妖怪の街
とりあえず、今日の寝床を確保しないと、と周りを見回す。
「遊郭?」
それがこの街に対して俺が持った第一印象だ。
道祖神が在る場所は、大きな建物の横だったので木の塀があった。
道路を挟んで同じような塀が並んでいる。
家の裏手っぽいな、と思ったので表側に回ろうと角を曲がり……驚いた。
木の塀? 枠? が赤い。
個人宅ではなく、明らかに店っぽい作りで、煌々と灯りが点いているのに、仄暗い雰囲気。
派手なのに、陰鬱。
え? 何この気持ち悪い……こう、矛盾だらけの……しっくりくる空間。
コンクリートのビルが建ち並ぶ整然とした街よりも、この矛盾だらけのおかしな空気感が落ち着く。
そういえば俺、川越の街とか好きだったわ。
ここまで派手ではないけど、今と昔が混在する亜空間っぽい雰囲気が妙に好きだった。
「あぁ、そっか。俺、本当に妖怪なんだ」
ストン、と納得がいった。
自分を理解してもらえない、世界から浮いている異端な存在。
小さい頃から感じていた違和感。
あぁ、ここでは楽に呼吸が出来る。
不安よりもワクワクとする高揚感の方が強い。
親族……いや、両親への執着が全くと言って良いほど無かった。
心が読めてしまい、おそらく親が子供に隠している『鬱陶しい』や『邪魔』という否定的な気持ちも、全て知ってしまった事が原因だった。
子育てにストレスや、子供への不満など有って当たり前。
それが理解出来る年齢になる頃には、俺の性格は捻くれており、諦めと共に全てを達観出来るようになっていた。
なのに、それなのに、いつぶりだろう?
楽しい。
謎のおかしな街に、独り放り出されたのに、開放感で俺は走り出していた。
「おぉ! 桜だけじゃなく、金木犀が咲いてる」
甘い香りがするので匂いの元を探すと、オレンジ色の小花を付けた金木犀だった。
その横の店には【おめんや】の看板が出ているが、店の中は見えない。
ここは商店街のようだな。
【ちゆうかりようり】【おもちやや】【きもの】【ようそう】等々……。
看板の文字が読みにくいのは、ご愛嬌かな。一緒に絵が描いてあるから判るしな。
それから、俺には読めない文字が有るのは……妖怪文字?
ミミズがのたくった跡に、子供が悪戯描きしたみたいだ。
「ナニをシテイルの?」
ん? 話し掛けられた?
「いや、別に。看板を見てて……?」
後ろを振り返ると……誰も居ない。
「それなら、ドいて」
声がしたのは下からで……視線を下げる。
「うぉあ!」
顔の真ん中に目が一つしかない子供が立っていた。
俺を避けて通るという選択は無いのか? と思いつつも、横にずれて道を譲る。
一つ目小僧は、真っ直ぐ歩いて行く。
まるで線の上を歩くように。
何かに導かれている、のかもしれない。
「入るのかい?」
避けた先が店先だったので、自動扉が開いていた。
どう見ても木で出来ている引き戸なのに、センサーも無いのに、自動扉。
「あ、いえ、はい」
店内を見たら、喫茶店っぽかった。
店内に一歩足を踏み入れ、声を掛けてきたお婆さんを見て、店内を見て……妖怪だらけ。凄ぇな、リアルお化け屋敷。
頭の整理もしたいし、喉も乾いた。
ちょっと何か軽く食べて、コーヒーでも飲むか。
「あ、お金」
大事な事に気が付いた。
財布の中身は、服と本を買おうと思って入れておいた万札がある。
けど、人間のお金が使えるのか?