第十二章 試儀
一平がミラを訪ねて行った時、武術場はひっそりとしていた。
門下生たちは建設現場に借り出されて一人もいない。ミラ一人がのんびりと留守を預かっていた。
「何事…ですか?」
「時々こういうことがある。人が足りないとよく奴らは借り出されるのさ。力仕事だったら鍛錬にもなるし、発注者のほうも進行が捗る。門下生達には社会勉強にもなるし、道場にいくばくかのお礼も入る。悪いことなど何もないさ」
言われてみれば尤もだ。こういうシステムは日本にはない。
「あなたが留守番なんて、なんだか似合いませんね」
引退者でもできそうな仕事をミラがしているのでおかしくなった。が、ミラの方はちっとも面白そうではない。
「女はいらんのだそうだ。男神を祀る神殿なので、女が関わると穢れるのだと」
憤りを隠そうともせずにミラは吐き捨てる。
(それは男尊女卑なんじゃ⁈)
ミラが怒るのは尤もだと思った。
七、八年前ならば、もっとミラは食い下がっていただろう。女性の地位の向上のため、必死で権力に向かってきたミラも、我を張るだけではなかなか認めてもらえないといつの間にか悟るようになった。長いものには巻かれろ、と言うやり方は未だにできないが、それなりに聞く耳を持って熟考するようになってきている。そんなことも一平は話に聞いていた。
何を考えているのかわからないところは、こんなところからミラが身に付けた処世術なのかもしれない。それはそれでこの人らしいと、一平は納得した。
「今日も、稽古か?」
一平がこうしてやってくる事は珍しくない。ミラは用向きを察して言った。
「ええ…。お時間、ありますか?」
「そんなこと見ればわかるだろう。尻から根っこが生えそうなんだ」
そんなことをひどく弾んだ声で言う。
何本か打ち合った後で、ミラは席を外した。
再び現れた彼女は見たことのある箱を持っていた。
「それは…」
一平は言いかけて絶句した。
件の剣オリハルコン。ムラーラの守りの剣が中に入っているはずだった。
その表情を見て、ミラは説明の必要がないことを知る。
「私が何をしてしようとしているのかわかるな?」
「……」
わかっていたが、頷けなかった。
「おまえに、これを試してみたい」
「…ミラ…ボクはムラーラの人間じゃないんですよ⁈」
「勇者がムラーラ生まれだとはどこにも謳われていない」
屁理屈だ。
あまりに当然のことなので謳われていないだけだ。
「この剣が鞘から外れればいいのだ。全てはオリハルコンが判断する」
「……」
「そんなに深刻になる事はない。抜けるとは限らないのだから」
「無駄ですよ。こんなこと…。この剣は望んでない」
「なぜそう思う?」
「なぜって…。そんな気がしただけです」
「そんな気がすること自体が可能性の大きさを示しているとは思わんか?」
「思いません!」
―そんなことないよ―
声が聞こえた気がして、一平は周りを見回した。
「どうした?」
「いえ、何も…」
空耳か。
「すぐに済む。抜けるかどうか、試すだけだ。抜けなくても恥じる事はない」
(そういう問題じゃない)
一平は思った。
ではどういう問題だ?
自分はなぜこれほどまでにこの剣を試すことを拒んでいる⁈
―今はその時じゃない―
自分のではない心の声が聞こえた。
(誰だ?)
