閑話:壊れて堕ちる
ある種の運命共同体。
染色の塔でのゴタゴタのあと、微妙に精神が不安定なままだったリーデを使用人に預けた俺達は、気晴らしに魔物を殲滅してから帰路に着いた。
結局あの塔のことは憶測でしか語れないが、まあ、最悪グリムが知識欲を見せたならニアに頼んで調べてもらえばいい・・・ということで、厄ネタをやばいくらい抱えていそうなリーデとは事が済むまで関わらないようにすることをティアとともに決定。
ただ、ティア曰くグリムは染色の塔に行けたという事実によって普通に満足していたようなので、その辺は有難いところ。
子供の感性のままなのはこちらとしても嬉しい限りだ。
「・・・寝たか?」
「うん」
さて、現在時刻は夜の九時。
俺が風呂に入っている間にグリムは寝かしつけられていたようで、既にティアの枕元でぐっすり眠っている。
「じゃあ・・・そうだな」
今はニアも起きていて、情報を得る手段には事欠かない。
ネタは暖かい方がいいし、薄れたりしないうちに話しておくべきだと判断する。
「わかった」
俺の思考を見て、ティアは同意した。
そして俺が自分のベッドに腰掛けたのを見るなり、すぐさま俺の隣に座って体を傾けてくる。
「・・・そんなことしなくたって」
「私が今更こんな小細工をすると思う?
あまり私を見くびらないで、グレイア」
思考が空ぶった。
そうだ、短絡的に考えては駄目だと・・・
気を使うばかりで、相手の立場に立つことを失念している。
「ちっ・・・」
「へたくそ。心配ばかりして」
「うっせ」
駄目だな、これは。
もう色々と凝り固まらずに、ティアに甘えて。
ちゃんと安心して思考をしないと、正しいものが見えてこないらしい。
「それで、何を見たの?」
「・・・端的に言えば、俺とお前が並び立つ未来。
俺が天使として、お前が女王として・・・それぞれの運命を背負ってな」
黒い銀色と、煌びやかな黄金。
俺達の魔力の色を表したその景色は、俺達の行く末を示しているのだと直感したし、リーデもそうだと感じていたように見えた。
あの時の俺が受け取った、六つの単語。
最初の時と同じような感覚で受信した記憶は、たぶん・・・
「聖女から見た、未来の俺達のイメージなんだろうな」
「・・・聖女さまっていうと、えっと、いつから生きてたっけ」
「七百年前からだと聞いたけど、まだご存命なのかよ聖女サマは 」
「不老魔法を使ってるはず。教会は否定するだろうけど」
「容易に想像がつくのがな・・・」
この世界の一般人にとっての「神」がどんなモノかは知らないが、ファンクラブ組織とは別に宗教が存在しているということは「崇拝」の対象があるのだろう。
とりあえずはニアに調べてもらうのが最善だな。
「ニア」
『はい』
「聖女サマとやらが所属する宗教について、可能な限り資料を引っ張ってこれるか。
纏めるのはこっちでやる」
『可能です。実行します』
「サンキュ」
いつも通りのやり取りをして、調査を始めるニア。
まあ、それはいいとして。
「・・・結局、目指すのは上か」
しみじみ、呟く。
現在進行形で向かっているのは世界樹の麓で、そこは真の意味での世界の中心。
概念的なものではなく、ただシンプルに、この「世界」の中心だ。
うすっぺらい言葉遊びなどではない。
単なる「仕事」と割り切ることは不可能になった。
「俺は、どう動くべきだ」
俺は第三者として介入するのではなく、当事者として進む。
また無関係な人が死ぬかもしれない。
犠牲が出たら、どう対応すれば最善だろうか。
それとも、本当に戦争が起こったとしたら?
王が変わるのなら、それ相応に外国に対する身の振り方を考えなくてはならない。
それとも、虚無の寵愛者だからと言って国が止まるか?
「グレイア、気負いすぎ。ちょっと落ち着いて・・・」
「違う、俺は単に事実を整理して───」
瞬間、俺は頬をそれぞれの手でがっちりと掴まれ、ぐいっと引き寄せられると───そのまま唇が重なった。
思考が数瞬ばかり固まり、体も硬直した。
開放されるまでの数秒、俺は何もできなかった。
「・・・っ」
「落ち着いて、話を聞いて」
おでこをくっつけて、宥めるように囁きかけてくるティア。
俺はただ、静かに頷くことしかできない。
口が、開かない。
「私はきみに、こう言った。
私は、私が大切に思っている人と、私が大切に思っている人が大切だと思っている人や物にしか興味が無い───って」
小さく頷く。
少し、怒っている?
