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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
二章:運命を壊すは世界の奔流
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5-10:決着

 知っていようがいまいが、世界は進み、物語は流れゆく。




 



 一方的な戦いとして進んでいた「突発的首都襲撃テロ」は、ついに華僑へと到達していた。

 善き御心の失楽園───通称「独善教」側の戦力は主犯格の「北條(ほうじょう) タカネ」のみとなり、他の戦力はグレイアおよび氷川(ひかわ) ハルトによって殺害されている。

 そのような状況でもなお、目の前のグレイアに殺意を向けるタカネの心情は果たしてどのようなものか。

 怒りか、恐れか、それとも、引くに引けなくなったがゆえのプライドか。

 だが、結果が如何であったとしても、それらは無意味なものとして消し去られる。

 彼女自身の意思など、もはや何の価値もないのだから。


「く・・・あああああああああッ!!!!!」


 タカネが大きく叫び、身体から薄紫色の魔力を放出する。

 他にも自己証明を用いて身体強化を施したり、固有武器である薔薇で装飾されたレイピアを呼び出すなどして、近接戦闘の構えをとった。

 そして、彼女はグレイアの方を向き、刃を向けて一言を・・・・・


「殺───」


 言う暇はなかった。


「す゛」


 瞬間、グレイアの瞬間移動による位置合わせによって、彼女の美しい顔面に彼の長い長い脚が突き刺さった。

 次に彼は脚を曲げ、大きく伸ばすことによって、彼女の顔面を蹴り飛ばし、身体を大きく吹き飛ばす。


「ぎっ!?」


 とてつもなく情けない声で吹き飛ばされていった彼女の軌道上に出現したグレイアは、そのまま彼女の背中に全力でストレートをくらわした後、回し蹴りを見舞うことで反対方向へとぶっ飛ばす。

 そしてまた瞬間移動で軌道上に出現すると、今度は両手から炎の魔法を解き放ち、彼女の運動エネルギーを相殺するとともに大ダメージを与えようとした。

 しかし彼女は半永久的な不老不死であり、普通は死ぬような攻撃でも、殺されながら行動することが可能。

 そのため、彼女は運動エネルギーを相殺されることがないよう、むしろ勢いに乗って加速するという選択をし、同時にグレイアに飛びついて至近距離の爆発魔法をくらわそうと画策した。

 だが、それは失敗。

 飛びつこうとしたポーズはそのままに、両手をグレイアにキャッチされてしまった。

 であれば無論、そのままでは終わらない。


「!?」


 なんと、グレイアは氷属性の魔法を用いてタカネの腕を氷結させ、魔法を準備していた腕もろとも、握力で砕いてしまう。

 そして次の瞬間には両手を彼女の腹に押し付け、魔法を構築していた。

 狼狽える暇もない彼女をよそに、彼は冷徹に魔力を充填し、呟く。


決死の(ディサイシヴ)爆裂魔法(・エクスプロージョン)


 詠唱から発せられた小規模かつ高威力な爆発は、瞬時にタカネの身体に作用し、空中で支えがなかった彼女の肉体を、大きく後方へと吹き飛ばす。

 ついでのように内臓を潰された彼女は、そのまま血を吐きながら後方へと移動していき、都の方向に五十メートルほど吹き飛んだところで、先回りしてきたグレイアに叩き落とされそうになるがギリギリで回避。

 瞬間移動を用いてグレイアの後ろにまわり、腕を再生させながら回し蹴りを入れ込んだところでグレイアは下降と屈む動作を併用することでこれを回避、そこから右手に充填した魔力を解き放つことでビームを放ち、彼女の顔を吹っ飛ばす。


「ッ・・・だらァッ!!!」


 しかし、これに懲りる彼女ではない。

 全力で首から上を再生させ続ける彼女は、もはや人体模型のような姿になりながらも、言葉にならない叫びを上げてグレイアに特攻を仕掛ける。

 魔力を制御して腕に纏い、刃として振り抜く。

 伊達に転生者をやっていない彼女は、たった一瞬の溜めでも凄まじいリーチの刃を生成し、地面に届きうる長さのソレを思いっきり振り抜いた───が、そんなものはグレイアに当たるはずもなく、ほんの少しだけ身体をよじりつつ迫ってくるグレイアの対処が追いつかない彼女は、顔面に思いっきり右ストレートをくらってしまう。