「我を張るな。いい事は何もないぞ。そら」
ミラは箱から剣を取り出して無理矢理一平の手に持たせた。
不思議だ。この間箱ごと持ったときにはそうでもなかったのに、前より重く感じる。
「内緒で持ち出してきたんだ。早くしないか」
早くしろと言われても…。
「内緒って…じゃあ、禁を犯してきたんですか⁈」
「まぁ、そうとも言う…」
ミラは鼻の横を掻いた。
呆れてものも言えない。国の守りと言うからにはとても大事なもので、国を救う英雄を見極めるための行為なら、正式な儀式を必要とするのではないのか。
「どうせ、正式に申し入れたって、またあの長老たちがごちゃごちゃ言うに決まっている。許可が下りるのに何年かかるのやら知れたものではない」
「だからって、無断で…」
「しのごの言うな。もうおまえも同罪だぞ」
「えっ⁈」
なんて人を嵌めるのが自然なんだ。
「さあ抜け。抜かんと…大怪我をするぞ!」
ミラはいきなり飛び退って抜刀した。寸鉄を入れずに大上段に振りかぶってくる。
「うわ‼︎」
一平は慌ててこれを受けた。オリハルコンの剣の鞘で。
「ふん。しくじったか」
(しくじったって⁈)
ミラは刺客と化したわけではない。そんな理由は何一つない。
だが、真剣だ。
さっきまで打ち合っていた相手とは別人のようだ。殺気がある。
ミラにとって、これは真剣勝負だった。稽古とは違う。
一平の剣技の向上を見極めた上で、それ以上の力を引き出そうとしている。一平は年の割には大人びているが、だからこそ自分を抑えることができる。いや、抑えすぎる男だと、ミラは見てとっていた。
ミラにとっては大した理由でもなく拒んでいる剣を抜かせるためには、実力行使しかない。剣を抜かなければ危うい状態に追い込むしかない。
裂帛の気合とともにミラが打ち込んでくる。両手で掴んだ剣で受ける。打ち合い、離れ合う。一呼吸すらおかずに、また間合いに踏み込んでくる。間断なく打ち込んでくるミラはまるで鬼神のようだった。
(このままではやられる)
防御一方でどうこうできる相手ではなかった。
(なぜ、ボクなんだ⁈)
そう思いながら、一平は自分の大剣を探す。使い慣れ、だいぶ手に馴染んできた剣だ。休憩するときに肌から放した。
瞳の動きでミラもそれと悟る。使わせてなるかと、剣の先で遠くへ跳ね上げた。
武術場の天井に鞘ごと突き刺さる。
すごい力だ。道場の天井や壁が怪我防止のためのクッションの効いた材質であったせいでもあったが、三キロ近くある大剣を剣先だけですっ飛ばし、突き刺させる。なかなかできることではなかった。
泳いで行って引き抜けば簡単に手にできるが、そんな暇はない。ミラの狙いは正確でスピードがある。少しでも気を抜けば確実に一太刀浴びせられる。
一平は剣を抜かぬままに苦戦を強いられる。自分でも、なぜこんなに抜刀することに抵抗があるのかわからなかった。これは自分が他国人であるという拘りのためだけではない。
決着がつかぬままに、時間ばかりが経過する。
いつしか力比べになっていた。二人は背中合わせの姿勢で剣同士の力比べをしている。息を吐いただけでバランスが崩れそうだ。
―ピシ―
微かな音が一平の耳朶を打った。
鞘から剣を抜く時の音だ。
続いて剣が鞘走る音。頭上から聞こえる。
最前天井に突き刺さった大剣が鞘から抜けて落ちてくる。
より重い刃の方が次第に下を向く。その先にあるのはミラの頭だった。
察した時には頭上五十センチくらいの所に迫っていた。
―キイイイイィン―
危ないと思った瞬間、一平は剣を抜いていた。
目にも止まらぬ早技で引き抜き、ミラの頭上を薙ぎ払う。
間一髪で大剣は軌道を逸れた。
白い光があたりを包み、眩くて目を開けていられない。
少し離れた所に、真っ二つに折れた大剣が落ちていた。
もつれ合って倒れた一平の左腕から血煙が一筋立ち上っている。
鞘を抜いたためバランスが崩れて、ミラの力に対抗しきれなかったのだ。ミラの大剣が擦ったらしい。
