裏から盗み見る。運良く中へ入れてもらえた者は、噂の真偽の程をことさら大袈裟に吹聴し、仲間の興味関心を煽った。

 若者たちの連日の訪問に業を煮やしたメーヴェは、昼休みの間だけ裏庭の解放を許可することにした。過日パールが歌を歌っていてナムルに会った庭だ。診療所で用のない時、昼の休み時間などに、パールはこの庭で休憩するのを日課としていたのだ。パールから目を離さないでほしいと一平から言われていたので、パールのムラーラでの行動範囲は実に狭いものだった。

 パール自身はメーヴェ医師の仕事を覚えるのに夢中だったので、そのことを不自由に思ってはいなかった。元々誰にでも屈託がなく、分け隔てせずに接する質であり、自分のことを気に入ってくれる知り合いが増えることが不快であろうはずがない。まして、若者たちは、パールの可愛い姿を見るのと共に、パールの歌を聴きに来てくれるのである。楽しいひとときがパールの生活に潤いを与えていた。

 面白くないのはナムルだった。

 珊瑚色の髪の少女を見つけて神獣に差し出すべく捕える計画を立てたのはナムルだ。計画の実行に失敗してみて初めて、ナムルは間近で件の少女を見た。思った以上に幼く儚げで可愛かった。少年を抱え上げたミラに離れずついて行った姿は、いじらしくて同情を誘うものだった。パールが自分の目の前を通り過ぎて行くのを見て初めて、ナムルの胸に苦い後悔の念が湧き起こったのだ。

 姉のミラがいくら理詰めで諭して聞かせようと、感情的に責め立てようと、パールのあの姿を見ていなかったら、ナムルはおとなしく謹慎してなどいなかっただろう。

 他の若者たちの例に漏れず、ナムルはパールに心を奪われてしまっていたのだった。

 謹慎が解けてやっとあの子と話をする機会を得た矢先に、彼の仲間たちも少女の周りに群がり出していた。ライバルの数のあまりの多さにナムルは苦虫を噛み潰す。

 グループリーダーなのであるから、「この子に手を出すなよ」と、唾付きを宣言しても良さそうなものだが、そこまでの度胸はないらしい。いや、その種の度胸と言うべきか。

 かといって、皆と一緒になってパールの歌を聴くべくたむろしているのも威厳が保てなくなりそうで、硬派で通しているナムルにはできない。

 結局のところ、時折乱入して行っては、召集だとかサボるなとか一喝して、パールの元から少年たちを追い払うことになる。

 その度パールが申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい」とか「皆を怒らないで」とか言うので自己嫌悪に陥る。

 パールを困らすつもりではないのに。自分のわがままなのに、と。

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