1-5:語るに足る器
彼を襲うのは、避けられぬ運命。
敷かれたレールが途切れた先で収束する奔流。
・・・少し、整理をしよう。
今まで過ごしてきた中で、ティアが良いところの出であることは十分に察することが出来ていた。
自由の寵愛者の末裔であるという事実からも、世に与えたであろう影響や独善の寵愛者絡みの事柄を踏まえて、相当な地位の人間と関わりがあるということも。
だが、出自が王族となると話は変わる。
それも、現在のエルフの王族の状況によって。
「・・・正確に言えば、私は分家の当主の娘にあたる。
現在の王の妹の息子の娘が私」
「他に分家は?」
「存在していないし、王には他に兄弟も子供もいない。
お祖母様は女王に即位したことがあって、もう一度というのは難しい」
つまり、現在の王が子供を作らない限り、次の王はティアだ。
これで彼女の父に兄弟がいれば話は別なのだが、彼女の扱いを考えれば存在していないと見るのが妥当だろう。
何より、言及しない時点でそうだと言える。
「隠していた・・・わけじゃないな?」
「然るべき時が来たら伝えられる、って言われたから黙っていた。
でも、まさかこのタイミングだとは思わなくて・・・・・」
その「言われた」の言った人間が誰かによるが、これは果たして、正しい結果だと言えるのか?
・・・いや、恐らくは正解か。
「・・・・・ッ」
両手で頭を抱え、カタカタと震えながら魔力を漏らすリーデ。
彼女が抱く感情には「畏怖」とあり、先程の「恐怖」とはまたベクトルが違う恐れ方をしている事が伺える。
俺は彼女の感情が移り変わる瞬間を見てはいなかったが、状況から考えれば、ティアのカミングアウトの瞬間から「畏怖」の感情を抱き始めたことは確実。
しかも今までの「恐怖」を打ち消すほどに「畏怖」を感じているのであれば、今しがた抱いた「ティアのカミングアウトはここで正解だったのか」という問いにも何かしらのヒントがほしいところ。
「自由と・・・虚無・・・・・!」
しかし、何やら錯乱ぎみな様子。
ブツブツと色々なことを呟き、俯き、震えるばかり。
「ああっ・・・・・あああっ・・・」
魔力も増大し、オーラが膨れている。
明らかに普通の反応ではない。
「聖女・・・さま・・・」
「・・・?」
彼女は突然、ぼんやりと知らない肩書きを呟くなり、頭を抱えながらどこかへと歩いていく。
方向は入口ではなく部屋の奥、妙な仄暗い雰囲気を醸し出す扉。
これは着いていくべきだと思った俺は、トントンとグリムを優しく叩いて起こそうと試みる。
「・・・んぇ? あにきぃ?」
「頼めるか」
「うん」
ぱやぱやと寝起きなグリムをティアに渡し、俺は席を立ってリーデの後を追う。
やたらと不安定な足取りで奥の扉まで辿り着き、勢いよく開いたその先には、彼女の肩書きの所以となっているであろう空間が鎮座していた。
「・・・・・」
塔の大きさからは想像できない・・・というより物理的に有り得ない、巨大な書庫。
広さからして現代の並の図書館ほどはあるだろう。
恐らくは別の場所にある施設と扉を繋げているのか。
気になる事は山ほどあるものの、俺は取り敢えずリーデの後を追い続ける。
件の「自由の暴君」とリーデが抱いた「恐怖」の感情、それから俺が「虚無の寵愛者」であるという事実。
挙句「聖女」とかいう、この世界に来てから一度も見聞きしたことがない概念までコンニチハしてきて、俺の頭の中は芳しい状況とは言えない。
少なくとも転生者に絡んだ事柄である以上、敷かれたレールとやらの上で起こっている事象じゃあないのか?
暇神様は一体、何を考えている?
それとも、この状況は暇神様が感知していない事柄だとでも言うのか?