何が起こったのかミラにも一瞬わからなかったが、倒れた一平の右手に中剣が輝いているのを見て、我に返った。
「…やった…」
嬉しくて瞳がうるうるしているが、まだ体全体に出せない。
「これが…勇者の力…勇者の証し…」
ミラらしくもなく、ぶつぶつと呟いている。
一平も驚いていた。
が、不思議な安心感もある。
―やっと会えた―
確かに、そう思った。
二人が冷静さを取り戻すのには少し時間がかかった。身体の方も極度の緊張を保ち続けていた後だ。脈が戻り、思考力が回復するまで、二人は何も話さず、しばらくぼおっとしていた。
また、悩みが増えてしまった。
今まではいくらミラはがそうではないかと口にしても、推論でしかなかった。が、一平がオリハルコンの剣を抜いたという事実は、ついに彼を伝説の勇者だと結論づけてしまった。今現在ムラーラにそういう者は一人もいない。彼が唯一無二の存在、勇者である。そしてこれは彼一人の問題ではない。
好むと好まざるとに関わらず、一平はそれを証明してしまった。公式な試儀ではないにしても、クリアしたのはミラという証人が見ている。
―ムラーラに危機の訪れし時勇者現わる―
ここではそう予言されていると言う。
確かに今ムラーラは危機に晒されている。
と言う事は、一平がここに来たのは偶然ではなかったと言うことなのだろうか?来るべくして辿り着き、出会うべくしてここの人々と知り合いになったのだと⁈
そして、この危機を回避するべく、勇者の資質を露わにされたのだ。
ミラはそう信じて疑わない。
―ボクに何ができる?成人したとは言え、まだたった十五歳のボクに。知識も生きる術も、未熟だらけのボクに―
受け入れることはできた。
オリハルコンは彼を呼んだ。一平には剣の声が聞こえたのだ。
そうだ。間違いない。何度か一平の心にが語りかけてきたのは、オリハルコンの剣の心の声だったのだ。
咄嗟の危機に、体が勝手に動いた。いや、動いたのは確かに自分だ。ただ、剣に後押しされただけだ。
抜くのはまだ早い、と言っていた剣は、この時には危ないと忠告していた。抜け、薙ぎ払え、と叫んでいるのが刀身から伝わってきた。
ミラに賜った大剣は、オリハルコンに叩かれて折れてしまった。それほどの力がこの剣にはあるのだ。そして一平自身の手に。
大剣はミラが鍛治職人に鍛え直しに出した。一両日中には元の姿で手元に戻ると言う。
どうやってオリハルコンを持ち出してきたのか知らないが、ミラはあの後剣を戻しに行った。よもやそんな事はないとは思うが、総裁の娘ともあろう人がこそこそしている様を想像するとおかしかった。
ミラは今のところは誰に言うつもりもないらしい。この危機がにっもさっちもいかなくなった時、切り札としてこのことを持ち出すつもりでいるようだった。
(それって、ボクの肩にムラーラの命運がかかっているって言うことか?冗談じゃないぞ)
いくらたった二人で冒険を続けているからといって、そんな度胸があるわけがない。いきなり背負えと言われてはいそうですかと頷く心構えなんかできてはいない。
だから今から心しろと言うのか。
何をどうしたらいいのかわからないのに、たった一人でこの重圧に耐えろと?
一平はこんな所にはいたくないのだ。パールに危険が及ぶかもしれない場所にいつまでもいないで、さっさと旅立ってしまいたい。だが、その一方で、ムラーラの人々は一平の存在に重要な糧を与えてくれた。足蹴にはできない。受けた恩は返したい。
その恩返しがこれなのか?明らかになった力を役立てろと?オリハルコンは諸刃の剣だとミラは言った。持ち主の心を汲み取り、発動するのだと。
ではさっきのは…さっきのはどういう気持ちだったのだろう。
危険を回避するため?ミラの身に降りかかった危険を?
守りたいと思った時に、剣は動いた。それまでは抜こうとすら思わなかった。こんな、抜けたり抜けなかったりという不安定な状態で、このボクに一体何をしろと言うのだろう?