「ちいっ!」


 焼けこげた舌を鳴らしながらの牽制、腕を薙ぎ払うことによって放った衝撃波は───地面を抉る威力はあれど、グレイアには全く当たらない。

 だが、その威力ゆえに身をかわすだけでは避けられないと悟ったグレイアが少し距離を取ったところで、彼女は賭けに出た。

 瞬間的に直上し、魔力を爆発的に放出。

 両手をグレイアに向け、詠唱を開始。


炎烈轟々(えんれつごうごう)

 氷華潔麗(ひょうかけつれい)

 風雷燦燦(ふうらいさんさん)


 溜めを開始した時点で発生する暴発のリスクをグレイアが気に留めることに賭けて、彼女は戦術級魔法と呼ばれる大規模詠唱魔法を短縮状態で同時に三つ生成して融合。

 赤、青、緑の光が輝き、その景色を見上げたグレイアが眩しさに手をかざしながら位置を調整したところで、光が合わさり、強く純白の輝きを放つ。


「奥義───」


 天候すら変え、まさしく彼女は台風の目。

 周囲を旋回する雷雲の最中、実際の台風の目のように雲ひとつないエリアが出来上がったその中心で、彼女は完成した魔法を解き放たんと叫ぶ。


終零(しゅうれい)・・・招雷(しょうらい)ッ!!!」


 直径はどれくらいだろうか。

 ざっと観測して、街一つ分ほど。

 何度も都を襲った隕石はさることながら、今回の魔法はその密度が凄まじい。

 例えるならば、彼女が───他でもない転生者である独善の寵愛者が用いたというアドバンテージだけで、あの隕石を軽く十個は破壊できる。

 そんなものが、凄まじい速度で彼に迫った。


「・・・ふん」


 だが、彼は少しも焦らない。

 それどころか、眩しく輝く魔法に嫌気がさしたような素振りさえ見せて、左手で光を遮ったまま、彼は右手にひとつの小さな魔法を出現させる。

 直径二センチほどのソレは銀色に淡く輝き、ちらちらと存在感を示す。

 彼はそこから指を二回ほど動かすと、そのままギュッと手のひらを握りこんだ。


「バカが・・・」


 すると、次の瞬間だった。

 凄まじい速度で迫ってきていた魔法は突如として異変を顕にし、唐突に減速、収縮したかと思えば───そこから数秒も経たないうちに魔力を乱し、今までで一番強い輝きを見せたかと思えば、そのまま爆散。

 周囲一帯の雷雲を纏めて吹き飛ばす威力の衝撃波を四方八方に解き放ちながら、彼女の奥義魔法は跡形もなく消し飛んだ。


「・・・馬鹿な」


 動揺する彼女の意識も束の間、彼女の第六感に、グレイアの反応が映る。

 すぐ後ろ、爆風で見えないはずの位置に転移してくるグレイアの影を感じた彼女は、一瞬にして翻して裏拳で後ろを薙ぎ払う。

 瞬間、彼女の腹に突き刺さる脚。

 二段目の蹴りによって吹き飛ばされるが瞬時に立て直した彼女が転移しようと瞬間移動魔法を構えたところで、直上から彼女を襲ったのはシンプルな質量攻撃。

 何の変哲もない、岩石を生成するだけの魔法。


「うがっ・・・」

(これは・・・・・・岩!?

 まずい、振り解けない───)


 これにより、彼女の移動ベクトルは瞬時に直下方向へと変化し、仕掛けられた岩から脱出しようともがくうちに、地面は迫る。

 だが、これだけでは終わらない。

 彼女の落下軌道を完全に予測したグレイアの追撃が、無防備な彼女を襲う。


虚無すら喰らう悪食(ヴォイド・イーター)


 いつもの詠唱から放たれた漆黒の極太魔力光線は落下をともにしてきた岩もろとも彼女を飲み込み、魔力放出による防御をゴリ押しで突破して彼女の身体を消し飛ばす。

 そこから数秒の魔力の照射を終え、光線が収束して消失したところで再生を始めた彼女に対して、グレイアはまだ攻撃を続ける。


虚無すら飲(ヴォイド・)み込む災禍(ディザスター)


 まるで小さなブラックホールとも例えるべきその魔法が生成された右手を、グレイアは先程と同じようにギュッと握りこんで瞬間移動。

 次の瞬間に彼女の目の前に転移し、起爆した魔法は、一気に膨張して彼女を飲み込んだ後、数秒のディレイを経て爆発する。

 空中にて直径七十メートルほどの球体の爆発を生み出し、莫大な衝撃波とともに、巻き込まれた彼女に凄まじいダメージを与えた。


「〜〜〜っ!?」

(何が・・・起きて・・・・・ッ!?)


