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第十三章 視察団

 一平はパールを横抱きにして連れて行った。体力の消耗を少しでも和らげるために。

 パールは一平の首に腕を回して捕まっている。

 出会った当初よりはだいぶ成長したとは言うものの、パールは相変わらず小柄で細い。身長差は未だに四十センチ近くあった。そうして抱き上げていると、兄妹と言うよりは親子ほどの違いがある。加えてパールの仕草までが父親に甘える幼児そのものなので、余計にその感が否めない。

 今日のパールはいつもより更に元気がないため一層そう見える。

 診療所ではメーヴェが目を丸くしていた。随行してきたナムルを見て事の次第を悟ったが、今更どうすることもできない。しょうがない奴だと呆れると同時に、自分を気遣ってくれたナムルの気持ちも嬉しい。それ故、責めることも感謝の言葉を述べることもできなくなってしまう。

 メーヴェが口を開くより先に一平が言った。

「…この子がお役に立ちたいそうです。ボクの言うことなんか聞きゃあしない。恨み言のひとつも言いたくなります」

 すまなく思うと同時にほっとしている自分を身の裡に感じつつも、メーヴェは一平の心境を慮らざるを得なかった。

「いくらでも…いくらでも後で聞こう。ありがとう…」

「一緒に居させてもらいます。悪くなりそうならすぐ連れて帰りますからね」

 不本意も甚だしい一平はメーヴェの礼に素直に応えることができない。それでもメーヴェには一平の気持ちが痛いほど伝わった。

「当然だと思う。この子の状態を一番よく把握しているのは君だからね。

 もっと落ち着いて話をしたいがそうもいかず、早速メーヴェはパールを手当ての必要な患者の所へと誘った。

 毒消しを要する患者はひとところに集められていた。

 苦しそうに喘いでいる者、紫色に腫れ上がって意識のない者など、見るからに重症そうだ。

 前回一平も患者の運搬を手伝ったが、彼が関わったのは軽傷者ばかりだった。現場に駆けつけたのが遅い方だったので、今目の前にしているような重症者は優先的に運ばれて行った後の事だったのだ。

 一目見て眉を顰めたくなるような有り様なのにも拘らず、パールは落ち着いたものだった。症状が重いことを口にしたり、慌てて騒いだりすることで、患者を余計刺激したり不安にさせたりしてはいけないと、早いうちにメーヴェに鍛え込まれていたのだ。純粋でナイーブな彼女のこと、この状況を見て心が痛まぬはずがない。気丈さを保つよう心しているのだとすれば、大変な努力をしていることになる。熱があるためにぼおっとして感覚が鈍くなっているのかもしれないとも思えた。

 が、パールは黙々と患者の患部に手を翳し、一心不乱に何かを念じている。

 メーヴェが前述した通り、三分前後で血色は戻り、呼吸も楽になっていく。その様を眼前に見せつけられて一平は心を打たれた。パールの瞑想している姿は神々しくさえあった。


 次々と患者を回ってゆくが、合間にいつもの笑みは現れない。やはり相当の重労働を自分に強いているのだ。

 一平がそう思った途端、まるで糸が切れたように、パールは意識を失った。十一人目の治療を終了した直後だった。傍らの一平を振り仰ぎ、虚ろな目をくるりんとひっくり返した。

「パール‼︎」

 一平の叫び声にメーヴェが飛んでくる。

「馬鹿野郎。またギリギリまで我慢しやがって」

 苦々しげに言い捨てる一平を押しのけ、メーヴェがてきぱきと処置をする。その顔がいつになく険しく曇った。

「…やはり無理だったか…」

「やはり?」

 一平が聞き咎めた。

「どういうことです?メーヴェさん、あなたは…こうなることがわかっていたんですか?」

 堪らず、食らいついた。

 メーヴェは失言したと心の中で舌を出す。穏やかなくせに、時々ぽろりと人の神経に触ることを言ってしまうのだ。ミラに時々指摘されるのでその都度反省はするのだが、これも性分らしくなかなか改善されない。特に最近出会ったこの少年に対してはそうだった。

