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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
三章:災禍を滅ぼす虚無の躍進
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1-8:警戒態勢

 深刻な事態。




 



 軍人というものを、俺はよく知らない。

 政もわからないし、興味を持ったことすらない。

 俺はずっと民衆のうちの一人で、雑多な蟻でしか無かった。


「タンゴ、ツー! 負傷者の確認急げ!

 タンゴ、スリー! 防壁の応急処置を続けろ!」


 でも、俺は運命を背負った。

 こうやって現場で働く人達のことは、今まではただの「仕事をする人」だと認識していたが、もう少ししたらそれも変わる。

 視点はもっと後ろに、ミクロではなくマクロで。

 なんてアタマをくるくると回していると───こういう時、前世ならこういった話題で「議論」を重ねられる友人が居たのにな、と思ってしまう。

 まあ、だからナギも「友人」を求めていたのだと思うが。

 どちらにせよ、俺はもう少し友達を作った方が良さそうだ。


「さて・・・待たせてしまったか、兄弟」

「いいや。有能な指揮官の動きぶり、かなり勉強になる」


 壁に寄りかかりながら、俺は戻ってきたヘルマンと話す。

 彼は佐官ということもあって、この場では最も地位が高いようで───戦闘が終わってからというもの、ずっと現場の指揮を行っていた。

 俺は話したいことがあるからと時間ができるまで待っていたのだが、その間にティアは治癒魔法が得意なため負傷者の治療へ、ニアとグリムはまた別口で情報収集へ行っている。


「・・・それは建前なのだろう。虚無の寵愛者」

「というと?」


 ふと、ヘルマンの雰囲気が変わった。

 呑気なことを考えていた俺は何の気なしに返答するが、どうやら俺が感じたよりも彼の精神はピリついていたようで、彼は表情を固くしたままで言葉を続ける。


「兄弟───いや、貴様は軽々とお世辞を言う人間ではないのだろう。

 俺の部下はお前の視線を、しっかりと見ていたぞ」


 これは・・・そうだな。

 度胸のある人だ。

 俺を相手に、ここまでの大立ち回り。

 賞賛に値する。


「・・・っはは」


 思わず笑みが溢れるが、確かにそうだ。

 世間から見た俺は俺は要するに「ポット出で世界の中心の国のトップやってる転生者をボコって、その国の貴族で五本の指に入る家の令嬢を篭絡し、自分とは完全に独立したファンクラブを容認し、隣の国から依頼を受けたかと思えば転生者を七人くらい葬ったのに一ヶ月くらい音沙汰なし」とかいう気持ち悪いことこの上ないムーブを平然とやった男だ。

 いくら転生者とはいえ、流石に奇妙が過ぎる。

 心外だとは言わない。


「そこまで疑われちゃ仕方ないんだけどさ?

 いや、まあね。そこまでのことはしてきたつもりだし、文句は言わない。

 でもねえ、当たり前だけど・・・」


 だが、俺は今「貸し」をしている。

 ここで引く義務も、義理もない。

 それに・・・


「無償で助けるだなんて、そんな都合のいいことする訳なくない?」


 元より、遠慮するつもりもない。

 図々しいは褒め言葉だ。

 そのために首を突っ込んだのだから。


「・・・虚無の寵愛者、貴様は何を望む」


 彼から見た俺は、とても奇妙に映っていることだろう。

 ならば、それを利用する。


「ん、普通に情報を貰いたいだけ。

 あと言っとくけど、俺と正義の寵愛者───ナギとの間には政治的側面においての繋がりが一切ないから」

「根拠はどこにある?」

「俺自身にはない。疑うならお好きにどうぞ」


 付け入る隙を作るだけ作って突き放す。

 隣国のトップ層と懇意にしているように見える俺の扱いは、この国の軍人である彼にとっては何より「情報」という面において非常にデリケートなものだ。

 確かにナギのやつには「嘘を一切つけない」という自己証明があるが、ここにいるのは俺一人だけ。

 彼にとって、信用には値しない。

 であれば、俺はそこを揺らすだけ揺らして「証拠ないから好きにすれば?」と突き放してみる。

 するとどうだろう、彼の思考には「結論が存在しない余計な疑念」というノイズが乗っかった。


「まあ、どっちにしろ質問するんだけど」

「俺は承諾して───」

「拒否権があるとでも?」


 小細工からの正面突破。

 正義の寵愛者すら凌ぐ力を持つ俺に対する「借り」は、彼の思考を正確に鈍らせる。


「さっきも言ったろ。誰があそこから無償で助けるかよ」


 実際、あの状況からどうなったかは知らない。

 だがしかし、この「理論上最小限の犠牲」で済んだのは、総じて俺とティアの協力があったからだ。

 壁の爆発による魔物の侵入と兵力の損失。

 普通に考えて、この状態の街を防衛しろというのはそれ即ち命を捨てろと言われているのと同じ。

 普通に考えて協力はしない。


「試作型のディメンション・レイだったか?