「私はそう生まれ、そう教育された。
だから、運命を背負っても耐えてこれた。
でも、きみは違う」
呼吸が浅く、苦しい。
言葉が、うまく聞こえない。
「私は自分の心を守ってきた。
そのために受け流せるように努力した。
対するきみは、私とは相反する考えを持ってる」
ティアはずっと言葉を続ける。
ひたすらに、俺に言い聞かせるように。
「私はそれを好ましいと思った。
私には持たない、持てないものを持っているきみに魅かれた」
当然だ、それは。
育った環境が違う。
「・・・だからこそ、きみは抱え込みすぎる。
今までは「仕事」っていう前提があったけれど、今はもう違う。
きみは私と一緒に並んで、自分の意思で進まなきゃいけない」
だから悩んだ。
なにをすべきか、分からなくなった。
全てを取りたいと願ったから。
「その考えを捨ててとは言わない。決して。
でも、選択をしないと壊れるのはグレイア、あなたなの」
頷くことはしない。
理解が、追いついていない。
「嘘でもいい。偽ってもいい。
だからせめて、壊れないようにして」
そう言うと、ティアは俺の頭を撫でた。
優しく、静かに。
寝かしつけているかのように。
「じゃあ」
ふと、言葉が漏れる。
意図しない言葉が、零れる。
「・・・俺は、どうすればいい?」
涙が、いくつも落ちた。
「なあ・・・!」
同時に、何かが壊れた。
「・・・・・助けて・・・っ」
見えない音がして、ふっと心が軽くなった。
「───ようやく、言ってくれた」
ぐっと、身体が引き寄せられる。
強く、しかし優しく、抱擁される。
「ねえ、グレイア」
魔力が滲み、共鳴している?
涙で霞んだ視界のなか、黄金は俺を包む。
ティアの言動に呼応しているかのように。
「私はもう、きみの隣で見ているだけの仲間じゃない。
手を繋いで立ち向かって、隙を見逃さないパートナー」
甘言か?
否、これは事実。
ティアはいつもの俺と同じように、つらつらと事実を並べていく。
「だから、そう」
身体が跳ねる。
彼女の言葉を恐れて、跳ねた。
しかし変わらず、彼女の口は動く。
「あなたはもっと、私に堕ちて。
あなたが忌み嫌う依存を、その身で持って知って見せて」
只管に淡々と、しかし限りなく艶めかしく。
「そうしたら・・・きっと」
耳元で囁き、引き寄せる。
俺の心を、彼女の望む先へと。
「何度でも救い合えるから」
ついに言い切り、ふわっとした感触が俺の身体を包んだ次の瞬間。
「・・・ぁ」
───俺の意識は、深い眠りへと引き込まれた。
▽ ▽ ▽
「ふふ・・・」
ああ、とても可愛らしい。
そして、なんて可哀想な人。
「本当、変な話」
彼にかけた魔法は、単純な睡眠魔法。
普段の彼なら絶対にかからない、安直な状態異常だった。
「昇華なんかしなくたって、もう天使なのに」
でも、彼は静かに眠り、すうすうと寝息を立てている。
目の周りを真っ赤に腫らし、涙がつたった後を滲ませて。
まるで泣き疲れた赤子のように、私にぐっとしがみついて眠る。
「・・・ねえ、グレイア」
きみはよく、頑張っているから。
ただの転生者なのに、それも思想による補正がない例外なのに。
可能性から目を逸らして、気が付かないように努力して、必死に、必死に正しくあって「優しく思慮深いリアリスト」で在り続けてくれた。
「・・・・・」
でも、限界はある。
きみが何かの「理由」を前提として行動をしていた以上、虚無の神が敷いたレールを外れた今、きみはその「理由」を自分で見つけなくてはいけなくなった。
成長しきっていないのに放り出されて、頼れる人は一切いない。
私は耐えて、受け流せるように教育を施されたけど、きみは違う。
ただの、いち転生者でしかない。
でも、そんな状況であっても「優しく思慮深く」なれてしまったきみは、もう、どう頑張ったって壊れてしまう運命だったのだと思う。
「ごめんね、ここまで無理をさせて」
だから、堕とした。
救い合えるから・・・だなんて、勝手に依存していた私が言えたことじゃない。
一番は、きみが寄りかかる先が私であること。
壊れて堕ちて、一緒に進む。
ようやく背景を手に入れて、未来が見えた。
もう、手放してなるものか。
「・・・ふふ」
やわらかくて愛おしい、可哀想な人。
心に宿る優しさから目を背ける、危うい人。
私が唯一落ち着ける、気持ちの良い思考をしてくれる人。
「やっぱり、昇華しなくたって天使みたい・・・」
それと、もう一人。
私を応援しながら、裏切りにも等しい行為をしてくれた人に。
最大限のお礼をしたい。
「・・・・・ありがとう。ニアさん」
貴女のおかげで、私はグレイアと歩いていける。
だから、感謝を。
『例には及びませんよ』
「そう?」
今までも、これからも。
『この先がどうなるかは、まだ分かりませんから』
「うん」
そう、だからこそ。
私達は、貴女を頼り続ける。