考えても考えても、答えは出なかった。
数日後、パールの病状が再び悪化する。
一旦は回復して元気になったように見えたが、再び診療所に戻ったパールには、よりたくさんの患者が待ち受けていた。例の事件で手当を受けた人から噂が広まったのだ。
ぜひパール本人に施術をしてもらいたいと名指しの注文が相次いだ。疲れるからとメーヴェが断ると、さっきの人にはしてくれたのにどうしてだめなんだ、ここは患者を差別するのかといきまく人までいる。そうまで言われては断るに断れず、結局パールが自ら施術を買って出る。
診察するには集中力と体力がいる。施術はそれ以上だ。並以上の力を持つパールにとっては消耗も大きい。元々が虚弱なので、そうは保たない。すぐにまた寝込むことになった。
一平には怒られる。この間注意したばかりだろうと。わかってはいるが断れなかった。パールは優しいのだ。
それも一平にはわかっている。
わかっているからこそ腹立たしい。辛いのはわかるが、いくら患者だからと言ってこんな子どもに無理をさせるなんて。
メーヴェに対してもそれはぶつけられる。あなたがパールを診療所で人目に晒さなければこんなことにはならなかったのにと。言っても詮ないことだが言ってしまった。
パールは困る。
お師匠様は悪くない。一平ちゃんの気持ちもわかる。自分がわがままを言って、無理に頼み込んだのがそもそもいけなかったんだと、二人が怒ったり困ったりしているのを見ると悲しくなる。
話を聞いて見舞いにやってきたミラに口を滑らすと一笑に付された。
「それはしょうがないな。一平はおまえが大事なんだ。心配なんだよ。何が悪いって、奴を怒らせるほどかわいいおまえが一番いけない。パールは一平の大事な大事な妹なんだからな」
『妹』と言う言葉にミラは妙に力を込めた。
横では一平が身の置き場がなくてそっぽを向いている。
「そうなの?一平ちゃん⁈」
無邪気に訊く方も訊く方である。
普通はそんなふうに図星を刺されたら心にもないことを言って逃げ出すものだ。だが、それではパールは本気にしてしまう。それがわかっているので一平は言った。
「そうだよ!おまえはボクの大切な妹なんだからな。よく覚えとけ」
本当は『妹』だなんて言いたくなかった。
でも、ミラの前だ。
それに、どういう言葉に置き換えたらいいのかもわからない。
パールは微笑んだ。
『妹』じゃないので、本当は何だろう?、とちょっと疑問に思った。
少し起き上がれるようになったパールの元へナムルが凶報を持ってきた。
また、神獣による被害が出たと言うのだ。
メーヴェがてんてこまいしているから、少しだけでも何とか来てもらえないかと言う。
「ばかを言え。パールは昨日まで起き上がれなかったんだぞ」
一平は一蹴する。
「わかってるさ。だけど、みんな毒素にやられて死にそうなんだ。こればっかりはパールにしかできないことだろう?」
「まるっきりできないわけじゃないだろう。お医師をいっぱい呼んで何とかしろ」
「呼んでるさ、もちろん。だけど足りないんだ。このままだと人死にが出る」
死人が出ると聞いてはじっとしてはいられない。
パールは動き出す。
「何をしてる?」
一平が止める。
「…行かなきゃ…パール…」
「阿呆。また倒れたいのか」
「だって…パールが行かないと誰かが死んじゃうんでしょ?」
「……」
一平には返す言葉がない。言葉を選ばぬナムルが恨めしい。あんなことを聞いてパールが自分だけのうのうと養生していられるわけないじゃないか。
「メーヴェさんの指示じゃないんだろう?」
むしろ静かな声で、一平は訊いた。
「メーヴェは…パールには言うなって言った…。けど…あんな苦しそうな人たちを見てたら、俺、黙っていられなくて…」
それは彼なりの正義なのだろう。しかし今の一平にはそうは聞こえない。
「師匠の言うことじゃないなら行く必要はない」
パールを抑えながら、ナムルと押し問答をする。
「だめだよ、一平ちゃん。きっとお師匠様だって、本当はパールに来て欲しいはずだよ。見殺しにすることになっちゃうよ」
そんなことはわかっている。けれど、行かせたくない。どうなるかは目に見えている。
「一平ちゃん…」
行かせてと懇願するパールの瞳を一平はまっすぐ見つめた。
医術を学びたいとメーヴェに頼み込んだ時と同じだった。
パールには意志がある。崇高な願いが。
それを止める事は難しい。そして許されない。
けれど、止めたかった。パールを守るために。
(どうしたら止められる?)
