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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
一章:正義が統べる正義の王国
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閑話:想起した記憶(1)

 夢でもなく、幻でもない

 これはひとりの青年の───虫を食んだ味にも似た、不快感に塗れた苦い記憶







「・・・嘘でしょ?」


 とある街、とある路地裏のしけた袋小路。

 バイト終わりでヤニを摂取していた彼女の、ひどく驚いた声が泡沫となって宙に消える。


「俺は今まで───あんたに嘘をついたこと、無いはずなんだけど」


 そんな彼女の隣に立ち、壁に寄りかかって俯いている青年は、呆れたようにそう言った。

 彼女(想い人)が、まるで自分を見ていなかったことは───どうやら想定内であるようだ。

 悲しそうな表情をしつつも、どこか分かっていた、把握していたと言わんばかりの表情をしている。


「いやあ、長い目で見なよ。

 君の身長なら、わざわざ私を選ばなくたって女の子は寄ってくるでしょ?」


 年上として・・・ということだろう。

 しかし、彼女が諭すように言ったその言葉は、彼の何かを刺激したようだ。


「・・・長い目で見るより、その場の欲求に流されたほうが楽しいし、気持ちがいいのは───あんたがいちばん知ってるでしょうよ」


 未成年のくせに、思いっきりヤニに依存している人間に対する言葉。

 お前は俺を諭せるほど偉い人間じゃないだろうと、彼は彼女の物言いに納得していない様子だ。


「・・・・・告白してる人間のセリフじゃないね。

 まったく、君は生意気だ」


 ふぅ、と煙を吐きながら彼女はそう言い、なんとも言えない表情で彼の方を見つめる。


「でもね、私は可愛げがある子じゃないと付き合わないって決めてるの」

「俺に可愛げがないと?」


 そして再び煙草を噛み、彼の言葉を待ったが───しかし、瞬時に言葉を返されたためか、驚いたような表情で煙草を口から離した。


「うん、まあ、それもあるけど・・・・・まあ、一番の理由は───私がもう長くないからってのが、そうかな」


 増える煙とともに発される、唐突な告白。

 互いに何かしらの告白をしたと言えばそうなのだが、どうにも両者それぞれで話題のベクトルが180度くらい違う。

 これではあまりにも、彼が可哀想だ。


「・・・は?」

「だからもう、ここには来ない方がいいよ。

 明日からは私、ここには来られないから」


 彼の困惑をよそに、彼女は淡々と言葉を吐き続ける。

 ただただ機械的に、まるで病状を患者に伝える時の医者のように。


「何言ってんですか、まさか冗談じゃ───」

「ホント。

 今までは嘘ばっかりついてたけど、今回ばかりは本当だよ」


 存外、人を失う時なんてものは───こんなにも、あっさりしたものなのだ。

 事故で唐突に失うにしろ、急性心不全で人知れず亡くなっているにしろ。

 結局は理由が何にしろ、心の整理が云々だなんて考えている暇はない。


「・・・はは」

「いつ言おうか迷ってたけど、君が告白をしてくれたおかげで言えた。

 これで後腐れないでしょ」

「・・・・・んなわけねぇでしょうよ」


 言い返した・・・と言うよりは、咄嗟に口から出てしまった言葉なのだろう。

 人が突然いなくなるという事実が存在する時点で、後腐れが云々なんてものは全て後回しだ。

 彼から言わせれば、もう少し早く知っていれば一緒に出かけたりできたのに、なんてこともあるはず。

 過去に()()()()は適用されないことは理解していたとしても、人の命が関わる状況となれば、意図せずとも考えてしまうものである。


「ならさ、ほっぺにちゅーしてあげる。

 口じゃヤニ臭くて嫌だろうし」

「後腐れなくしたいんだったら、口にしてくださいよ」


 彼の言える、精一杯のジョーク・・・・・と言うよりは、もうヤケクソになってしまったのだろう。

 もういっそのこと、不純異性交友までしてしまいたい───なんて考えていても、彼の立場を鑑みてみれば、なんら不思議ではない。


「・・・・・まあ、いいよ。

 私はじめてだったから渋ってたけど・・・もう、君以外の誰かにあげる機会なんてないしね」


 全くもって笑えない。

 事故や手術の保険金にかこつけた()()とは全く違う、老人の自虐ともまた違う、異質なブラックジョーク。

 無論、彼は渋い顔をした。


「・・・ひっでえブラックジョークですよ。

 まったく」


 しかし、彼の絞り出したような悪態すら、もはやこの場の重苦しい空気感の中では───彼女の耳にも入らない泡沫として、儚く弾ける他にはないのだった。




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