宇宙ゆく卵の上で
僕らの乗る宇宙船は、巨大な石ころの上に、建物のようにへばりついている。孵化したばかりの幼魚が卵のなごりをお腹に抱えているところを想像してみてくれ。僕らの宇宙船の場合、魚の部分よりも卵の部分のほうがずっと大きいので、遠くから見たとすると、ロケットというより建物みたいになってしまっている。
そんな宇宙船での僕らの仕事は、石ころから資材を削り取って建物を拡張すること(石ころはすごく大きくてリサイクルもするので資材不足の心配はほぼない)。ベッドルームやキッチンはもちろん、トイレ、シャワー付きバスルーム、人工森林、メディカル・ルーム、資料庫、トレーニング・ジム、エネルギー・リアクター、推進エンジン、RCS、コックピット(という名目の展望室)、磁気シールド、食糧や消耗品や機材を生産する各種工場などなど、地球人が送信してくれた設計プランのおかげで、今では何でも揃っている。そうして施設をちょっとずつ快適に造り変えながら“第二の地球”を目指すのだが……途方もなく長い眠りから覚めたばかりで、宇宙船の目的自体、つい最近知ったというありさまだ。放射能除去と全身サイボーグ化の技術を手に入れて、長旅に耐える目処がついた僕らは、人工冬眠からのサルベージに成功したクルーを集め、この船に地球人が託した望みを叶えてやろうじゃないか、ということになった。そこでひとまず、溜まりに溜まった指令書を時系列順に分析検討し、生存報告を兼ねた質問状を地球へ送り返した。手元の設計プランが時代遅れや間違いになっていては困る。
地球とのやりとりには時間がかかる。質問状の返事が届くまでのあいだ、安全確実な設計プランや修理をこなすつもりで、その作業だけでもかなりの時間を潰せると考えていたのだが、自律型ロボットのみで工事を回すシステムが完成して以来、ヒマな時間が増えた。
……で、ここからが本題。ヒマになってみると、出番などないはずだったレクリエーション・ルームが突如、クルーの注目を浴びるようになった。
レクリエーション・ルームには、おおまかに分けて二種類の遊戯台がある。クルー同士で対戦するタイプの遊戯台と、コンピュータが対戦相手になるタイプの遊戯台だ。コンピュータ相手の遊戯台は、要するにスロットマシーンのたぐいで、僕はすぐ飽きてしまったのだが、あるときクルーとの雑談中「あんなものインチキじゃないか、コンピュータが確率を操作してるんだろ?」と愚痴をこぼすと、レクリエーション・ルームでよく見かける奴が、「インチキだろうとヒマ潰しになりゃいいのさ」と言った。
彼はスロットマシーンが好きだと言うが、僕としてはどうも彼の思考回路を理解しかねる。テキトーに付き合えばいい?インチキだと分かってるのに?結果にこだわらないならスロットマシーンなんかやめればいいじゃないか!
インチキだと分かっているけどスロットマシーンで遊ぶのをやめないクルーの態度は、好きにも嫌いにもなりきっていない中途半端な状態なんじゃないか?と思うのだ。僕と違って彼はクルー同士の付き合い方も上手い。トラブルも悪口も彼に関しては聞いた覚えがない。しかし、誰とでもそつなく付き合うかわりに、いつでも彼は他人との距離感を保ち、“退路を確保している”というか……相手のことを好きにも嫌いにもならないように態度を保留しているような気がする。
おわり