序章
学校帰りに在る、浮いた存在の道祖神。
周りに馴染めない存在感が、まるで自分のようで、変な連帯感を勝手に感じていた。
今日も独りで家に向かって歩いていた。
視界にいつもの道祖神が入る。
「やぁ、さとりの少女……いや、少年だったかな?」
道祖神の前に差し掛かった時、有り得ない距離感で声が聞こえた。
驚いて振り向くと、其処には一人の女が居た。
足音なんてしなかったし、気配も一切感じなかった。
自慢じゃないが、有名な剣術の始祖の家系で育った俺は、他人の気配にはとても敏感である。
まぁ、家系だけが理由では無いが……。
その女は、視線の高さは同じだけど、大分貧相な体型をしている。良く言えばスレンダー。
ミステリアスを演出しているのか、白髪に金と青の入った長髪をしている。サラサラと流れる髪が綺麗だ。
しかしなぜ、一升瓶を持っているのか。
俺でも知っている高くて有名な日本酒だよな、それ。
それにしても、初対面の人間に向けるには不釣り合いの、不快な目つきだな。
まぁ、俺も愛想は良い方では無いのでお互い様か。
思わず止めた足を、無言で動かす。
この場から早く去った方が良い気がする。
「いくら私でも無視は傷つくからやめてほしいな?」
女が静かに話し掛けてくるけど、このご時世に人気の無い所で知らない人に話し掛けられて、にこやかに対応するのは単なる馬鹿だ。
小学生など、知らない人には挨拶をしないように、と習う時代なのだから。
「やはり、人間と妖怪ではどうしても価値観が合わないらしい。そのせいで性格も歪みきってしまっているな? さとりの少年よ」
一歩踏み出した足は、そのまま止まった。踏み出そうとした二歩目は、家の方ではなく女の方へ向く。
訝しげな視線を女に向ける事を忘れずに。
「君も思わなかったのか? おかしいと。両親とは似つかない容姿、友人などというものができる訳もなく、周りからは恐れ、嫌われる」
女の言う事には、全て心当たりがあった。
それにしても失礼な台詞に反して、微笑んで話してくる女が不快だ。
「だが、それは君が悪い訳では無い。私の目的の為に、君とある一人の人間を生まれた時に入れ替えさせてもらった」
この女は何を言いたいのだろう?
「妖怪さとり、知っているか? 人の心を読むことができる妖怪だ」
相変わらず微笑んでいる女が言う。まるで何も知らない幼子に言い聞かせているような口調が、癇に障る。
「だから、仕方がないのだ。何故ならば……君は、妖怪だから」
は? 妖怪……? 俺が?
「その目元の桜、それこそさとりであるしるしとなるのだ」
人差し指を動かし、「しるし」という言葉を強調してくる女。
ムカつく。何を考えているのか、この女は……。
そこで、気付いた。
この女が、何を考えているのか判らない。
言っている言葉の意味を理解出来ないのでは無い。いや、それも有るけど。
何を考えているのか、読み取れないのだ。
俺の表情が変わったのに気付いたのか、女の笑みが深まる。
「気がついたかい? きっと、君にとっては初めての経験だろう。だが怖がらなくても良い、君には価値がある、私は価値あるものに手を出したりはしないよ」
何を言っているのだろう。
「だが、もし君に価値が無くなったら……」
徐に、女が一升瓶を俺に向けてきた。
俺を見る目が、おかしい。
何、この女、マジで気持ち悪い。
「少し、覚悟しておく事だ」
ガラスの割れた音がして、女の持っていた一升瓶が弾けた。
しかし、女は微動だにしていない。
あまりにも不可解な出来事に俺は、中身が残ってたら濡れてたな、などと明後日の事を思ってしまった。
現実逃避ともいう。
「まぁ私は君にはそんな大層な事は望まない。ただ、君が本来住むべきだった世界へと戻ってもらうだけさ」
何か言ってるな、と思いながらも、俺は地面に飛び散った一升瓶の欠片を眺めていた。
「では、最後に少しだけ格好つけようかな」
女の声音が変わった気がして、視線をあげる。
女からは笑顔が、表情が、消えていた。
「お前のいるべき場所はここではない」
女の、何の感情もこもらない平坦な声にも、どこか人を馬鹿にしたような嘲笑う声にも、何かを諦めたような沈んだ声にも……そして、とても残忍な響きを含んでいるようにも聞こえる声を最後に、俺は人間の世界から弾き出された。
この作品は、同じ設定で違う人物を主人公にし、二人の作者が書いている物語のうちの一作です。
たま〜に世界が交差します。
よろしくお願いします(*^^*)