 こいつの設計者を言え」


 だからこそ、俺は用意した。

 彼の思考に発生した穴を、気づかせないようにするために。


「・・・それだけでいいのか」

「もちろん。それさえ把握できれば俺は満足する」


 とてもシンプルな要求。

 俺達がしたことを考えれば軽すぎる対価。


「・・・・・残念だが、機密事項だ」


 だからこそ、引き出せる。

 彼の思考から生じたセキュリティホールから。

 試作型のディメンション・レイが確かなものであるという事実と、設計者の存在、そして何より───この兵器が「機密事項」と定められるほどに重要な代物であるという事実を。


「あっそ。ならいいや」

「・・・・・は?

 ・・・ッ!」


 あっさり引いた俺を見て違和感を感じたヘルマンは、それこそ一瞬だけ困惑の表情を示したものの、次の瞬間には額を青く染めた。

 恐らく、さっきのゴタゴタが起こる前の彼であれば難なく誤魔化せた事柄なのだろう。


「そんじゃ、バ〜イ」


 彼の反応から更に確信を得た俺は、余計な追求をされる前に瞬間移動でさっさとこの場を離脱する。

 まあ、追求された所で俺は何も明言していないから、罪に問える事なんて何も無いのだが。




 〇 〇 〇




「おつ」

「お疲れ様です。マスター」


 街の中、とある路地裏。

 ()()()()()()壁にしか見えないように細工しておいた空間にて、俺はニアと増量した・・・が、グリムの姿がない。

 一緒に居たはずなのだがと思いつつ、言葉を交わす。


「どう? アレ。ちなみに基礎の情報の裏付けはできた」

「そうですか。私の方は良い話と悪い話があります」

「じゃあ良い方から」

「はい」


 洋画みたいな受け答えをするニアが妙に真面目な表情をしていたので、俺は壁に寄りかかって答えた。

 するとニアは少し足踏みして俺の方を向くと、そのまま話し始める。


「マスターが話していたヘルマン少佐、彼が率いる部隊とメンバーの調べがつきました。

 それと、あの推定空母と巨大人型兵器についても」

「ん、ありがと」


 ニアから渡された書類には、短期間で纏めたであろう素組みのワード資料のような文字の羅列。

 情報量は初期設定のワードの文字サイズ十ピクセルでおよそ五ページ分くらい?