 感じたことのない感覚、だが痛みは感じないという不思議な状態ゆえに抱く彼女の困惑は、決して誰にも観測されない。

 彼女と相対するグレイアでさえ、この様子を黙って、ただ見ているのみ。


「・・・・・」


 そして爆炎が晴れ、中からボロボロのタカネが姿を表したところで、グレイアは瞬間移動魔法を用いて彼女を自身の五メートル先くらいの位置に転移させた。


「く・・・ぅッ・・・・・」


 声を漏らし、動揺を露わにするタカネ。

 脳内麻薬によって痛覚はなくとも、あの威力の魔法を食らっては恐怖の感情が生まれるのもいたし方なしというところ。

 すると、何も言わない彼女を見かねたのか、すっかり抵抗する気を失いかけた彼女に対して、グレイアは一言、冷たく告げた。


「奥の手、あるんだろ。

 出してみろよ」

「・・・・・!」


 まるで疲れ果てた事務員のように、淡々と要点を告げ、回答を待つ。

 するとタカネは一瞬だけ希望を見出したような表情をした後、さっきまでの絶望しかけた態度が嘘のように奮起し、収納魔法から深紅の結晶を取り出した。


「ええ・・・出してやるわよ。

 貴様が望むというのなら───」


 右手で得意げに結晶を持ち、何かをしようと構えた彼女。

 しかし次の瞬間、局所的な爆裂魔法によって右手諸共粉砕された。


「ッ!?」


 驚愕し、彼女はグレイアの方をキッと睨む。

 だが、彼はただ呆れた様子で浮いたまま、彼女に目すら合わせない。


「なんて・・・ことを・・・・・!」

「まあ、そういうことだ」


 かと思えば、面倒くさそうに首をさすった後、彼は右手の指を鳴らした。

 そして真っ直ぐとタカネの方を見て、端的に告げる。


「お前はここで終わる。

 だから、余計なことは潰しておくに限るんだよ」


 そう言ってのけた彼の目。

 とても冷たく、例えるなら「ゴミを見る目」とでも言うべき、その表情。

 加えて、彼が右手の指を鳴らした意味が、今この瞬間、彼の背後───もとい彼女の目の前で、展開されようとしていた。


「!」


 北條(ほうじょう) タカネは組織のトップであり、多数の人員を抱える戦闘行為を幾度となく行ってきた。

 時には影に潜み、ある時には要人を攫い、またある時には国すら滅ぼした。

 だがしかし、そんな彼女であっても尚、今この瞬間、彼女自身の目の前で起こった出来事は、とても信じがたいものだと言わざるを得なかった。


「・・・・・馬鹿・・・な」


 口を震わせ、弱々しく驚愕するタカネ。

 今、彼女の目の前では───総勢六百名にも及ぶ魔法使いが、グレイアの呼び出しによって、()()()()()()()()()()()出現してきているのだ。

 まるでSF世界で宇宙船が飛び出していくように、まるで厚い雲の層を突き破って、隕石が降ってくるように。

 約一分で登場し終えた彼らは、陣形を保ち、全員が等しく彼女を睨む。

 そして、先頭に浮く一人の男性が、広域通信魔法によって話し始めた。


『王国軍直下組織、魔法隊第一隊隊長───フリューゲル・ヘッセ。

 虚無の寵愛者の要請により、魔法隊第三隊までを率いて現着』


 たった十秒と少しの名乗りと報告。

 だが、この「たった十秒」には、彼女にとって絶望的としか言えない要素がこれでもかと詰め込まれている。

 状況の証人が六百人増えたこともさることながら、彼らの所属および肩書に加え、虚無の寵愛者(グレイア)が増援を要請できるほどに正義の寵愛者と懇意にしていたという事実など。数えればキリがない。

 もっと言えば、当人(グレイア)がそれらの事柄を十分に把握しきった上で行動を起こしたことこそが、彼女にとって最も絶望的な事柄だと言っても過言ではないだろう。


「さあ、どうする?