 よく言えば、一平がメーヴェにとって気のおけない人間だからであり、悪く言えば、一平がパールのことに関してだけはカリカリしすぎるからであった。

 この時もメーヴェは取り繕うのに大汗をかいた。パールの主治医を自認するメーヴェとしては、こう何度も倒れられては安心できない。しかして、彼は滅多に下さない決断を下す。

「これは…滅多なことではしない方法なのだが、やるしかないだろう」

「え⁈」

「生気を送り込んでみる。回復が早まるはずだ」

「生気を?」

「そう。首筋に盆の窪と言う凹みがあるだろう。一番吸収が早い場所なのだ。そこへ直接生気を送り込む」

「……」

「少々倒れることが癖になってきている。これはまずい」

「そんな方法があるのなら…なぜ今までしてくれなかったんです?」

 責めを含んだ言われ方をしたのに、メーヴェは尤もだと目元を綻ばせた。

「こちらの生気を送り込むのだ。それは即ち施術者の消耗を意味する。患者が元気になった分だけ医師の方は弱ってしまう。その後の治療に支障を来たすからな」

 一平ははっとする。そういえばそうだ。施術の後は確かにパールはくたくたになっている。あれが気力と体力の消耗でなくてなんだろう。

 今、この人まで力を弱らせてしまったら、一体誰がこの人たちの治療をするのか?

 それはまずい、と思ったが、時はもう遅かった。

 メーヴェは既にパールに施術を始めていた。

 

 頭を傾けて盆の窪がよく見える位置にし、そこに唇を接する。人工呼吸で息を吹き込む時の要領に似ていた。

 一平はどきっとしたが、メーヴェは意識を集中して生気を送り込んでいる最中らしく、ピクリとも動かない。

 ―いやだ―

 メーヴェがしているのは純粋な医療行為なのに、一平はやきもちを妬いていた。

 ―ボクだってまだそんな所に触れたことないのに―

 まるで、パールが既に自分のものであるかのように、彼は憤っていた。それでも止めることなどできない。パールの元気な笑顔こそが彼の最優先の望みだったのだから。

 実際にはどれくらいの時間がかかっていたのだろう。長いせよ短かったにせよ、一平にとって何時間にも感じられた事は確かだった。

 やがてパールが目を開ける。

 一番大切な人と尊敬する人のまなざしがパールの顔に降り注いでいた。

「あ…」

「もう大丈夫だ。休め」

「帰るぞ。パール」

 続けざまに言われて、意識が混乱する。

「…患者さんは⁈」

 パールは倒れる前のことを思い出すと尋ねた。

「後は何とかなる。ご苦労だったね」

「…ほんとに?…」

「ああ。応援も到着した。ゆっくりおやすみ」

 メーヴェに優しく言われてパールはそのまま信じ込む。

「おいで」

 差し伸べられた大好きな腕に向かってパールは手を伸ばした。二人の部屋へ帰るのだ。

 が、その時。

 どやどやと、急に待合室の方が騒がしくなった


「お医師どのはおられるか?診療所の責任者にお会いしたい。出て参られよ」

 大声で呼ばわっている者がいる。

 ここは診療所だ。迷惑行為だった。

 メーヴェが冷静な中にも不快気な表情で応対に出た。自分も消耗すると言っていた割にはしっかりした足取りである。

「責任者は私です。所長のメーヴェですが」

「うむ。長老方の視察だ。案内及び説明を頼む」

 なんとも横柄な口の利きようである。声の大きなこの男は下っ端役人らしく、後ろに五人ほどの紫のマントに身を包んだ老人たちが控えていた。要するに、先触れだ。

 この度の神獣の暴走に一番頭を悩ませているのは彼らだったかもしれぬ。過去綿々と続いてきた施政者たちの治世には今だかつてなかった出来事が、今このムラーラを襲っているのだから。犠牲になった人々の状態を、実際にその目で把握しようと動いても何の不思議もない。

 但し、礼節は守って欲しかった。高い地位にある者であっても、病人に対する配慮を忘れてもらっては困る。

「お役目ご苦労様です。しかしながら、ただいま当方は診療の修羅場と化しております。一刻も早く手当てをせねばならない者たちが大勢控えております。今しばらく、お待ち願えませんでしょうか」

