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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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1-9:交代する役割

 もう、頑張らなくていい?




 



 ふと、初対面の時を思い出す。

 ティアはあの時、何を思っていたのか。

 俺に対して、どんなことを───いつかも分からないタイミングから「グレイア」ではなく「俺」を見てくれていたティアは、どんな気持ちで俺と話していたのか、なんて。


「・・・アニキ」


 俺とニアが並び、話していた路地裏にて。

 グリムは今までにないほど焦り、驚き、泣きそうな表情で俺を見つめる。


「・・・・・お前は、何者だ?」


 そう口にして、察した。

 今のグリムの心境を。

 あの時の俺と同じ、得体の知れない不安感に怯える心根を。


「・・・・・ッ」


 けれど、俺は決して仮面を外さない。

 俺は依然として冷徹な表情のまま、躊躇うグリムを───否、純白の魔獣を見据えて立ち上がった。

 今この瞬間、ティアとの初対面の時とは、あの時とは異なることが幾つかある。

 この俺が立つ場所、相手の立つ場所。

 だが、俺とグリムの間で何より重要な事柄は単純。


「お前は、どこから来た?」


 互いに心の内はわからない。

 表面も、内面も、すべて。

 把握し合うことも、一方的に盗み見ることもできない。

 純粋に対話するだけ。

 それだけの、単純なことだ。


「我は・・・我・・・・・は」


 グリムは浮き尽くしたまま、口をぱくぱくと動かしている。

 言葉を探しているようだ。

 何を言えばいいのか、きっと、お前はわからないのだろう。

 俺が今まで成してきたことを考えれば、そうなる。

 ・・・当然の反応だ。


「〜ッ」


 捨てられそうな犬みたいな顔。

 ケージに入れたまま出かけそうになっている時みたいな、人間に対する媚びなんてかなぐり捨てた時の犬の顔。

 色や顔つきは違えど、前世の、愛犬を、思い・・・出す。


「────」

「・・・アニキ?」


 ああ、もう駄目だ、耐えられない。

 ティアの真似をしてみれば・・・と思った俺が馬鹿だった。

 即興の付け焼き刃ですらない代物で、仲間を尋問できるだなんて甘い考えは───とくに俺だからこそ、出来るわけないやり方だったのに。


「・・・・・グリム」

「はいっす!?」


 グリムが見ているのは俺じゃない。

 日常における俺が記憶の中に居たところで、彼女の記憶に強く残っているのは「虚無の寵愛者」の時の俺だ。

 ティアやニアとは違って、彼女は何も知らない。

 俺が弱ってる所なんて、一度も見せたことはなかった。

 なのに、俺は・・・


「申し訳ないことをした。お前には・・・過剰なことを」

「えっ、そんなこと・・・」


 一から説明するべきか、否か。

 いや、そんなことは関係ない。

 手遅れにならない前に話すんだろう。

 ならば、ここは腹を割って話せる状況にするべきじゃないのか。


「・・・ニア、頼んでいいか」

「客観視、できてないじゃないですか」

「・・・・・うるさい」


 人払いを頼むと、ニアに図星を突かれる。

 だから八つ当たりを・・・する。

 ああ、なんだかもう疲れてきた。


「はあ・・・」


 溜息を吐き、指を鳴らす。

 俺とグリムを魔力の膜がドーム状になって被さり、そのなかで幻覚を映し出す。

 空間認識と視覚を誤魔化して、平原の真ん中にいるみたいな景色と雰囲気に周りを仕立て上げる。

 少なくとも、陰気臭い路地裏よりはマシだ。


「なあ、グリム」

「・・・はいっ?」


 でも、何を話せばいいのかはわからない。

 俺は立ち向かう術を知っていても、寄り添う術を、差し伸べる術を知らない、わからない。

 そして生憎、今はそれを探すことも・・・難しい。


「・・・・・正直に聞く。

 お前は俺の敵か?」


 だから、シンプルに聞くしかない。

 敵になりうるか、否かを。


「そんなわけないじゃないっすか・・・・・!」

「・・・じゃあ、何なんだ。

 さっきはどうして、言葉に詰まった」


 グリムは震えながら言葉を返してきたが、俺の中にモヤついた疑いは晴れない。

 続けて問いかけてみれば、グリムは一転して悲しそうな表情を浮かべると、言葉を選んでいそうな間を開けてから口を開く。


「だって、アニキが知らない目をしてたから・・・

 でも、今はそんな・・・・・疲れてて・・・」


 遠慮がちに言われて、俺は面食らう。

 目は口ほどに物を言う、なんて言葉があるくらいだし、俺自身もよくわからない疲労を自覚しつつはあった。

 でも、まさかそこまでとは。

 そこまで隠しきれていないとは思わなかった。


「・・・・・俺は、お前が思ってるほど強くはない。

 心はすり減るし、頭は疲れるんだから」


 精一杯の言い訳、のはずだ。

 いや、言い訳をする必要はない・・・はずなのに?