「・・・あったッ!」
ようやく目的の場所にたどり着いたのか、リーデが唐突に声を上げた。
俺も考え事をやめて顔を上げてみると、そこはどうやら書庫の隅の方であるらしく、妙に埃が舞っている。
「こ・・・これ・・・・・を」
上の方から抜き取られ、差し出された一冊の本───というより手帳に近いものを、俺は手渡しで受け取った。
埃をかぶり、前世だったらクシャミと鼻水が止まらなさそうなソレを眺めていると、彼女は震える声で俺に催促してくる。
「よ、読んでくれ・・・ください・・・・・!」
口調すら安定せず、よほど精神的にヤバいのだと見えるが・・・生憎と俺にはどうする事もできないため、大人しく指示に従って手帳のような本を開いてみた。
すると、続けて指示が来る。
「半分・・・くらいに」
半分と言われたので、その通りに開いてみる。
ページ数みたいなものは割り振られておらず、完全に手帳───もしくは手記と表現した方が正しそうだ。
彼女も見える位置でページをめくりながら、目的の位置を探す。
「ここ・・・です!」
「ん・・・」
三ページほど進んだところで、リーデが静止。
ここに情報があるのかと思い、ざっと見てみると───内容は以下の通りだった。
・聖女は盲目を代償に未来が見える能力者である
・聖女が未来を見た限りでは、転生者の時代はこの年で終わる
・転生者の時代を終わらせるのは「虚無と自由」である
箇条書きでまとめると三項目。
内容そのものは単純なものではなかったが、本当に、ざっと見た限りで要約すると以上となる。
「・・・ニア」
『はい、マスター』
「聖女についての情報をくれ」
『承知しました。調査します・・・』
さて、どうするか。
ここまで来てしまった以上、関わらないことは有り得ない。
だがリーデの扱いがよくわからないし、聖女についても唐突な情報すぎてニアを頼らざるを得ないのが現状だ。
何よりも情報が足りず、断言できる事柄は一つもない。
「・・・・・謎解きだとでも言うのか」
特異な事象というのは往々にして、立て続けに起こるものだ。
ミコト国でもそうだった。
単なる事件から始まり、そこから不幸な被害者が生まれ、俺を狙う転生者が現れ、そいつを倒せば新たな襲撃が発生する。
つまり、俺が関わっているか否かに関わらず───既に、もしくはずっと昔から、何処かで何かが始まっているのだ。
暇神様はかつて「ドミノ倒しはよいものだ」とか宣っていたが、俺からしてみればクソ喰らえ。
当然、上からにまにまと見ている分には楽しいだろう。
だが、立て続けに起こる事象に真正面から関わらなければならない立場にある俺は、ドミノ倒しなんて纏めて消し飛ばしてしまいたいとすら思っている。
『マスター、聖女の情報を纏めました』
「表示してくれるか」
『はい』
ニアから通知が来て、ウィンドウが視界に映る。
そこには色々と目を見張る情報があったが、重要なのは一つだけ。
他にも気に留めるべき事柄はあるが、今は必要なのはこれだけだ。
「・・・リーデ」
「はいっ?」
「お前、何年生きてる」
この世界の人類は寿命が長い。
否、正確に表すのなら───魔法に長けた者は「理論上」無限に生き続けることができる。
不老魔法が体系化されている以上、提示された資料に七百歳とある聖女はもとより、魔法に長けている彼女もまた、三桁は行っているはずだ。
「四百と・・・二十年」
「この手記が書かれた年代と、自由の寵愛者の没年は」
「百三十四年前と、六十三年前・・・」
となると、聖女が見たのは「自由の寵愛者」なのか「自由の系譜」であるティアなのかが気になってくる。
そのため、詳しく見るために再び手記に目を落とし、目に付いた部分を指でなぞりながら、見逃さないように口に出して読み進めていく。
「・・・夢の中で、私は見た。
エルフの国の頂点に立ち、世界を統べる黄金と黒い銀、すなわち自由と虚無の姿を───」
その、次の瞬間だった。
「───ッ!?」
俺を襲う激しい頭痛。
知り得る言葉では形容できない、頭の中心が、届かない場所が痛い。
「ちいっ───」
瞬間、俺の脳裏に焼き付く追憶。
俺ではない誰かの記憶が、なだれ込んでくる。
『忘却』
『天使』
『黒銀』
『黄金』
『女王』
『自由』
この感覚は、初めてではない。
しかし、頭の中に景色が映るのは初めてだ。
黒く輝く銀色と、煌びやかに輝く黄金。
・・・なんなんだ、これは。
俺は何を見せられている?
「───忘却の・・・天使・・・・・?」
ふと、口から漏れた声。
これは、俺の意思ではない。
思いついたのではなく、自然に口から出た言葉。
「・・・・・そうか」
脳に焼き付いた景色。
リーデを錯乱させた要因と、俺達が背負う運命。
映りこんだ景色に見た二つの色は俺とティアを指し示し、あの時と同じようになだれ込んできた記憶は俺とティアが持つ運命を表し、今しがた俺が口にした言葉は───未来の俺を、示すもの。
「そういう・・・ことか」
ああ、頭が痛い。
だが、十分に理解した。
しかし同時に、酷いネタバレを見た気分だ。
「・・・くそったれめ」
今この瞬間、やるべき事が決まったのだろう。
悠々と移動できる旅行気分も、これでおしまい。
これより俺達は世界の奔流とやらに巻き込まれて、ドッタンバッタン大騒ぎになること間違いなしだ。
・・・ふざけるなよクソが。
「リーデ・・・」
「はいっ!?」
何より、可哀想なのはリーデだ。
謎に心を壊された挙句、何が起こるのかも分からずにビクビクするしかない。
「この手記、パクってくぞ」
「あ、ど、どうぞ・・・」
「・・・ありがとうな」
最初のフレンドリーな雰囲気はどこへやら。
彼女はすっかり疲弊し、体重は二、三キロくらい減っていそうだ。
「それは、記憶が原因か?」
「え・・・あ、はい?」
「口調が変わったのも、錯乱していたのも。
全て、俺と同じことを体験したせいか?」
「はい、その手記に・・・触れたせい・・・です」
概ね把握した。
もしかしたら、希望は持てるかもしれない。
・・・眉唾だが。
「あの・・・何か?」
「いいや、事実を確認したかっただけだ。気にするな」
とはいえ、収穫はあった。
それから、知りたいことも増えた。
「・・・はあ」
ため息が出る。
いつもいつも・・・俺は本当に、ひどいハズレくじばかりを引く。
今回もきっと、ロクなことにはならない。
「・・・・・」
だが、諦観するつもりはない。
いつも通りに、全力で事に臨む。
それが俺の、唯一できる事なのだから。