 丁重に、メーヴェは断った。医師としては当然の対応だろう。診療所は患者第一だ。

「おぬし、表で長老様方を待たせると言うか!恐れ多くも、高貴な御御足で、このような所までご足労されたのだぞ。無礼であろう」

 居丈高なのはどこの役人も同じか、と嫌でも聞こえてくる大声に一平はため息を吐いた。

「何も外で待てとは言うておりませぬ。恐れながら、長老様とは言え足腰はご丈夫と伺っております。奥に寝ている私の患者たちよりは遥かにお楽なはずです。今休憩できる所に案内させますから。こちらの事情もお察し下さい」

「う…うぬ…」

 役人は、長老たちの護衛も兼ねた武官らしく、厳つい顔と丈夫そうな体躯をしていた。が、頭はあまりよろしくないと見えて、一方的に命令することしか脳がない。二の句が継げないでいるのを幸い、メーヴェは踵を返し、別室でてきぱきと指示を出した。

「パール。せっかく回復したばかりですまないが、隣のサラさんの所へ行って、部屋を貸してくれるよう頼んできてくれないか。おまえはそのまま帰っていいから」

「はあい」

「ボクが行ってきますよ」

 パールが素直に返事をするので、一平は慌てて出しゃばった。

「長老方をお迎えするのだ。よく見知った者が頼みに行ったほうがいい。だが、心配だろうから一緒に行ってくれて構わないから」

 メーヴェの言う通りに、一平はパールを連れて隣の家へ使いに行った。


 診療所の隣に住むサラという中年の女性は、おおらかでおしゃべりなおばさんだった。以前にも似たようなことがあったらしく、聞かれもしないのに、三年前の視察の時の話をしてくれる。その時も役人たちが難癖をつけるので、メーヴェが手を焼いていたと腹立たしげに教えてくれた。

 そんな話を聞いては帰るに帰れない。メーヴェが困っていると思うと、放っておけずに引き返してしまった。

「なんだ。帰っていいと言ったのに」

 戻ってきた一平をメーヴェは意外な目で見た。パールの体調を何が何でも尊重していたくせにと。

「ここで寝かせてもらえばいいことです。悪いけど、なんだかあの人たち、心配です。ボクなんかでも、何かの役に立つことがあるかもしれない」

 そう言って、一平は背中の大剣を手元に下ろした。

「おいおい。物騒だな。ここでそいつを振り回すような事はやめてくれよ⁈」

「わかりません。状況次第では…」

 一平に過激なところがあることをメーヴェは気がついていた。妹思いで、くそがつくほど真面目で真っ直ぐで、自分にも他人にも厳しいかと思うと、甘かったりもする。大剣の主だと言う事は、並大抵の神経の持ち主ではないということでもあり、忍耐力があるのはもちろんだが、一度(ひとたび)火がつけば、獅子奮迅の戦いを繰り広げるだけの炎を身の裡に抱えているということでもあった。

 メーヴェが武道がからっきしだめなために、妹の師匠に万が一のことがあってはと危惧しているのだ。だが、それほどの状況になるとはメーヴェには思えなかった。人数こそ多いが、皆年寄りだ。それなりの地位も学識もある人たちに対し、剣が必要だとは思えない。

 一平とて全て力ずくで片付けようとは思っていない。話し合いで何とかなるのならその方がいいに決まっている。

 彼らは視察に来たと言った。

 仮にも総裁の相談役の職にある人々だ。

 気に食わないのは役人の態度だった。知恵が回りそうにないので危ないのでは?と言う気がしただけだ。

 だが本当に危ないのは、頭の古い老人たちの頑固な考え方の方だったのだ。

 