 この期に及んで、俺はどうして保身に走っている?


「最近は気にすることが多い・・・

 どうしてか、俺には気にかけるべき物事ばかりが増えていく・・・・・」


 間違ったことは言っていない。

 でも違う。

 俺が言いたいのは、そんなことじゃない。


「だから、手段を選んでいられるかって・・・お前をぞんざいにした。

 リーダーであることを望んだのは俺なのにな?」

「・・・アニキ」


 疲労、保身、同情。

 言い訳を重ねて、許してもらおうと乞う。


「・・・・・実は我、アネキから言われたんす」

「何を」


 グリムは続けて、表情を暗くしていく。

 俺の表情は今、どうなっている?


「暫くは耐えられないから、支えるしかないって」


 確かに、ティアならそう言うだろう。

 つまりグリムは味方であると?

 ならば俺が気にする必要は無いのか?


「怒ってたっすよ、アネキ。

 何度言ったって、あの人はひとりで抱え込むんだって」

「・・・・・」


 言葉を返せない。

 言い訳もできはしない。

 俺はただ、俯き、ぼろぼろになったボキャブラリーに目を向ける。

 だが、期待したところでグリムに返す言葉はない。


「我は、暴力の敬愛者っす。

 別世界から暴力の神に引き抜かれた、転移者」

「・・・は」


 しかし、立ち止まることは許されなかった。

 別世界からの転移者であると同時に、暴力の神の管轄に置かれた人ならざる者。

 その突飛かつ衝撃的な情報に、俺は思わず声を上げてしまう。


「我が持ってるのは、そのための力なんすよ。

 だったら、アニキはゆっくり後ろで───」


 続けてグリムは、彼女なりの決意を俺に述べた。

 彼女の表情から伺えるのは、これまでの待遇───扱いへの不満ではなく、ただ純粋な「役に立ちたい」という感情のみ。

 そうでないのなら、ここまで俺に言葉を投げかけてくれることもなかっただろう。


「いや、それだけは駄目だ」

「どうして・・・!」


 しかし、俺はそれを拒む。

 明確な理由を掲げて、突き放す。


「俺が動く方が早くて確実だからだ。

 人命がかかってるのなら、何よりも優先するべきだから」


 何故か、胸が苦しい。

 正しいことを言っているはずなのに、身体を引っ張られているかのような、怖い所へ引きずり込まれてしまいそうな感覚。


「失った時に言い訳できないのなら、いっそのこと全力で。

 そうでなくちゃ、そうで、ないと───ッ」

「なら、そのままきみが壊れてしまってもいいと?」


 瞬間、全身に鳥肌が立った。

 得体の知れない恐怖が背中を伝う。

 何らかの方法で空間に侵入してきたティアは、ゆっくりと歩きながら俺の周りを歩き、目の前に立つ。


「・・・ティア? なんでここに」


 俺が問いかけるが、答えてくれない。

 それどころか、ティアはグリムを一瞥すると向き直り、俺の目をじっと見やる。


「グリムだけじゃ不安だから来てみれば、本当にもう・・・」


 呆れられているのか、ティアが表情をきつくしたその時だった。

 ぱちん───と、乾いた音が響く。


「・・・へっ?」


 視界がぐらつき、頬が痛い。

 ヒリヒリと痛む頬に手を当てて、俺は情けなく地面にへたり込む。


「グレイア、本当にいい加減にして。

 選択をしないと壊れるのはきみだって、私は言ったはず」


 怒っている、怒られている。

 やってしまったという感情と、仕方なかったんだという感情。

 同居して、せめぎ合う。

 きちんと反論できるかがわからない。


「そもそも、情報を抜き取る仕事は私が最も得意だし最適。

 なのにきみは出しゃばった挙句、自分の働きに満足できなくて余計なことばかり考えてる。

 きみは一体、何がしたいの?」

「・・・そっちの方が正確に情報を抜けると思ったんだ。

 ニアに調べてもらって、俺が揺すって、お前が遠くからすっぱ抜く。

 現に、俺が揺すったところでお前は中身を見ていたんだろ」


 何をしたいの、という問いに対して、俺はそっくりそのまま、指示を出した時の考えを述べた。

 するとティアは、額に青筋を立てて表情を険しくする。


「・・・・・あのね、グレイア」

「・・・なんだよ」

「私はもう、能力が把握されたとしても不利益を被ることはないの。

 きみがこうして前に出なくたって、私だけでもやれる」


 すごく怒っていて、俺の思考が鈍る。

 俺が、ティアに気圧されていると?

 彼女は自分の役割に不満を抱いた───否、その役割を割り当てるまでの俺の思考が気に食わなかったのか?

