勇者は副業、でも魔王は俺の上司でした
「伊藤マサトさん! 世界が滅びます! 出勤をお願いします!」
またかよ、と思いながら俺はデスクに突っ伏した。
パソコンのモニターには、終わらないエクセル地獄。横には、上司からの「今日中に頼む^^」メール。
そんな俺の前に、長耳のエルフ美女——シルフィアが立っていた。金色の髪がキラキラしてて、異世界感満載だ。
「勇者様! 魔王軍が王都に迫っています!」
「俺、今日は残業なんだよな……」
シルフィアはうるうるした目で俺を見る。
くそ、そういうのずるいんだよ。
「わかったよ。副業の時間だろ? ちょっと行ってくるわ」
「さすが勇者様!」
彼女が詠唱すると、俺の足元に魔法陣が現れる。
そう、俺・伊藤マサト、26歳。ブラック企業勤めの社畜だが、異世界では勇者業を副業としてやっている。
⸻
眩しい光の後、目を開ければそこは異世界。王都の城壁が燃え、魔王軍のモンスターたちがわんさか押し寄せていた。
「うっわ、またスライム系かよ」
俺は腰の聖剣を抜いた。ギュインと金色の光が走る。
「行くぞ、副業モード!」
聖剣を振れば、スライム軍団が蒸発。ドラゴンが吠えれば、俺の雷撃で感電。
どれもこれもワンパンだ。異世界スキル、チート性能だしな。
「す、すごい……!」と、シルフィアは感動してるが、俺はただの作業感しかない。
「こっちは副業だからな。時間かけたくないんだよ」
「……はい」
⸻
数時間後、魔王軍は撃退された。
王様は金貨の山を差し出し、シルフィアは泣きながら俺に感謝してくる。
「これで……これで世界は救われました……!」
「よし、んじゃ俺、そろそろ帰るわ。明日も朝イチで会議だし」
俺が帰ろうとすると、シルフィアが俺の袖を掴んだ。
「勇者様、最後に……これを」
彼女が手渡してきたのは、黒く濁った結晶石だった。
なんだこれ、新手の報酬か?
「それは……魔王軍の次の侵攻先を示すものです」
「次? あいつらまだ諦めてなかったのかよ」
俺はなんとなく、その結晶を覗き込んだ。
次の標的がどこの国か、確認しとくか——
そう思って、覗いた瞬間。
「……は?」
俺は固まった。
結晶の中に映っていたのは——
俺の会社だった。
ビルの外観。見覚えがありすぎる、あのボロい社屋。
しかも、そこに立っているのは、俺の直属の上司・黒川課長。
ニヤリと笑い、黒いオーラを纏っていた。
「黒川……てめぇ……」
心臓がバクバクした。いや、嘘だろ?
だって、あいつ——
「勇者様。我々の世界と、あなたの世界は……すでにつながり始めています」
シルフィアの声が震えていた。
「この結晶が示したのは、魔王軍が次に侵攻する場所……あなたの”本業”の世界です」
俺は結晶から目を離せなかった。
画面の中で、黒川課長が部下を怒鳴りつけている。
……いや、それ、角生えてねぇか? 黒い翼まで……いやいやいや。
「まさか……うちの会社が……?」
シルフィアが深刻な顔で頷く。
「魔王軍の幹部たちは、すでにあなたの世界に潜伏し、勢力を拡大しています」
「そんな……いや、いやいや。だって、俺の上司だぞ? 毎日パワハラしてくるだけのただのクソ上司だぞ……」
だが、結晶に映る黒川は、明らかに人外の気配を放っていた。
気付かなかった俺が馬鹿なのか、それとも——
「勇者様。あなたの戦いは、これからが本番です」
シルフィアがそっと俺の手を握った。
「この世界を救ったように、あなたの世界も……救ってください」
俺はギリ、と歯を食いしばった。
頭の中では、明日の朝イチ会議のスケジュールがグルグル回ってる。
でも、はっきりした。
「ああ、わかったよ……やってやるよ」
俺は聖剣を握り直した。
異世界用の武器——でも、今度は現実で振るう番だ。
「勇者は副業だったけどな」
俺は結晶を睨みつけ、ニヤリと笑った。
「明日から本業でも、魔王狩りだ」
⸻
出勤ゲートの向こうに、黒川課長の邪悪な笑みが浮かぶ。
俺の戦いは、まだ終わらない。いや、むしろこれからだ。
副業勇者・伊藤マサトの、本当の地獄は——始業チャイムとともに始まる。