 応援の医師を割り振り、急いで診察に区切りをつけてから、メーヴェは視察団を引き入れた。

 さすがに長老たちは、神妙な面持ちで犠牲になった人々の間を回っていた。メーヴェの診療所はそれほど広くない。全部を見て回るのに、そう長い時間はかからなかった。

 長老たちは、この状況についての論議を始めた。メーヴェの診療室に九人もの人間が詰め込まれた。 

 奥の寝台にはパールが横になり、傍らでは一平が腕組みをして見張りをしている。 

 長老たちはメーヴェに説明を求めた。患者の人数、病状の程度、治療の方法とその期間、後遺症の有無などだ。

 メーヴェがごく一般的な答えを返すと、長老の一人、レスが尋ねてきた。

「前回犠牲者が出た時とどうして違うのかね?この間の者たちは、既に回復して復職している者も多いというのに」

「それは…」

 パールが今回よりも元気だったからだ。あの時は今より遥かに多くの人数をパールは手当てした。

 長老の中には医術に詳しい者もいた。前回の方が異常だったのであり、今回も普通より早く毒が抜けた患者を何人も見て疑問に思っていた。更に、巷より漏れ聞くナイチンゲール出現の噂がある。問い詰められてごまかしきるには、状況証拠が多すぎた。

「その少女に合わせてもらおうか」

「本当にナイチンゲールなのか、実際に見せてもらいたいものだ」

 パールのことを聞き出した長老たちは当然のようにメーヴェに要求する。

「彼女は病弱なんです。今日も無理をして倒れたので、多くは治療できませんでした。勘弁してやってください」

「せっかく来たのだ。一目、確認だけでもしていきたい」

「ですから…今、彼女は眠って…」

 メーヴェが押し止めるのを気にも留めず、ソルトと言う長老が声を大きくした。

「メーヴェ門下のパールとやら。お顔を見せられい」

 奥の部屋へ声をかけつつ近づいた。 

 体格のいい少年に行く手を遮られ、ソルト長老は眉を顰める。

「誰だ?おぬしは?」

「一平といいます。パールの兄上です。今月の成人の式の折りに大剣にてご披露しました。ご覧になりませんでしたか」

 メーヴェの説明を聞いて、ソルトは思い出したようだった。

「ふむ。…そんなこともあったわな。…なるほど、大剣じゃ」

 一平の手元の剣に目を落とす。

「そこをどかれい。ナイチンゲールとやらを拝顔するだけじゃ」

「女子の部屋です。ご遠慮ください」

 一平は一応丁寧に言ってみた。

「誰に向かってものを言っておる?見れば他国人(よそもの)のようだ。知らぬのなら教えて進ぜよう。わしはムラーラ長老団のソルト。口答えは許さんぞ」

「妹は病気です。そのような大声を出されては困ります。顔だけご覧になりたいのなら、ここから一瞥で充分でしょう」

 長老の威光を笠にきた態度に臆することなく、却って堂々として一平は対した。

「無礼者!そこを退けい!」

 随行の役人が剣の柄に手を掛けて一平を威嚇した。メーヴェが止めに入ろうとすると、弱々しい声がピリピリした雰囲気を破った。

「…一平ちゃん…」

 パールだ。

 寝台から起き上がり、不安そうな目をこちらに向けている。

 パールの声は、人を惹きつける声だった。歌わなくても、口から出ただけで生き物のように空気や水を震わす。誰もが動きを止めて、どこから聞こえてくるのか目を彷徨わせる。

 長老たちはその姿を見た。一平が身を翻してパールの元へ移動したからだ。

「これは…」

「なんと…」

「珊瑚色の髪ではないか」

 珊瑚色の髪と聞いて、一平の柳眉が立つ。

 彼らが何を連想しているのか嫌と言うほどわかる。

 メーヴェが慌てて帳を引き寄せた。

「ご覧の通り、まだ幼女です。お気は済みましたでしょう。そろそろ問題の話し合いに入った方がよろしいのでは?」

 長老たちは、ここでメーヴェの見解を参考に神獣対策を話し合おうとしていたのだ。

 資料を取りに行くふりをして、メーヴェは一平に耳打ちする。今のうちに裏から帰れと。

「僕は大丈夫だから。君の気持ちは嬉しいが、とにかくパールをここから出さないと」

 同感である。

 一平はパールを連れて退去した。


「おや、来ていたのか?」