 考えてもわからない。

 でも、怒られていることだけはわかる。


「それとも、まだ私のことを「守るべき存在」だと思ってる?」

「・・・・・ッ」


 心臓にナイフを突き立てられたような感覚がした。

 ぐっと締め付けられ、苦しい。

 でも、俺は指示をする時、そんなことを考えたことはないはず。


「アネキ、そんな言い方・・・」

「黙ってグリム。私はもう、優しい言い方をしていられない」


 見かねたグリムの言葉も、ティアは意に介さない。

 もう逃れられはしないのだろう。

 言い訳も、通じはしない。

 俺は何らかの理由で、彼女を怒らせてしまったのだ。


「躊躇っていては意味がないと理解した。

 きみには、直接的に、それでいて具体的に物を言わないといけない。

 そうでもしないと、きみは勝手に前に出て、勝手にすり減っていく」


 理解力がない───と言いたいのではないのだろう。

 否、もっと違うところ、むしろ逆。

 俺の思考の、もっと深くにあるところに潜んだ欠陥。

 ティアには一体、何が見えている?


「私はもう、きみと初めて会った時のような、自分を守ることばかり考えている貧弱な少女じゃない。

 それに、状況判断の仕方や強者らしい振る舞い方、自分の守り方を教えてくれたのはきみだから」

「・・・だから、なんだよ。

 グリムを抑えてまで説教垂れて、何が言いたいんだ」


 ふと、駄々を捏ねてしまう。

 言われるがまま、図星(?)を突かれて言われっぱなし。

 俺はそれがどうしても気に入らなくて、感情のままに言葉を投げた。

 するとティアは怒るでもなく、不思議そうな表情を浮かべて俺の目をじっと見つめる。


「まだ気づかないの?」

「・・・・・何に」


 いつもの俺なら気がつく。

 そんなことを言いたげな彼女は、その「いつもとは違う」俺に対して、優しく言葉を続ける。


「私はもう、思考を見る能力に頼ってない。

 能力じゃなくて、自分の考えで喋れるようになった」

「・・・そう、か」


 言われてから気がついた。

 今ここで俺が追い詰められているのは、ティアが俺をよく見ているからだ。

 その時の中身だけを見て追い詰める、ある種うすっぺらいとすら言えた問い詰め方を、彼女は既に捨てている。


「だから、もう無理して前に出なくていい。

 あの少佐との会話を見て、私はきみがとことん「悪者」をすることに向いてないんだって理解した。

 そうでなければ、加減がわからない───なんて、余りにも優しすぎる悩み方はしないから」


 そりゃそうだ。

 ずっと俺を見ていたんだ。

 ここまで想ってくれていて尚、俺は・・・こんな。


「・・・・・そうかよ」


 もう、何も言えない。

 駄々を捏ねたところで、どうにもならない。


「これからはもう、気付いたフリはさせない」

「・・・・・」


 そう言われても、俺にはわからない。

 目を背けるなと言われても、何が正解か・・・


「アネキ、我・・・・・」

「ダシに使ってごめんね、グリム。

 でも、きちんと効果があってよかった」


 微笑みながらグリムの頭を撫でるティア。

 ・・・なんか変にモヤモヤする。

 イライラして、なんか嫌だ。


「ひっでえやつ」

「思いっきり尋問する気だったきみには言われたくないから」

「ちゃんと躊躇したし。

 迷わず顔をぶった暴力女とは違うもん・・・ね」


 感情のままに八つ当たりして、ふと我に返ったが遅かった。

 ティアの顔を見てみると、額に青筋が立っている。


「・・・あー」

「ふうん。そういうこと言っちゃうんだ」

「ッスー・・・・・」


 普通に怒ってる。

 冷めた声色で、さっきとは別のベクトルでの怒りが俺に向けられている。


「グリム」

「はいっす」

「・・・助けて?」

「むりっす」


 一縷の望みをかけてグリムに声をかけるも拒否され、俺はティアに容赦なく拘束されて担がれる。

 するとティアは指を鳴らして俺が展開した幻覚の類をまとめて吹っ飛ばすと、グリムを一瞥してから声をかけた。


「グリム」

「はいっす」

「ニアさんの言う通りにしててね」

「わかったっす」


 次はなにをされるんだろうか・・・なんて考えながら、俺は抵抗できずにドナドナと運ばれていく。

 ニアはため息をつき、グリムは微妙な表情。

 俺を後ろ向きにして担いだのは、明らかに当てつけ。


「・・・ひっでえやつ」


 もう一度そう口にしてみれば、今度はケツをしばかれた。

 とても痛いが、仕方ない。

 何をされるかは知らないが、まあ、自業自得だし甘んじて受けることにしよう・・・・・









 彼を「頑張ってるだけの高校生」にしたのは私ですが、敢えて言います。

 こいつ、とても面倒くさい。

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