 随分とまあ事細かに纏めてあるが、要所はすんなり読み取れる。

 やはり書類構成はピカイチに上手い。


「ふうん・・・やっぱり嘘はついてなかったな。アイツ」


 機密事項、製作者、その他諸々。

 引き出したとはいえ、やはり間違ってはいなかった。

 咄嗟に嘘をつくまでには至らなかったか。


「当たり前です。マスターには一体、どれだけの影響力があるか」

「だからって舐めてかかるのは大間違いだ。

 少なくともアイツは、その「影響力」に立ち向かう胆力を持ち合わせていたのだから」


 それに、相手は本職の軍人だ。

 こっちはアマチュアで、交渉術は特殊な訓練を受けた訳でもない素人のセンスとパワーレベリングの末の付け焼き刃。

 一方的な立場と物理的な実力がゆえのゴリ押しが無ければ、普通に押し通されていたかもしれない程度の差はある。

 だが、情報を得られたというのもまた事実。

 書類全体の基盤は整合性が取れてるという前提で、他の情報に引っかかったわけでもなさそうだ。


「・・・うん、大方把握した。そしたら悪い方を話してもらって」

「はい。ではこれを」

「うん?」


 また書類。

 しかし、今度は両面印刷の一枚のみ。

 少し困惑をしながら書類に目を通すと、俺の黙読を待たずにニアは話し始めた。


「当初より、グリムは世界の中で一切の情報がない不明個体(アンノウン)でした。

 残念ながら、今もそれは変わりません」


 何か企んでいるなと思いつつ、俺はそつなく言葉を返す。


「・・・・・一切合切更新されてない。ずっと不明個体(アンノウン)のまま」

「はい、そして資料の裏に」

「うん・・・っと、そういうことか」


 書類の裏、ハイランダーという「マナテック(M)フレーム(F)」の情報の一覧に目立つ「不明個体(アンノウン)」の文字。

 ニアの自己証明では調べられない、特殊な存在。


「はい。あの人型兵器、ハイランダーと呼ばれているそうですが。

 あれの設計者がグリムと同じく不明個体(アンノウン)なのです」

「・・・面倒なこったな」


 由来は同じと見るべきか、違うと見るべきか。

 こういう時、二人のような特殊な目がないのがもどかしい。

 パッと見てサッと解決できれば、どれだけ楽なのか。

 見るからにマナテック(M)フレーム(F)やディメンション・レイは神の寵愛者絡みで、グリムは別の案件。

 とくにグリムの方は長く引きずっているわりに情報が少なすぎる。

 くそったれの神どもめ、よほど俺の胃に穴を開けたいらしい。


「・・・・・だからグリムがここにいないのか」

「彼女はティアちゃんの所に。それで・・・」

「言いたいことはわかる。俺も気にかけていたところだ」


 グリムをどうするべきか、どう認識すべきか。

 そういうことだ。


「はあ・・・」


 ため息が出る・・・が、そうなると。

 ニアが何をしたいのか、俺に何を期待しているのか。

 薄らとその意図を、俺に向けられた意図の内容を感じられる。


「・・・お前の能力は「世界の情報」を見ることだったな」

「はい」

「つまり、お前にとっての不明個体(アンノウン)はそれ即ち───」


 先ずは事実確認。

 真っ先にやるべきは、互いの認識を擦り合わせることだ。


「この世界に、所属していない存在だってことか?」


 資料に向けていた目をニアに向け、視線を合わせた。

 するとニアは小さく頷き、口を開く。


「・・・はい。その通りかと」

「ちいっ・・・」


 舌打ちをして項垂れ、壁に体重を預けてずりずりと座り込む。

 べつに予測していなかったというわけでは無いが、いざ事実として突きつけられると、気に留めるべき事柄が増えてしまったことを自覚してしまって妙に気分が落ちる。

 俺は体育座りのように俯いたまま、ニアに問いかけていく。


「・・・・・転移者。転生ではなく、転移か」

「この世界において「転移者」というのは稀です。

 ともすれば、グリムは創造主が置いてくれたヒントなのかもしれません」


 顔は見えないが、そうだな。

 感情は見られているし、見えない瞳は既に俺達を捉えているのだろう。

 だからこそ、信頼するために、俺は疑わねばならない。


「・・・ニア」

「はい」


 呼びかけて、告げる。

 そうすれば、きっと、グリムは来る。


「裏付けが取れない以上、グリムは警戒するしかない。

 俺も善処するが、お前も可能な限り悟られるな」

「はい。そのように」


 俯いたまま、苦悶しているように───否、実際に苦悶してはいるが、あくまで演技している風にして。

 あいつの、グリムの千里眼に俺達が写っていることを信じて俺はわざとらしく言ってのけた。


「・・・・・はあ」


 大きく息をつく。

 本当なら今頃、エルフの国に───フェアリアに向かっていたはずなのに。

 どうしてこんなにも、目を向けたくない事実ばかり湧いて出てくるのか。

 俺が意固地になってしまうことを理解しての暴挙か、実に腹立たしい。


「嘘、ですね」

「移動したか」

「はい」


 なんて怒り心頭の頭を冷却していれば、ニアが合図をくれた。

 どうやら、グリムは俺の思った通りに動いてくれたらしい。

 何はともあれ、取り敢えずは安心だ。

 少なくとも敵ではないはず。


「・・・全く、甘いですねマスターも。

 わざわざ出向くような理由を与えるだなんて」


 そう言われて「そこまで誘導したお前が言うな」なんて思いながら顔を上げてみると、ニアは珍しく微笑んでいる。

 でも、俺はどうしても自分の悪い癖を抑えられなかった。

 自罰的、自分でもよくわからない線引きによる忌避感。

 ゆえに招かれる、認識の訂正と自己の正当化。


「一種の賭けだった。これでダメなら、それこそ力づくで」

「やりませんよ。貴方なら」

「・・・・・そう」


 しかし、ニアは表情を変えてキッパリとそれを否定してくれた。

 自分でも「まずい」と思えるようになっただけ成長したと思いたいが、なんだか修正する役割の人間がティアとニアの二人になっている以上、めちゃめちゃ情けないことには変わらない気がする。

 美少女と美女に精神的な介護をされる転生者だって?

 なんてこった尋常じゃないくらいダサい。


「それに、貴方の視野の広さを活かさない手はない・・・でしょう?」

「・・・そうだな」


 やっぱり自分でも線引きがわからない。

 今の肯定は、少なくとも「悪くない」と感じている。

 もう少し、いや。

 雑念は無くしておくべきだな。


「・・・グリムは昔の俺と同じで、好奇心が強くて視野が広い。

 だから違和感に気付いて知らせてくれるし、気になったことはなんでも質問として投げかけてくれる」

「だから些細な変化にも気付けると踏んだと?」

「ああ、興味さえあれば見るだろう。察知もされないんだから」


 ある種、グリムは俺と同じだとも言える。

 他人の内側を、思考を見れるティアと感情を見れるニア。

 でもグリムは「任意の地点の観測」だけで、人間の内面を覗き見ることができるわけではない。

 だから、ある意味でいえば同じなんだ。


「俺はお前らみたいな特殊な目を持ってない。

 でも、だからこそ十二分に気をかけるんだ。そうすれば───」


 でも、それでいて「持っている」からこそ抜けるものがあった。

 言わば、まだ心が開かれていなかったのかもしれない。


「特別なモノが見えなくったって、他人を操れる」


 だから今、手遅れにならないうちに手を打つんだ。

 まだ同じ視点に立っていると共感できる、今のうちに。




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