【古物商】貉
「はぁい、いらっしゃぁい。買い取り? それとも何か欲しいの?」
人体模型が、高いテンションで、肩を組んだまま、耳元で、声優ばりの低くて良い声で、話し掛けてきた……オネエ言葉で。
情報多過ぎだろ。
人体模型って妖怪か?
都市伝説的なアレじゃないのか?
今ではほとんど見る事の無いレトロな人体模型。身体の半分筋肉剥き出しで、内蔵が取れるあれだ。
しかもしっかりと男性器が付いている。
とりあえず俺の首に回されている人体模型の腕を外し……ゴドンという音と共に床に落ちた。
外すって、そういう外すではなくだな。俺の首を解放してもらおうとしただけなのに。
「あらやだ、落ちちゃった」
軽いな! それで良いのか人体模型。
「もう少し柔らかい素材ならもっと滑らかに動けるのにぃ、残念~」
何となく、このまま固い素材でいた方が世の中の為のような気がする。
そんなこんなで、落ちた腕を嵌めたり、嵌めたり、嵌めたり……面倒臭いな!
落ちた衝撃で腕が分解してしまい、立体パズルよろしく、組み立てた。
なぜ筋肉側の腕を回してきた、お前。
上腕二頭筋長頭を拾ってくれ、とか、上腕三頭筋短頭がどうのとか言われても、俺にわかるはずがない。
そもそも普通の人体模型は、こんなに細かく分解出来なくないか? と、嫌気が差してきた時。
店の奥から何かが出て来た。
着物を着た茶色い二足歩行の動物様の物体は、何かとしか言いようがない。
「うるせぇぞ、人体模型」
暖簾をかき分け出て来た其奴は、俺を見ると目を大きく見開いて固まった。
たっぷりと5秒は固まってから、ボフンという音と共に、何かは美青年に変身した。
「いらっしゃい。何かお探しかな?」
着流しの着物が似合う、美青年が笑いかけてくる。
遅ぇわ! 妖怪の姿、完全に見てるわ!
〈うおぉぉお! びっくりした、びっくりした! まさか客が居るとは思わなかったよ。後で人体模型君は説教だな。客が来たらちゃんと声掛けてくれないと!〉
爽やかな笑顔の裏で、すっごい焦っているらしい。
早口だし、うるさい。
〈貉の姿で人前に出ちゃったよ! しかも美少女だし、焦ったぁ。カウンターあるし、下半身は見えてないよね? ね?〉
俺は美少女では無い。残念。
そしてむじなの姿だと、着物を着ててもナニが見えるらしい。
信楽焼の狸みたいな感じか? 特大サイズ。
美青年に変化後なのに、つい視線が股間を見てしまった。
別に特に大きそうではないな。当たり前か。
「人間の物を売りたい」
貉の変化は見てない振りで、カウンターの上にハンカチを置いた。洗濯してあり、今日はまだ使ってない。
四隅に桜の柄のある女性用のハンカチだ。母親は自分用に買ったハンカチを、平気で思春期真っ只中の高校生の俺に持たせる女だった。
ただ単に、俺用の買い物をしない、とも言える。
それでもきちんと世話はしているアピールで、勝手に鞄に新しいハンカチや、冬だと手袋が入っていたりした。
他人の目に触れる物ばかり、というのがあの女らしい。
だが、今回はそれが役に立った。
貉が目を輝かし、桜柄のハンカチを手に取った。丁寧な手つきで広げる。
「おぉ! 素敵なハンケチだ」
ハンケチ?
「これなら5万円……いや、8万円でどうかな?」
それ、多分3枚1,000円とかのハンカチだけどな。
「売った!」
買い叩きの心の声が聞こえなかったので、喜んで売らせていただきます!