パールでさえなければ、平手打ちを食らわせるか殴るかして寝台に沈めてしまえばいい。
でも、相手はバールだ。
二人の押し問答を、ナムルははらはらしながら見ていた。
確かに出すぎた真似かもしれないとは思ったが、こうした方が人々のためになるのだと、ナムルは短絡的に考えた。
この二人の意思は固い。
どちらかが屈する時は、永遠に来ないような気さえした。
そのナムルの目にやがて飛び込んだ光景に、彼は飛び上がった。
一平がパールを押し倒している。
寝台の上に馬乗りになった身体をパールに押し付けていた。一平の大きな体躯に覆われて、パールは髪しか見えない。
口づけをしているのだと思った。
(なんたること!この二人は兄妹じゃないか)
突然のことに止めることもできない。
だがそれはナムルのを勘違いだった。
パールの両手を広げて自分も重なるようにしたのは、パールの容体を肌で感じようと思ったからだ。パールやメーヴェのように身体の状態を見る力などない一平には、掌だけを翳しても何もわからない。全身全霊で触れてみたら、少しは感じることができるかもしれない。そういう思いからだった。
そして、もう一つ。
パールに伝えたかった。自分がどんなに彼女のことを案じているかを。一平に感じる力がなくても、パールなら感じ取れるかもしれない。全身で触れていれば。
「ボクには…ムラーラの人々全部の命より、おまえの方が大切だ…」
額と額を合わせ、目を見て囁いた。
「…行かせない…」
パールは小さい。パールは非力だ。
並より大きい一平の身体がのしかかっていて動けるはずがない。
身動きを封じたのだ。ナムルはそう解釈した。
そこまでしても、結局パールは我を通した。
一平の気持ちは嬉しい。ずっとこうしててくれるのなら何もいらないとパールは思った。正直、施術のことなどどうでもよくさえなった。一平の言う通りにしているのが、彼女には楽だし心地よいのだ。
彼の胸に耳をつけて心臓の鼓動を聞いているのもいいが、こうしてすぐ目の前に一平の端正な顔があるのもたまらない。しかも、彼は目を瞑ってなどいない。いつもの優しい優しい眼差しで、じっとパールを見つめている。
パールの心はとろけてしまいそうだった。心地よい眠りの中へこのまま入っていってしまいそうだった。
一平は行かせないと言う。
(うん。行かないよ)
魔法にかかったように、パールは素直に思う。
―おまえの方が大切だ―
(パールも。パールも一平ちゃんが大切)
―ムラーラの人々、全部の命より―
(ムラーラの人、全部死んじゃっても?)
―大切だ―
(全部?お師匠様も?ミラ姉さんも?ナムルも?)
―おまえが大切だ―
涙が溢れた。
パールは腕を回した。一平の首に。
押さえつけていると言っても、一平は渾身の力を込めているわけではない。身動きしようとしたパールが逃げようとしているのではないことぐらいは、彼にも感じ取ることができる。
「一緒に来て…」
一平の耳元で、パールは言った。
「一平ちゃんが連れてって。パールを見張ってて」
「……」
「お願い…」
どうしても行く、とパールは言うのだ。一平に心配をかけるのを承知の上で。すぐそばにいて、力を貸してくれと、パールはそう言うのだ。
抗えるははずがなかった。
一平の意思を揺るがせ、彼を従えることができるこの少女にだけは。