 お前は、何をしたい?」


 もう、逃げられはしない。

 仮に逃走して再起を図ったところで、いずれ破滅することは火を見るよりも明らかだ。


「は・・・はは・・・・・」


 いつの間にか構築されていたバリアの上にへたり込み、乾いた笑いを漏らしながら項垂れるタカネ。

 今や最後に残ったプライドすらもグレイアによってバキバキに打ち砕かれ、己の末路がだんだんと露わになってきたと、彼女自身も自覚し始めた。

 だから、それゆえに、彼女は最後に悪あがきをしようとしたのだ。


「なら・・・もう・・・仕方ないわね・・・・・ッ!」


 顔を上げ、精一杯取り繕った表情でグレイアを睨みつけて。

 彼女は全身の魔力を暴走させ、内側から爆発するように操作し始めた。


「・・・・・」


 きっと、己の魔力をすべて集めれば、ここら一帯は丸ごと吹き飛ばせるだろう───と、そう考えたのかもしれない。


「・・・あ、あれ?」

(自爆魔法が・・・機能しない?)


 だが、彼女の操作とは裏腹に、魔力は暴走せず、穏やかに収まった。

 それと同時に、グレイアが口を開く。


「そう来ると思った。

 やっぱり、対策はしておくに限る」

「・・・馬鹿な」


 彼にとっては、自爆の妨害など朝飯前の行為であるといっても過言ではない。

 なぜなら、彼は「殺し合い」の際に躊躇せず扱う戦術として「分身による自爆」を扱っているのだから。

 自爆について知識が十分にあるからこそ、転移阻害のような妨害系バリアを、自爆に特化させて構築することなど───彼は当然、できるわけだ。

 そのため、その場のテンションで大規模な自爆をさせるなど、あってはならないと。

 自分が可能であるからこそ、当該の行動を最も忌み嫌っているからこそ、彼は戒めるように彼女を罵倒する。


「ここら一帯巻き込んで自爆か。

 大味だな。シラケる」

「・・・ッ」


 打てる手は既に尽き、悪あがきすらも封じられた北條(ほうじょう) タカネ。

 ついに終わりだと項垂れた彼女に対して、グレイアはまだ、やることがあるようだ。


「なあ、ティア。

 お前はこいつを見て、何を思った?」


 さも、隣にいる人物に話しかけるように、彼はタカネを見下ろしながら問いかけた。

 すると、重苦しい空気が漂うこの空間に、一人の女性が瞬間移動してくる。


「・・・とくに何も、思わなかった。

 少し、残念だけど」


 ティア・ベイセル。

 北條(ほうじょう) タカネが滅ぼしたはずの、自由の寵愛者の末裔。

 彼女は猫耳をぴこぴこと震わせながら現れると、グレイアの言葉に返答しながら、興味なさげにタカネを見るなり、小さく呟く。


「あまりにも情けなく見えちゃって・・・」

「自由の・・・系譜・・・・・!」


 最後の最後で現れた宿敵の子孫に、失ったはずの戦意が復活しかけるタカネ。

 しかし、そんな彼女のことは一切構わず、二人は顔を見合わせると、何かの確認をとった。


「そうか。じゃあ、もういいな」

「うん」


 グレイアの問いにティアが返事をすると、グレイアは右手のひらを下に向けた状態で、手のひらの中に白い魔法を構築し始める。

 左手は腰に置き、まるで何かのついでで行使するかのように。


「待って、何を───」


 最後に、彼が右手を握り、構築した白い魔法を握りつぶして見せれば───彼女は静止の言葉すら言い終えることなく、その場から消失してしまった。


()()()()()()()()姿()、せいぜい楽しむんだな」


 そう吐き捨て、右手に残った魔力の余韻を投げ捨てるグレイア。

 魔法隊に背を向け、落ち着いて都の方を向く彼の表情は、決して勝利の事実に酔いしれるでも、達成感にうつつを抜かすでも、虚しさを感じて憂うでもなく、ただ只管に真っすぐ。例えるなら決意に満ちたような表情であり、とても何かを成し遂げた人間のする表情ではなかった。