 帰ろうと外に出た二人の前にミラが現れた。一平に抱かれているパールがあまり元気がないようなのに気がつくと言った。

「まさか…施術をしてたんじゃないだろうな?」

 ミラはメーヴェから、先日またパールが倒れたと聞き及んでいた。ここへ来たのは、神獣が暴れたとの報を受けたためだったので、そう察したのだ。

「メーヴェが、呼びつけたのか?」

 メーヴェらしくないと思いながらも、それしか考えられなかった。

「違いますよ。パールが自分で来たいと言ったんです。ナムルから話を聞いて」

 ミラは眉を顰めた。弟がどう言ったのかは、大体想像がつく。

「大丈夫か?病後の身には堪えただろう。すまなかったな」

 パールの髪に手をやり、ミラは優しく労う。

「ミラ姉さんが謝ることないよ。お師匠様が生気をくれたから大丈夫。平気だよ」

 パールの返答に、ミラは安堵するより先に驚いた。

「生気移しの術を施したのか⁈」

 よほどのことだ。状況はかなり悪いのだ。

「メーヴェは?」

 消耗しているに違いない。ミラは急にメーヴェのことが心配になる。

「今、長老団だと言う方たちが来て、話をしています。一緒にいようと思ったのですが…」

 ミラの顔が険しくなった。

「いや…。おまえたちは帰った方がいい。メーヴェのことなら心配するな。私がいてやるから」

 ミラはいつになく憂えた表情をしていた。

 一平は思った。この人がいるなら大丈夫だ。大事な人を守る力のある人だ。


 翌日、パールは総裁の元へと呼ばれた。

 当然、一平がパールを一人でやるわけもなく、役人と押し問答の末に、一平は総裁の謁見の間へ同行した。

 おおよその見当はついていた。総裁ムムール以下十人の政務官と五人の長老が座っていた。加えて何人かが警備などにあたり、更に参考人として、メーヴェとミラまでもが呼ばれていた。 

 二人は不快な様子を呈していた。

 メーヴェにしてもミラにしても、このムラーラに立ち寄っただけの一平とパールを公の場に出すことには抵抗があったのだ。

 そもそも二人を元首邸に引き込んだことをミラは父親にも話していなかった。元首の館は広い。ミラに与えられた居住区だけでも十部屋相当ある。顔の広いミラが友人を泊める事は珍しくないことだったので、二人を滞在させても気にする者はいなかった。

 メーヴェの診療所での経緯からミラが問い詰められることになった。二人を匿ったのは、元を糾せばナムルの蛮行から出たことだ。できればその話はしたくない。いずれ総裁の後を継ぐはずの若者に、これ以上の醜聞を重ねさせたくないという姉心からだった。

 しかし、父や長老たちの耳に入ったからには、これ以上の隠し立ては無意味だと、ミラは悟る。潔い彼女は往生際も見事だった。総裁たちは散々青くなったり赤くなったり、百面相を繰り広げることになった。

 一平たちが伺候してくるまでに、既に論議は白熱していた。それまでに、もう何度も神獣対策についての話し合いの場は持たれている。若い政務官たちの中には退治の説を唱える者もいたが、長老団の五人は結束を固めて反対していた。

 五人の長老たちの中に、占者が一人いる。件の、珊瑚色の髪の乙女を差し出せと言う占をはじめに占ったのが、このシャアという占者だった。

 そもそもこのムラーラには、珊瑚色の髪をした者は極端に少ない。一般的には黒や緑が多く、探し出すだけでも一苦労だ。そこへ持ってきて、この話は正しく生贄である。簡単にこの大役を引き受けるものなどいるはずがない。

 実はモースという長老の孫娘も珊瑚色の髪をしていた。が、やはり血を分けた孫は可愛くて、とても進んで差し出すにはなれない。そのため、志願者を募る、などと言う策を持ち出して強行しようとしたのがモースだった。

 パールが呼び出されたのは、まさにこの件でだった。昨日診療所で目にした珊瑚色の髪の少女。明らかに他国人とわかる少年の妹だと言う少女、即ちムラーラの住人ではない少女。その少女を説得して、神獣の元へ差し出そうと言う目論見のためだった。

 どうやって言いくるめようか、どのくらいの補償を出せば引き受けてくれるのかが、論争の焦点になってきつつあったのだ。



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