 だがしかし、何か深く考え込んでいるというわけでもないらしく、興味本位でティアが覗き込んだりしても彼は動かない。


「ふう・・・」


 暫くすると、グレイアは呼吸を整え、右手を耳に当てて魔法を構築し、広域通信魔法を起動した。

 それから一呼吸置くと、彼はいつもよりハッキリとした声で言葉を送る。


『防衛隊および王国軍魔法隊各位へ、こちらはグレイア。虚無の寵愛者だ。

 現時刻をもって、独善の寵愛者───北條(ほうじょう) タカネは死亡した。以上』


 プツン、という音を立てて通信を切ると、右手を耳に当てたまま、今度は振り返って魔法隊の方を向き、一旦手を下ろして軽く頭を下げてから言葉を送り始める。


『ヘッセ殿、援軍、感謝する。

 ナギにはよろしく言っておいてくれ』

『・・・有意義な時間を過ごせたことを嬉しく思いますよ、虚無の寵愛者。

 また、機会があれば』

『ああ、また』


 通信を切り、手を下ろすグレイア。

 魔法隊は通信が切れるなり一斉に礼をすると、そのまま踵を返してポータルの中へと消えていく。

 数秒が経って魔法隊の全員がこの場から消え、ポータルも消えると、グレイアは何やら、大きなものが抜けていったかのようにへたり込み、空中に構築したバリアの上に座った。


「・・・・・はー」

「おつかれさま」


 脚を伸ばし、腕を支えにして後ろ方向に体重を預けつつ、下を向いてため息をついたグレイアに対し、ティアも同じく空中にバリアを生成しつつ膝を抱えて座りながら、優しく労う。

 すると、彼は名残惜しそうにぽつりと、口から漏らすように呟く。


「奥の手、結局ひとつも使わなかったなあ・・・・・」

「・・・第一声がそれなの?」

「だって、準備めっちゃ頑張ったし。

 あと、あの狙撃はマジでバッチリだった。ありがと」

「うん。どういたしまして」


 成すべきことを終えた戦場の真ん中で、かたや元気にニッと笑ってサムズアップ、かたや優しく微笑みながら頭を撫で、少しばかりの会話を重ねる二人。

 とはいえ、グレイアはかなり疲労しているためか、次々に言葉が出てこず、言葉ごとに一呼吸置きつつ会話を続ける。


「・・・まあ、ね。とりあえず、事の後始末には関与しない。

 それだけは決定事項」

「わかった。じゃあ、私達はあくまで・・・」

「仕事をしただけだ。恐れるなり崇めるなりは好きにしろって」


 グレイアがこの事件に対する関与の方針を述べると、ティアは素直に承諾したのち、暫くして何かが気に入らなかったのか、少しムッとした表情で、ぼーっと空を仰いでいるグレイアの額にデコピンをくらわせた。


「あでっ」

「・・・私にくらい、面倒くさいだけって言わない?」

「それはまあ、これも本音だってのと、フツーにカッコつけたいし。

 というか、ホントは根無し草で放浪するはずだったんだけどなあ・・・なんでこんなことに」

「でも、それも終わった。私達は自由」

「だな。気掛かりなことは尽きないが」


 額をすりすりと擦りながら会話をした彼は、話にひと段落がつくと、預けていた体重をすっと戻し、伸びをしながら立ち上がる。


「・・・・・じゃ、帰るか。グリムは?」

「すごく心配していた。とくに、きみの分身が殺された時とか」

「あー・・・、めっちゃ申し訳ないやつ〜・・・・・」


 そんなこんなで楽しそうに会話をしながら、手を繋いで瞬間移動していく二人。

 これで独善の寵愛者絡みの事件は解決し、円満に終われる───かと思いきや、ここでひとつ、グレイアは忘れていた。

 独善の寵愛者の襲来を予知できたトリガーである、彼女のことを。


「・・・・・」


 二人が会話していた位置からさらに上空、雲すら突き抜けた大気圏ギリギリの位置で、一人の女性が寝そべりながら浮遊し、望遠鏡らしき円柱の物体でグレイアの動向を覗いていた。

 彼女は望遠鏡らしき物体を虚空へと放り、姿勢を正すと、伸びをしながら絶妙なニヤけ面でぼそりと呟く。


「・・・なーんだ。後輩クン、めっちゃ元気そうじゃん」


 明るめの服の上に革ジャンを羽織り、グレイアが居る場所を見下ろしながら煙草を吹かしている女性。

 彼女の名前はエリネ・ルング。

 かつては天沢 凛(あまさわ りん)として生きていた、グレイア───もとい空閑 葛(くが かずら)の旧友である。




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